介護費用は2014年度に10兆円を超え、2025年度には2倍に膨らむ見込みだ。その裏では、あの手この手で介護老人から甘い汁を吸おうとする事業者が跋扈する。知らぬ間に被害に遭うことがないよう、利用する側も知識武装が欠かせない。

介護費用は既に10兆円を突破
●介護費用と65歳以上の保険料の推移
介護費用は既に10兆円を突破<br/><span>●介護費用と65歳以上の保険料の推移
出所:厚生労働省(写真=背景:Karen Kasmauski/Getty Images)
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 「やりきれない思いでいっぱいです」。中部地方でケアマネジャーとして働く佐藤美智子さん(仮名)は、苦しい胸の内をこう明かす。そして勤めている居宅介護支援事業所が介護保険制度を悪用して、入居者から不正に報酬を得ている実態を少しずつ語り始めた。

 佐藤さんが今の事業所で働き始めたのは2年前。老人ホームの運営と訪問介護・看護事業を手掛けるA社が新たに居宅介護支援事業も始めることになり、その管理者としてケアマネ資格を持つ佐藤さんを採用した。

 ケアマネは、高齢者が介護サービスを利用する際に、支援の中心的な役割を担う、介護保険制度の専門職だ。利用者の心身の状態を見定めて適切なサービスを組み合わせた支援計画(ケアプラン)を立てるほか、各介護サービス事業者への連絡・調整を引き受ける。プラン作成後は、サービスがきちんと実行されているか、あるいは効果が出ているかもチェックする。

 ケアマネがケアプランを作成して、それに基づき介護サービスを提供するというのは介護保険の根幹をなすところ。国もケアマネが所属する居宅介護支援事業所の運営基準を「利用者の立場で、特定の事業者に不当に偏らず公立中正」と定めている。ところが、A社の実態はその逆だった。佐藤さんがそれを知ったのは、グループ内の老人ホーム入居者へのケアマネ業務も一部任されてからだ。

 民間の老人ホームは主に3つのタイプがある(表「●有料老人ホームの類型」参照)。そのうちA社が運営するのは、「住宅型有料老人ホーム」だ。ホームで働くスタッフから介護サービスが提供される「介護付き有料老人ホーム」と異なり、介護は入居者が外部の事業所と契約して受ける。近年急増している「サービス付き高齢者向け住宅」も、同じく外部の介護サービスを利用する。

 ただし、こうした外部サービスを使う施設の多くは、ヘルパーなどが常駐する事業所を併設していて、A社のホームの場合は訪問介護事業所(ヘルパーステーション)を同一建物内、別棟の訪問看護ステーションを敷地内に置く。グループ内の老人ホーム入居者を担当することになった佐藤さんには、社長からこんな指示があった。

 「ホーム入所者には、うちの訪問看護と介護事業所の責任者からサービス内容の希望をファクスで流すので、それに沿ってケアプランを作ってくれればいい。両事業所の責任者には『限度額いっぱいまで取れ』と伝えてある」

出来高払い制度を悪用

 自宅にいるのと同じように外部の介護サービスを選んで利用する「住宅型有料老人ホーム」や「サービス付き高齢者向け住宅」の入居者の場合、介護費用は使った分だけの支払いとなる。介護保険では、そんな出来高払い方式の際、要介護度に応じてひと月当たりに利用できる限度額が決まっている。

 最も重い要介護度5なら、およそ36万円だ。限度額ぎりぎりまで自社サービスを組み込めば、A社は介護保険からの報酬を多く得られる。介護保険で費用の9割は賄われるので、「とにかく少しでも多くの介護サービスを使わせろ」というのが社長の方針だった。

 佐藤さんは社長に異を唱えたが、「ならば辞めてもらって構わない」とにべもなかった。「高齢者をもうけの道具としか見ていない…」。佐藤さんの悔しげな表情に胸がつまされる。

