台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業とシャープは、米国と中国で相次ぎ液晶パネル工場を建設することを明らかにした。米国には8000億円を、中国には1兆円を投じてそれぞれ新工場を建設する計画だ。関係者によるとインドへの工場建設も検討しているという。液晶パネルの市況が不透明であるにも関わらず、強気の姿勢を緩めない鴻海の郭台銘董事長。その大型投資に勝算はあるのか。
トランプ米大統領の意向に沿う決定
米国工場の建設については1月22日、鴻海がシャープと共同で開催した台湾での記者会見で発表した。シャープと共同で投資するほか、主要顧客でもある米アップルも出資する見通しだ。
中国・広州への工場の建設は昨年末に既に表明している。鴻海とシャープが共同で出資する堺ディスプレイプロダクト(SDP)が主体となり、2018年秋に稼働を開始する計画だ。完成すれば世界最大級の液晶工場となる。
昨年シャープを傘下に収め液晶市場で攻勢をかけたい郭董事長だが、相次ぐ巨額投資の表明は米国と中国の両政府への配慮が透けて見える。パネル部材メーカーの関係者は米国工場について、「地価、人件費、インフラ面などを総合的に考えると中国生産の倍以上はコストがかかる。実現可能性はゼロだと考えていた」と驚きを隠さない。
そんな非現実な地での生産を後押ししたのは、トランプ大統領の存在だろう。「米国での生産は以前から検討していた」と話す郭氏だが、製造業の米国回帰を訴えるトランプ大統領を意識して米国生産を表明したのは自明だ。投資計画は昨年12月、トランプ氏に直接伝えていたという。
中国でも地方政府が進出企業に補助金を交付しており、製造業を中心に積極的な誘致を進めている。鴻海が広州市で計画している1兆円規模の工場投資の一部も、地元政府から補助金を受け取る見通しだ。もともと郭氏と中国政府の関係は近く、高付加価値な製造業の活性化を図りたい中国政府の意向に沿った形での実現となった。
しかし、米国と中国で工場を建設するリスクは高いと言わざるを得ない。
最大のリスクは過剰供給の問題だ。
現在液晶パネル市場は「売り手市場」だ。在庫調整のため各社が生産を絞り込んでいることに加え、サムスンディスプレーやLGディスプレーの韓国勢が液晶パネルの生産ラインを有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)の生産ラインに切り替えており、流通量が減っている。一時的な供給不足によってパネル価格の値下がりにも歯止めがかかっている状態だ。
しかし、この状態は長く続かない。2年ほど前から指摘されてきた「2017年問題」がいよいよ現実のものとなるためだ。2017年以降、京東方科技集団(BOE)や天馬微電子など、中国の大手液晶パネル工場が次々と立ち上がる。液晶業界に過剰供給と価格破壊の波が再び訪れるのは必至な情勢だ。
テレビの世界市場はここ数年頭打ちであることに加え、ハイエンドのスマートフォン市場でも2020年には有機ELの出荷量が液晶を上回るとみられるなど、液晶パネルの需要は、先行き不透明なままだ。
米国には液晶技術者がいない
米国工場にフォーカスすれば課題はさらに増える。
一つは部材調達の問題だ。例えば、液晶の主要部材であるガラス。薄くて、巨大なガラスを割らずに輸送することが難しいため、ガラスメーカーは液晶工場の隣接地で生産する必要がある。そのため、現在はアジアに集中している工場を、鴻海に合わせて米国にも設置しなければならない。
人件費や地価などの面でも課題は多いため、米国に工場を設置するかどうかの最終判断は難しいものになるはずだ。また、パネルの生産に必要な生産設備などは装置が巨大であるため、分解して運んだものを現地で組み立てる必要があるという。
もう一つの課題が人材面だ。「米国にディスプレーを生産できる技術者はほとんどいない」。パネルメーカーの関係者はこう明かす。現在の中国パネルメーカーも、日本や台湾の液晶パネル工場で働いていた人材が中心となり、10年以上技術を磨いて規模を拡大させてきた。
米国工場にはシャープの技術者を派遣するなどして、技術指導に当たるとみられるが、トランプ大統領の意向に沿わせるためには現地での大量雇用が必須。液晶を全く知らない人材がほとんどなので、「中国に比べ立ち上がりに時間がかかる懸念がある」(前出の関係者)。人材面での問題は、現在進出を検討しているとされるインドでも同じ。インフラが整ったとしても、技術者が未熟なままでは安定供給は成立しない。人材育成は待ったなしだ。
矢継ぎ早の攻勢戦略を見せる郭董事長だが、数多くのリスクは想定内での決定か。それとも、米中両政府への意向に応えることを優先した決定なのか。その成否が分かるのに、そう時間はかからない。
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