10月8日に明らかにされた神戸製鋼所が生産するアルミ・銅製部材のデータ不正・改ざん問題。最初の発表から10日あまりが経過し、依然として影響がどこまで拡大するのかは不透明なままだ。8日の発表に続き、11日には鉄粉製品の品質データや、検査子会社によるデータの改ざんが明らかになった。13日には川崎博也会長兼社長自ら記者会見を行い、事態の経緯を説明した。
企業の不祥事発表にともなう経緯としては、次々に新たな事実が明るみにでており、事態の収束にはまだ時間を要する印象を受ける。今回の問題、これまでに発生したさまざまな偽装や不当表示による不祥事とは大きく異なっている。データ不正・改ざんに関連する可能性がある製品が、余りにも多すぎるのである。
素材で発生したが故に広がる影響
データ不正・改ざんは、多くの部品や製品を生む素材・材料で発生した。不祥事によって影響を受ける企業や製品は、どれほどの数になるのか、現時点では見当さえつかない。いや、これから膨大となる検証作業を経ても、影響を受ける製品をすべて判明させるのは不可能といわざるを得ない。これはサプライチェーンにおける部品管理方法が影響している。
問題として対処が必要なのは、現在稼働し、ユーザーが使用している製品だ。製品を使用するユーザーも製造した企業も、今回の不祥事の影響によって、使用できなくなる最悪の事態は回避したいのが本音だろう。その結果、苦肉の策として問題品の納入を受けた各社から、検討結果として「製品の安全性に問題はない」といった発表が行われている。
40日がもつ意味
今回のデータ不正・改ざんは、発表からさかのぼること約40日前の8月末に社内で発覚、約1カ月を経過した9月28日には、経済産業省へ報告している。この1カ月の間、神戸製鋼所は事実関係の調査を行うと共に、顧客へ提供する正規のデータを準備し、実使用に耐えうるかどうかを顧客が検討できる準備を行ったと推察される。今回の不祥事によって、鉄道の運行や自動車の走行に影響するような、大きな社会的な混乱を避けるために必要な準備期間が40日だったのだ。
40日間におよぶ準備で当面の混乱は回避できても、抜本的な解決には大きな問題が立ちはだかる。JR西日本は、神戸製鋼所のアルミ製部材部品が、新幹線の台車などに148個使用されていると発表した。このような発表は、神戸製鋼所から納入を受けているすべての企業で実現することは不可能だ。高速旅客鉄道車両である新幹線だからこそ、構成する部品にトレーサビリティー(追跡可能性)が確保されている証だ。
トレーサビリティーが限定的である理由
鉄道事業者以外に、航空機や自動車メーカー、電力会社からも対象部品を調査した結果が発表された。こういった発表は、使用している原料や素材に関する追跡可能なデータが、発表した各社とサプライヤーに残されていて初めて実現する。航空機や鉄道、自動車や原子力発電所に納入する製品は、サプライチェーン全体で構成部品や素材、材料まで網羅した追跡可能な管理を行っている。こういった管理手法は、品質を確保しつつ、なにか問題があったとき、対象となる製品を速やかに明らかにし、事態の収束をスピーディーに行い安全確保することが目的だ。今回のケースでは、トレーサビリティー管理によって、神戸製鋼所からの発表の後、すぐに対象部品の特定が行われたと想像できる。
しかし問題の本質は、神戸製鋼所が納入した原料や素材のすべてが関係するサプライチェーン全体にはトレーサビリティーが確保されていない点にある。原材料から素材を使用し、生産した製品までを追跡可能にするトレーサビリティー管理は、サプライチェーン全般にわたって多額の費用が発生する。したがって、製品の不適合が人命に影響するような製品や、確実な稼働が求められる製品にしか行われないのである。
鉄道や航空・宇宙、自動車といった製品以外で、多くの日本企業がグローバルに顧客を抱える資本財に該当する製品は、トレーサビリティー管理は行われていないケースが多いはずだ。神戸製鋼所から素材は購入した実績はあるけれども、どんな製品を製作し、どの顧客に販売したかを判断する確証はありません、といった実態に、これからどのように対処するのか。もし、該当する素材かどうかを調査したり、再製作や交換したりする場合、費用は誰が負担するのか。今後の事態の展開によっては、さらに広範囲に影響を及ぼす可能性を秘めている。
神戸製鋼所にのしかかる費用負担問題
顧客の立場としては、神戸製鋼所による一方的な契約違反であり、倫理的にも受け入れられる問題ではない。部品として製品に組み込まれ、さまざまなビジネスの現場で稼働し、例えば移動手段を担うインフラとして使用されていれば、最終的には正規品に交換するといった作業が必要だ。そういった対応に費用が発生したらどうなるか。発生した費用によって、企業損益にマイナスの影響が出れば、それは誰が負担すべきなのかといった原理原則論が登場する。
現時点では、まだ事実関係のすべてが明らかになってはいないだろう。神戸製鋼所の説明も、今後も新たな事実が発覚する可能性に含みをもたせている。しかし、問題のある素材を使用している企業には、製品の改修によって発生する費用負担を神戸製鋼所に求めると明言した企業がある。そして川崎社長も10月13日に行った記者会見の席上で、そういった要求に対応する「腹積もりがある」と明言している。具体的な発生費用の総額が不確定な段階のこういった発言に、今回の事態の深刻さが読める。
あまりにも大きいブランドイメージの毀損
神戸製鋼所では、近年高い付加価値を持つ高機能品の開発や販売に力を入れてきた。ユーザーが使用する最終製品とは異なり、部材などでは外観や形状では高い付加価値を表せない。さまざまな試験や検査を行って、試験や検査の結果を表す数値をよりどころに、これまで事業活動を展開してきたはずである。優位性を示すデータに不正や改ざんが行われた事実は、顧客が神戸製鋼所に不信感を抱くのに十分な内容だ。その影響は極めて深刻である。
また経済のグローバル化によって、サプライチェーンが全世界に広がっている今、こういった不祥事の影響は当然グローバルに拡大・展開していく。高い付加価値と、メード・イン・ジャパンの品質に対するマイナスイメージのグローバル社会への広がりは、神戸製鋼所がこうむる影響だけではない。海外向けに販売する商品が、最終製品から中間財へとシフトしてきた日本にとって、今回の不祥事によって植えつけられたイメージダウンは大きすぎる。
だからといって、すべての製品にトレーサビリティーの管理を課すのが得策とは考えられない。発生する費用が大きすぎて回収が見込めず、新たなブラック企業を生む温床にすらなり得る。今回の不祥事のもっとも由々しきは、トレーサビリティー管理を行っていたはずの多くの製品で発生している点だ。トレーサビリティー管理は、今回の解決策にはなり得ないのだ。明文化された仕様を守るのは、最低限のビジネスのルールであったはずだ。今回の不祥事は、売買における最低限の信頼関係を揺るがす事態なのである。
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