 ホーム入所者に関わるようになると、さらに驚くべき実態が分かってきた。このホームは、重度者の受け入れを積極的に進めており、平均要介護度は4を超える。大半は人工呼吸器管理や在宅酸素療法、胃ろうなどの人工栄養、たん吸引、導尿カテーテルなど、医療のケアも欠かせない。またほぼ100%が障害者認定を受けている。実はそこには大きなカラクリがあった。

 「重度者ばかりを集めているのは報酬が高いから」。佐藤さんはこう言い切る。どういうことか。

 国の制度上、重度者への社会保障サービスは手厚くなっている。重度の肢体不自由などで常に介護を必要とする人に対しては、重度訪問介護の報酬が介護保険ではなく障害者向けの障害サービス費から支払われる。基本単価は障害区分程度が最も重い場合で1時間約2700円弱。1カ月当たり多くて220時間程度の利用が可能なため、このサービスを自社の訪問介護事業所から提供すれば60万円近くの収入になる。

 訪問看護についても特殊なルールがある。訪問看護は介護保険だけでなく、医療保険でも提供される。要介護認定を受けていれば、介護保険を利用するのが原則。ただ、例外規定があって、急性増悪(容体の急な変化)」や「終末期」などの場合で、医師から特別訪問看護指示書が出されていれば、1カ月当たり、最長28日連続で医療保険を使うことができる。

 こうした例外規定などを“悪用”することで要介護度5の入居者の場合、1人当たり月130万円ほどが医療や介護の報酬となる。うち自己負担を除いた保険から支払われる分の110万円強がA社の収入になる。

 医療保険の自己負担は1~3割だが、高額な医療費を軽減する「高額療養費制度」があるので、どんなに医療費がかかっても負担の上限額が決められている。70歳以上の一般所得者であれば月1万2000円が最大だ。それも障害者認定などを受けていれば、自治体の助成制度で自己負担が減免されているケースが多い。つまり入居者本人の懐を痛めずに、事業者側ががっぽりと稼ぐことができるのだ。

ケアプラン作成で横行する不適切事例
●A社で行われているケアプラン作成の流れ
ケアプラン作成で横行する不適切事例<br/><span>●A社で行われているケアプラン作成の流れ</span>
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民間の老人ホームは大きく3タイプ
●有料老人ホームの類型
<span>●有料老人ホームの類型</span>
注:*=一定以上の所得がある人は2割負担
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タイプにより介護保険の自己負担は異なる
●有料老人ホームの介護費用(2015年~17年度)
タイプにより介護保険の自己負担は異なる<br/><span>●有料老人ホームの介護費用(2015年~17年度)</span>
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簡単には死なせない

 佐藤さんは1年ほど前、もはや異常としか言えない状況も目の当たりにした。80代後半の重度入居者の一人が、脳出血と心不全を発症。脈も弱くなり、呼吸の異常も認められた。明らかに死期が近い臨床症状で、通常なら積極的な医療は施されず静かに死を待つだけだ。元看護師の佐藤さんは、そうした事情に詳しい。

 ところが、その瀕死の入居者に訪問看護師は昇圧剤を点滴投与し、かつ鎖骨下の中心静脈にカテーテルを埋め込んで高カロリーの輸液を投与した。 気道を確保するために気管チューブを挿入して人工呼吸管理も始めた。明らかに過剰医療と呼べるもので、入居者は2週間近く延命した後、亡くなった。

 これだけの医療を受けさせるのも全て社長の指示。「きれいな状態では死ねず、最後はチューブにまみれ、薬剤投与の副作用や点滴によるあざも多数現れて、見た目にもあまりに悲惨だった…」。思い出したのか、佐藤さんの目にはうっすら涙が浮かんだ。

 実はこれらの医療行為は、医師にしか認められていないものが多い。中には看護師でもできるものもあるが、医師の指示を事前に受ける必要がある。だが、A社では全て事後承認で済ますのがルール。書類上は日付を改ざんするなどして、辻つまを合わせた。明らかに不正、いや不法行為だ。

