アイデアを生み出すメソッドは「孫家秘伝」だと書きました。体系を確立したのは兄の正義ですが、その素は、父・三憲から受け継いだものだと思います。今回は父のエピソードを紹介しましょう。

(写真:加藤康)
(写真:加藤康)

(前回はこちら
 アイデアを生み出そうとしても行き詰まったり、ネタが尽きてしまうというのは誰にもあることです。そこでどんなに苦しくても、あきらめることなくアイデアを出す努力を続け、発明するための方法論を発明したというのが次兄・孫正義のすごいところ。天才肌のクリエイターなのだと思います(関連記事:「兄・正義が体系化した孫家秘伝のアイデア発想法」)。

 アイデアを生み出すメソッドは「孫家秘伝」だと書きました。前回に紹介したように、体系を確立したのは正義ですが、彼に備わるクリエイティビティーや何が何でも成し遂げようという情熱と行動力は父・三憲から受け継いだものだと思います。

 父は8人兄弟の長男です。幼い兄弟を養う両親を助けるため、中学校を終えた後は進学せず、一家の大黒柱として働き始めました。親から継いだ魚の行商に始まり、焼酎の行商、パチンコ店、不動産、焼き肉屋、消費者金融、ゴルフ場など様々な事業を手がけました。常に「どうやったらビジネスがうまくいくか」を考え、知恵を絞りに絞り、型破りともいえる独自の経営モデルを編み出してきました。

立地最悪、ボロボロの民家を繁盛店に仕立てた父

 私が生まれる前ことです。会社を経営していた父は出勤途中、「貸家」という張り紙があるボロボロの民家を見つけました。立地も悪く、古い建物でしたから、なかなか借り手は見つかりそうもありません。実際、いつ前を通っても、張り紙がされたままでした。

 半年ほどたった時のこと。父は何の気なしにふとその民家に立ち寄りました。車を停めて降りて近づくと、家主のおばあさんが家の周りをほうきで掃いていました。「誰か借りてくれると助かるんじゃけど」と話すおばあさんに情が移り、その気もなかったのに民家を借りることを決めてしまいました。

 借りてしまったのですから、何かに活用しなくてはなりません。立地の悪いボロボロの民家で何をするか。あれこれ考えた末、古びた木造の建物を生かすため「山小屋」をモチーフにした喫茶店を経営することを思いつきました。

 ところが、コーヒー豆を仕入れようと問屋に行くと、「あの立地で商売がうまくいくはずがない」と取引に渋い顔をされてしまいます。この一件で、父の反骨精神にすっかり火がつきました。札束をたたきつけて大量のコーヒー豆を買い付け「絶対に繁盛させてみせる」と決意したといいます。

 といっても、当時はコーヒーなど飲んだこともない人がほとんど。場所の悪い店まで足を運んでもらい、コーヒーを飲んでもらうには様々な仕掛けや工夫が必要です。再びあれこれ考えた末、父はコーヒーを無料で提供することを思いつきました。早速、無料券を印刷し、駅前やスーパーなど人の集まるところで配りました。

 開店後、しばらくすると無料券効果で店に来てコーヒーを飲む人もチラホラ現れるようになりました。店に来てくれた人にはまた10枚、20枚とタダ券を配り、家族や友人に渡してもらいました。今で言う「バイラルマーケティング」の先駆けのようなものです。

 次第に、無料券を持って来店したお客の中に、コーヒーを飲むだけでなく、食事を注文する人が出てきました。口コミで客数もどんどん伸びていきます。山小屋風喫茶店はたちまち繁盛店となりました。

「やるしかない」ところからブレークスルーが生まれる

 無料でコーヒーをサービスするという常識破りの発想は、どんな苦境にあってもあきらめることなく前進し続け、苦労して裸一貫でのし上がった父の研ぎ澄まされた感性から生まれたものだったと思います。ボロボロの民家を借り、大量のコーヒー豆を買い付けた。退路は断たれていたわけです。「何が何でもやるしかない」という絶体絶命の状況が大胆なアイデアを生み出したのだと思います。

 考えてみると、極貧の中で渡米した正義にも退路はありませんでした。「やるしかない」状況だから勉強するしかないし、発明を続けるしかなかった。そういう意味で、2人とも、自分自身を追い込み、モチベーションを駆り立てるのが上手なのかもしれません。苦しんで苦しんで「ああでもない」「こうでもない」と考える中から、ブレークスルーが生まれるのでしょう。

 ところで、父が山小屋喫茶店で実施したコーヒーの無料キャンペーン、正義が手がけたとあるマーケティングプロジェクトに似ていると思いませんか?

 そうです。2000年代初頭、Yahoo! BBが行った「ADSLモデムの無料配布キャンペーン」は、この山小屋でのコーヒービジネスと全く同じスタイルです。

 当時、正義の頭の中には「ブロードバンドで世の中を変えたい」というピュアな志がありました。その頃、日本のブロードバンド浸透率は先進国の中でも下位。これを引っ繰り返すことができれば、日本の経済や社会の発展に役立つと確信していたのです。

 けれど、かつてのコーヒーと同様、2000年代初頭にはブロードバンドを知る人はほとんどいません。ADSLモデムは値段も張ります。ブロードバンドを知らない人にブロードバンドの良さや導入の意義を説いても簡単には売れないでしょう。そこでコーヒーのタダ券を配るのと同じように、「試しに使ってみてください」とADSLモデムをタダで配布したのです。

 原価数万円もする製品を全国規模で無料配布するのだから現場は大混乱します。決算では数年間、1000億円近い赤字が続き、株主総会で正義は株主からボロクソにたたかれました。

 ただ、正義のこの仕掛けがきっかけとなって、競合他社もブロードバンドサービスの拡販に積極的に乗り出し、日本のブロードバンド浸透率が一気にトップクラスに躍り出たのは事実です。賛否両論ありましたが、日本経済、日本社会にプラスのインパクトをもたらす戦略だったと思います。

 とことんまで考え、工夫する。トライアンドエラーを繰り返す――。父のスタイルは確実に孫家のメソッドとして正義に、そして私に受け継がれています。

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