紛争鉱物対応の現実

 先月、米国大手企業の紛争鉱物に関する対応状況の調査結果が発表された。紛争鉱物とは、紛争地域で産出され、それを購入することで現地の武装勢力の資金調達につながる可能性がある鉱物を指す。調査対象の67%もの企業が、使用する対象鉱物の原産地を明らかにしていない事実が明らかになった。米国でサプライチェーン上の紛争鉱物使用状況の調査を専門的に行う会社が発表しており、紛争鉱物使用の実体解明の難しさを象徴している。

 米国において「The 2010 Dodd-Frank Act」と呼ばれる法律の適用を受ける企業は1200社以上ある。そのうち日本企業は17社と、直接的に報告が必要な日本企業は少ない。しかし米国企業と取引のある日本企業は、米国企業のサプライヤーとしてこの法律を順守する必要があるため無視できない。国内企業しか取り引きを行っていなくても、自社の製品の使用先によっては、遠く海を隔てた米国に広がったサプライチェーンによって、購入する鉱物の原産地管理に迫られているのである。

 この報告には特筆すべきポイントが2つある。1つは、この法律に対し真っ当に対応しようとして、専門家を擁する企業の手を借りたとしても、全容解明に至っていない現実である。専門的なノウハウをもってしても、紛争鉱物を購入していない事実を証明するためには、非常に多くの困難が待ち受けているのだ。社内のサプライチェーン管理部門のノウハウだけで対応するには限界があると考えるべきだ。そして、米国でさえ約70%もの企業がいまだ不明確さを抱えている点は、国内企業のサプライチェーンの管理者に、暫定的な安心材料となるのではないか。

 しかし引き続き現地武装勢力への資金供給が続いているという報告もある。サプライチェーンの管理者は、抜本的な対応を行うために、サプライヤーの管理レベル向上を目指すことはもちろんだが、外部リソースの活用も視野に取り組む必要があるだろう。事実、昨年対比では徐々にサプライチェーンの全容が明らかになり、武装勢力への資金供給も減少しているとされる。直接的ではないにしろ、この法律に代表されるCSR(企業の社会的責任)調達やコンプライアンスの遵守を迫られる日本企業は、どのように対応すべきであろうか。

日本企業が見本とすべきアップル

 ここでは多くの日本企業に参考となるアップルの取り組みを紹介する。アップルのホームページには「サプライヤー責任」と題して、この難題への取り組みをホームページで公開している。サプライヤー責任は「説明責任」「労働者の権利と人権」「従業員の支援」「環境、健康と安全」「報告書」の5つのパートで構成されている。

 多くの企業が、サプライヤーへの直接的な監査を通じて、紛争鉱物の使用実態を明らかにする中、アップルも同じようにサプライヤーへの監査を通じてサプライヤーの管理状況の掌握に取り組んでいる。注目すべきは、同時に行っている教育プログラムに代表されるサプライヤーへの支援だ。アップルのサプライヤー責任のトップページには「説明責任」についてアップルの考え方を明らかにしている

 サプライヤーの管理レベルを設定し、一定期間ごとに監査を行っている企業は多いだろう。しかしアップルは、そういった管理状況の説明責任を課しているだけではなく、サプライヤーが自ら責任を全うするために必要なスキルを獲得する「サポート」を提供している。この取り組みは、紛争鉱物のみならず、従業員の人権といった他のコンプライアンスの問題も含まれている。

集中購買の進むアップル

 アップルがサプライヤーへの教育に代表されるサポートを前面に出すのは、取り引きを行っているサプライヤー数が少なく、ほぼすべてのサプライヤーに教育が行き届いているからであろう。2016年2月に公開された「Supplier List」によると、上位200社のサプライヤーで、購入額の97%を占める集中購買を実現させている。サプライヤー監査の回数は2015年で640件を数えており、これは97%を占めるサプライヤーを年3回監査している計算になる。

