急成長企業「すしざんまい」を率いる名物経営者、木村清。かつて弁当店やカラオケ店、レンタルビデオ店まで手掛けていたことはあまり知られていない。バブル崩壊後、手元に残ったのは200万円。45歳の再出発だった(文中敬称略、前編はこちら)。
急成長企業「すしざんまい」を率いる名物経営者、木村清は航空自衛隊出身という変わり種。入隊3年目で大学入学資格検定に合格し、空曹候補生の資格も得た。が、交通事故で目を患い、5年9カ月で自衛隊を退官する。
大学の通信課程で法学を学びながら飛び込んだのが、大洋漁業(現マルハニチロ)の子会社だった。これが水産業に関わるきっかけになる。木村が21歳のときのことだ。
弁当店やカラオケ店、レンタルビデオ店まで展開
ここでビジネスの面白さに目覚める。当時の水産会社では、8本あるタコの足が傷つくなどして7本以下になると商品価値がなくなり、捨てられていた。「でも、スライスして一切れずつ使う分には問題がないはず」。そう考えた木村は身を適当な大きさに切って、安い値段で寿司店に売り込んだらこれが大当たり。捨てられていたモンゴウイカの耳をすり身に加工し、ちくわの材料として販売したらお客に喜ばれたこともある。
自分の独創的なアイデアに自信を持った木村は1979年、27歳で独立し、木村商店(現在の喜代村)を創業する。水産物の売買だけでは飽き足らず、弁当店、カラオケ店、レンタルビデオ店など様々な事業を手掛け、そのすべてを成功させたという。
だが好事魔多し。バブルが崩壊する。木村もこのあおりを受けた。
メーンバンクから融資の一括返済を求められ、木村は泣く泣く全部の事業を整理し、返済に充てた。
それでも、木村はくじけなかった。手元に残った200万円で97年、築地に海鮮丼の店「喜よ(きよ)寿司」を開く。45歳の再出発だった。
持ち前の発想力とガッツで、再び事業を軌道に乗せた木村に、築地場外で店を開くチャンスが訪れる。現在の本店の土地を持つ地主から声をかけられたのだ。
当時はデフレが進行し、寿司といえば回転寿司。築地はお客を奪われ、かつての活気を失っていた。業務筋の買い出しが終わる昼前には閑散としてしまう。そこで木村が考えたのが、話題性十分の現在のスタイルだった。
それから15年、はた目からは急成長に思えるが、木村本人としてはスローペースで店を増やしてきたという。旧知の間柄である星文雄(三井住友銀行顧問)は木村をこう評する。
「豪放磊落(ごうほうらいらく)な部分もあるが、本当は実に緻密。むやみに事業を拡大しようとは考えていない。特に出店にはとても慎重だ。ただ、やるとなったら一気呵成(かせい)に進む。自衛隊仕込みなのか、その機動力はすごい」
職人を自前で育成
店数を増やすには、職人も必要だ。木村は優秀な人材を確保するため、寿司職人を2年間かけて育成する「喜代村塾」を2006年に開講。3カ月間、座学や実習で技術を身に付け、残り1年9カ月は店に入って実地で経験を積ませる。年間約50人の喜代村塾出身者が社員としてすしざんまいに加わるという。人手不足の今、この塾の存在価値は大きい。
「生徒1人につき、天然物をまるまる1匹与えて、さばかせる。相当な材料費だ。大抵の調理学校は数人のグループで1匹なのに」。有名調理師学校で指導した経験がある講師は、喜代村塾の教育の濃さを明かす。
「入塾2日目から包丁を握り、魚に触らせてもらった。すしざんまいの中でもとりわけ忙しい本店での実地研修はいい勉強になった」。喜代村塾出身で入社8年目の35歳、現在は新橋SL広場前店(東京・港)で副店長を務める林康太郎は、自身の修業時代をこう振り返る。
ただ、木村が社員に最も求めるのは技術よりも一生懸命さだ。上手に接客したり、おいしい寿司を握ったりするには、経験も必要だ。「でも一生懸命に走り回るのは、今日入った新人も、ベテラン社員も同じようにできる。一生懸命にお客様に接して、頭からつま先まで動かせばいい」。
ずっと向こうにいるお客が振り向いた
すしざんまい本店が開店したとき、木村は深夜、お客がいなくても「いらっしゃいませ」と呼び込みをしていたという。すると、通りのずっと向こうにいるお客が1人振り向いて店に来てくれた。そうやって1人また1人とお客が集まり、気が付くと行列ができていた。
自分自身、職人ではない。それでも、一生懸命に商売に身を投じることで、寿司業界で生きてきたという自負がある。だから、一生懸命さが足りない社員を見ると、思わず声を荒げてしまう。取材中も、覇気が足りない社員を叱り飛ばす場面があった。
喜代村では毎月2回、新入社員の人数に関係なく、入社式が開催される。木村は毎回必ず出席し、1時間ほど一生懸命に熱弁を振るう。木村の思いに共感し、新入社員の表情がみるみる変わっていく。
「自衛隊に入るために家を出るとき、亡くなった母に『後ろ指をさされるようなことはするな。天と地と己が見ている』と言われた。どんなときも手を抜いたら絶対に駄目。お客様にもっと喜んでもらえるように、これからも一生懸命、頑張っていきたい」
(この記事は日経BP社『日経トップリーダー』2016年7月号を再編集しました。
構成:荻島央江、編集:日経トップリーダー)
「日経トップリーダー」では木村清・喜代村(すしざんまい)社長のほか、オリックスの宮内義彦シニア・チェアマン、川淵三郎・日本サッカー協会最高顧問、津村佳宏・アデランス社長、鈴木貴子・エステー社長らを講師に招き「プラチナフォーラム2017 経営者懇談会」を開催します。日経トップリーダープラチナ会員の方は無料で参加いただけます。詳細はこちらをご覧ください。
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