 訪問看護師は何とも思わなかったのか。佐藤さんからの紹介で当時、ホームで訪問看護を手がけていた複数の人物に話を聞いた。「法を犯しているという意識があった。だからこそ怖くなって退職した」。そろって同じ答えだった。「あの人はお金のことしか考えていない」。社長に対する人物評も一致した。こうしてベテラン看護師の退職が相次ぎ、A社のホームでは高度な医療行為は減ってきている。

 A社の実態は行き過ぎの部類に入るが、介護報酬を限度額いっぱいまで使ったり、自社サービスしか利用させない、あるいは自社サービスを優先させたりする手法は業界内で横行している。ほとんどが経営者の意向によるものだ。

 「ケアマネの仕事は、うちの訪問介護や通所介護を限度額まで利用させること。社長の指示はいつもそればかり」。こう語るのは、東京都内の居宅介護支援事業所に勤める40代のケアマネ。

 その企業グループでは、毎月の営業会議でケアマネごとに自社サービスの利用者獲得数が報告されていて、それがボーナス評価に反映されているという。また、「自社サービス利用実績がノルマとして課せられている」(大阪府内の50代ケアマネ)ケースもあった。

無届け老人ホームの実態

 限度額ビジネスの甘い汁に群がるのは、正規の有料老人ホームだけに限らない。世の中には国の規制から外れた施設がある。「無届け有料老人ホーム」と呼ばれる施設だ。

ワンルームマンションが老人ホームもどきに
●関西地方で発見した無届け有料老人ホーム
ワンルームマンションが老人ホームもどきに<br/><span>●関西地方で発見した無届け有料老人ホーム</span>
6階建てマンションのうち2階だけを「老人ホームもどき」に改装。外廊下にはフローリングシートが敷いてあり、ドアを開けっ放し。ヘルパーが出入りしたり布団を干したりしている様子がうかがえた
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 開設に当たって都道府県への届け出・登録が必要な正規の有料老人ホームは、国が定める様々な基準に則した運営をしなければならない。ところが無届けホームにその規制はない。こうした無届けホームは全国に存在し、2014年時点で961施設が確認されている。ただ、それはあくまで厚生労働省が市町村や都道府県を通じて把握しただけの数字で、実態はもっと多い。

 無届けホームは行政が定める設備を備えていない分、住居費用は安い。それは利用者にとっても魅力だ。それで入所者を集めて、限度額いっぱいまで介護サービスを提供して報酬を得る。冒頭のA社のように医療保険や障害サービス費の受給も含めれば、運営側は大きな利益を得られる。それだけに、無届け老人ホームは不正請求の温床になりやすい。行政の監督責任が働いていないので、虐待など不適切なケアが提供されても発覚が遅れるリスクも高い。

 今回、関西地方にある無届け老人ホームを訪れた。6階建てのワンルームマンションで、2階だけが「老人ホームもどき」に改装されていた。各戸をつなぐ外廊下の部分にフローリングシートが敷いてあり、全てのドアは開けっ放しだった。7つある居室のうち端から2つを訪問介護の事業所および事務所に使っている。実際、何人かヘルパーがいて、居室を回っている様子が見えた。若いヘルパーに話しかけた。

──ここは老人ホームですか。

 「いえ、施設じゃないんです。普通の家というか…」

──介護は受けられるのですか? 各部屋に、ヘルパーさんが出入りされていましたが…。

 「介護は受けられます」

──家賃はおいくらですか?