 購入するサプライヤー数を集約する集中購買は、従来量産効果がクローズアップされてきた。しかし、これからはサプライヤー管理工数の削減も大きなメリットになるはずだ。取引するサプライヤー数が少なければ少ないほど、管理すべき対象は少なくて済む。

サプライヤー管理の実態

 サプライチェーン上のサプライヤーの事業活動に関連した取り組みのすべてを管理するのは非常に難しい。事実上不可能だと言える。日本国内のサプライヤーであっても難しく、海外サプライヤーはより高いハードルが存在する。しかし、昨今のCSRやコンプライアンスにおける企業への要求は、より困難な内容へと変化している。サプライヤーの管理は困難で、事実上不可能だと考えてしまえば、CSR調達やサプライヤーのコンプライアンスといった観点でのリスクが自社にとってヘッジできない大きな脅威となる。

 アップルのサプライヤー責任に関連したプログラムでは、サプライヤーの従業員に直接教育を行う。その結果、教育を受けた従業員が勤務先から報復を受けたかどうかまでフォローしている。多くの日本企業でも、生産効率化や生産技術といった生産現場における技術指導を行う教育は一般的だろう。しかし、アップルの行う教育は、不正な雇用慣行から従業員を守るプログラムだ。労働者の権利と責任といった内容を、サプライヤーの従業員に直接提供する。

「おせっかい」なアップル

 これまで企業の社会的責任が問題となった多くの事例では、問題の所在を世間に知らしめた当事者と、責任を問われた企業に直接的な当事者関係のないケースが多かった。だからこそ、改善するための影響力の行使を求められても、雇用関係を結んでいないといった主張を行い、事態を悪化させてきた。アップルはまさに、直接雇用関係のない相手に「おせっかい」な教育を行って、CSR調達にまつわるリスクを低減しているのである。

 教育では、企業や従業員の正しい考え方やあるべき行動を指し示し、学ぶ機会を提供する。考えや行動の実行はサプライヤーや従業員自らの責任に委ねられる。アップルが唱えるサプライヤー責任は、発注企業としてサプライヤーの行いのすべてに責任をもつ意味ではなく、サプライヤーや従業員に責任を全うさせる環境を整える責任と理解すべきだ。何でもかんでも自らやろうとせず、行うべき内容をわかりやすくサプライヤーや従業員に伝え、実践を促す取り組みも、CSR調達/コンプライアンス経営の正しい対応方法である。

 一般的な教育を考えてみよう。教育者は、教育される側が正しく学べるように最大限の努力を払い、その仕組みや環境を整える。しかし、教育を受ける側の姿勢や理解度によって、好ましい成果を導く場合もあれば、教育が実を結ばない場合もある。教育の成果は、従業員やサプライヤーの経営によって決定する。これこそまさにサプライヤー責任の根幹だ。サプライヤー監査でも、教育した内容の実践を確認すればよい。事実、監査結果によって総サプライヤー数の10%にもおよぶサプライヤー20社と取り引きを打ちきったと報告している。

 日本企業の場合、サプライヤーのあれもこれも、何もかも確認して問題なしを目指す。しかしサプライヤーの事業運営や、従業員管理には、直接タッチできない。事業運営や従業員管理こそ、サプライヤーの仕事である。しかし、監査の際にサプライヤー社内のリソースの実状を目の当たりにして、すべてを求めるのには無理があると感じるケースも少なくない。日本でも大企業と中小企業の大きな違いの1つに、社内管理体制の充実や、教育訓練制度が挙げられる。これは企業規模に根ざしたリソースの違いだ。

 アップルの取り組みは、自社のリスクを軽減させるため、サプライヤー自らに責任を全うさせ、そしてリソース不足を補う仕組みをプログラム化している。サプライヤーに企業としての自主自立の基本を改めて求めていると言っても過言ではない。決してサプライヤーの立ち振る舞いのすべてに責任を取ろうとは思っていないのだ。

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