 「4万円です。ごめんなさい。あとは時間がないので…」

 ここで話は打ちきりとなった。1階に下りてマンション入り口に並ぶ郵便受けを見ると、201・202号室のみ訪問介護事業所の名前が掲げられ、203~207号室は個人の名字になっていた。訪問介護事業所の名前を出しているのは、この事業所自体は自治体に届け出をしているため。もちろんそうでなければ入居者に訪問介護サービスを提供しても介護保険を請求できない。

 この老人ホームもどきの実質的な経営者は、いわく付きの人物だ。過去に、介護報酬を不正に受給していたことがばれて、事業所の指定取り消し処分を受けている。指定取り消しを受けた者は、その後5年間、介護事業に関する役員やサービスの管理者になることができないが、この人物は複数人の名義を借りて、居宅介護支援や訪問介護、通所介護の事業所を次々と設立していた。

 今回訪れた事業所は昨年夏に開設された。その所在地は、指定取り消し処分を受けた時と同じ。同じ場所で看板だけを書き換えて訪問介護事業を始めていたのだ。別のフロアに住む人に話を聞いたところ、2階の改装に関する説明は一切なく、「急に様子が変わったので、気味が悪い」と語った。

 高齢化が進む日本では、介護ビジネスは間違いなく拡大する。大半の事業者は法に基づき介護サービスを真面目に提供しているが、判断能力が劣った高齢者から甘い汁を吸おうとする事業者は残念ながら後を絶たない。制度の見直しや監視・監督の強化など、行政の一段の関与は不可欠とはいえ、それだけでは明らかに不十分だ。我々一人ひとりが悪徳事業者の金づるにならないよう注意しておく必要がある。

悪徳事業者の金づるにならないために

 医療や介護の業界関係者の中には、生活保護受給者を「神様」と呼んではばからない者がいる。生活保護を受けている人なら医療費・介護費は全て公費で支払われるので、取りっぱぐれがないからだ。そのため過剰なサービスが提供されがちで、中には架空の医療・介護行為で報酬を得ているケースもある。こうした悪徳事業者を避けるためのポイントを5つ紹介する。

必ずここをチェック
●適切な介護サービスを受けるために
ケアマネ選びは慎重に
ケアプランは自ら作成できる
情報収集に努める
老人ホームの質を見分ける
お任せ体質は禁物

①ケアマネ選びは慎重に:ケアマネは中立の立場で高齢者のために必要な介護を選ばなければならないが、つながりのある事業者の利益を優先したり、不必要なサービスを組み込んだりする「お手盛り」プランを提示することもある。自由にサービス事業者を選べるか、限度額いっぱいまで利用させられるようなことはないのか、といった点は必ずチェックする。いったん契約を交わしても、ケアマネはいつでも変更できる。

②ケアプランは自ら作成できる:あまり知られていないが、ケアプランは利用者や家族自身で作ることができる。介護サービスを利用する本人・家族が作成することで、お仕着せでない本当に必要なサービスの利用が可能となる。そのためには介護保険制度に詳しくなる必要があるが、その過程で介護事業者との情報格差が縮まって適切にサービスを受けられる効果も期待できる。

③情報収集に努める:介護サービスを利用しようとすると、どの事業者がどのようなサービスを提供しているのか、入手できる情報は意外と少ない。規模や設立年など外形的な情報は把握できるものの、注力しているサービス内容、安全確保のための取り組みなどのソフト面についてはなかなか見えてこない。地元での評判を聞いたり、実際に事業所を見学して質問をぶつけたりするなど自ら積極的に情報収集する労力を惜しまないことが大切だ。

④老人ホームの質を見分ける:判断基準の一つとなるのが透明性だ。自信があれば、情報開示や第三者評価の受け入れもいとわないはず。地域住民にも開放されているなど、外部の目を積極的に入れているかどうかが目安となる。介護職員が生き生きと働いているか、入居している人たちは楽しそうかなども見ておきたい。

⑤お任せ体質は禁物:不適切なケアが提供されていても、「お世話をしてもらっている」「どうせ1割しか自己負担がない」などの理由で、多少のことには目をつむろうとするなら、悪徳事業者の思うツボだ。そもそも介護保険に使われているお金は広く国民から集めたものだ。しかも保険料は上がり続けている。介護は公金で賄われていることを意識し、その使途や利益の行方についても関心を持つ必要がある。

(日経ビジネス2016年10月3日号より転載)

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