サムスン電子のスマホ「Galaxy Note7」の爆発・火災から2カ月が経過するが、爆発・火災の原因についてはいまだに何の説明もないままである。そんな折、10月22日の日本経済新聞に、「サムスン電子がスマホ向けリチウムイオン電池(LIB)を韓国LG化学から調達する検討を始めた」と報道された。

 これまでLIBは、サムスンSDIとTDKの子会社であるATL(Amperex Technology Limited)の2社からの調達であった。ところが、来年サムスン電子が発売するスマホの新機種には、LG化学のLIBを搭載する可能性があると報じたのだ。

 モバイル用LIBと車載用LIBのいずれも、サムスンSDIにとってはLG化学が最大のライバルの1つ。そのライバルのLIBがサムスン電子のスマホに採用されれば、サムスンSDIにとっては大きな屈辱といえる。サムスン電子にしてみれば背水の陣の対処と映る。

 しかし、サムスン電子が来年の新機種にどのメーカーのLIBを採用するにしても、今回のスマホ爆発の原因を明確にし、それに対する解決策を消費者や関連部材メーカーにしっかり説明する責任があることに違いはない。同時に、サムスン電子はパーツを採用する側として、LG化学のLIBなら大丈夫であることの説明も問われることになる。今後の明確な論理の発信を期待したい。

 一方で国内の電池事業の動きでいえば、ソニーの電池事業は基礎研究の上流からまるごと村田製作所へ移管される運びである。従来のビジネスモデルを村田製作所が踏襲するだけでは、収益性の乏しいソニーの電池事業を超えることはできない。村田製作所ならではの強みを生かしたビジネス戦略が問われる。

 電池業界では、上記のモバイル用のみではなく、エコカー用、そして家庭用蓄電でも大きな動きがグローバルに展開されつつある。揺さぶり、振り落としなども行われ、電池業界は激動の状況下におかれている。

オートモーティブエナジーサプライの行く末は

 そんな中で、日産自動車とNECの車載用LIB共同出資会社であるオートモーティブエナジーサプライ(AESC)を、親会社の日産自動車が売却すると発表してから2カ月が過ぎた。なかなか売却先が決まらない。

 国内の自動車メーカーが取り込む可能性がまずない中、国内の電池業界はどうであろうか? パナソニックにしてもジーエス・ユアサコーポレーション(GSY)にしても、個々にトヨタ自動車およびホンダと車載用電池事業を運営している中では、既存事業をいかに収益性の高いものにしていくかが最大の課題である。そこにAESCを取り込んでもビジネスモデルが複雑になるだけでシナジーは出しづらい。

 そうかと言って、東芝や日立も電池事業の存続をかけて既存電池系でのビジネスモデル構築と拡大が鍵になっていて、これまたAESCのメインプロダクトである車載用パウチ系LIBを取り込んだところでメリットはほとんどないであろう。

 AESCの国内残留シナリオの1つとして、村田製作所が取り込むことがあれば、それなりの意味があるかもしれない。村田製作所にしてみれば、自動車業界とのビジネス拡大を標ぼうしている中で、車載用電池事業の獲得はそれなりに意味がある。ましてや、ソニーの電池事業を買収することを決断した村田製作所にしてみれば、モバイル用と車載用LIB事業を一手に取得することになる。

 過去を振り返れば、2013年に産業革新機構が主導したソニーと日産、NEC、およびAESCの電池業界再編劇があった。筆者もそのプロジェクトの片棒を担いだ側からしてみれば、正にその組み合わせが村田製作所において実現されることになるのだから、決して不思議なストーリーではない。

 しかし、それが可能になるかどうかは、村田製作所に勝利の方程式を作ることができるかどうかにかかる。日産がAESCを手放そうとするのは、もともと業界間での競争力がないから決断したわけで、そこを改革できるシナリオがなければ事業として成功への道標は描けない。

 一方、国外に目を向けると、韓国のLG化学やサムスンSDIは、AESCを取り込むシナリオはなさそうだ。LG化学はグローバルで顧客を取り込んでおり、自前のLIBの増産を拡大することに集中するだろう。

 LG化学にとってAESCは、プロダクトが互換性のとれるパウチ型LIBで共通性はあるが、自社の技術でビジネスに十分対応が可能なので、AESCに対する魅力は感じていないだろう。韓国、米国、中国の製造拠点に加え、ポーランドに製造拠点を構築しており欧州自動車業界の更なる開拓を推進中である。

 サムスンSDIも韓国、中国での製造拠点に加え、欧州自動車業界を対象にハンガリーにLIBの製造拠点を構えることを決断している。サムスンSDIにしてみれば、現状の金属缶角型電池でのビジネスをしている中、今更パウチ型という考えはないだろう。仮に、パウチ型を導入してもLG化学が先行しているところに勝ち目はないと感じているかもしれない。ただし、パウチ型LIBの開発も進めている模様だ。

 それよりも現状の最大の課題は、サムスンスマホでLIBがリコールを起こしたことへの対策だ。事故を起こしたのはモバイル用ではあるものの、自動車業界の顧客からすれば、車載用はよりハードルが高いので今後のビジネスにおいて不信感を買う可能性が高い。まずはここをクリアーしなければ、電池事業存続の危機に陥る可能性も否定はできない。

信頼性高めたい中国の電池メーカー

 一方、中国の電池メーカーにとってはAESCの買収は価値があるかもしれない。電気自動車(EV)メーカーであると同時にLIBメーカーでもあるBYDはその候補の1つだ。

 BYDのEV群は、2010年以降からこれまで火災事故を続けて起こしてきた歴史がある。安全性に関しては日韓電池メーカーに比べて信頼性の評価が低い。AESCの安全性に対する技術やノウハウを導入することは、それなりの価値があるといえよう。

 もう1つ可能性があるのは、ATLグループのCATL(ATLはTDKの子会社であるが、CATLは車載用LIBに特化する電池メーカーでTDKの資本は入っていない)である。車載用LIBの事業がまだ始まったばかりの同社にとって、顧客開拓と信頼性向上は大きな課題でもあるからだ。

 中国市場ではパウチ型LIBが主流である中、CATLは金属缶角型LIBでの開発とビジネスに取り組んでおり、パナソニックやGSY、日立などと同じような構造設計をとっている。金属缶角型がパウチ型より信頼性が高いからという理由での判断である。

 しかし、AESCもLG化学もパウチ型での量産実績を蓄積しているから、CATLの考えは必ずしも妥当とは言えないだろう。中国のエコカーメーカーがパウチ型LIBを好むのならば、CATLがAESCを買収して角型ビジネスとパウチ型ビジネスの両方を展開できる構図は意味ある展開になるかと思う。現在、角型とパウチ型の両方を有して百貨店的に展開しているメーカーがないことを勘案し、かつ中国市場でのパウチ型ニーズの高さを考えれば、あながち無いようなシナリオでもない。

 今後のAESCの行方が気になるところである一方、買手先が現れなければ事業撤退、廃業という最悪のシナリオにもなりかねない。そこに連動して大きなビジネスを展開しているNECエナジーデバイスにとっても死活問題に発展する危機ともなり得る。

厄介な中国政府のバッテリー認証

 上記のように中国メーカーによるAESC買収の可能性を述べたが、そう考える背景にあるのは、中国がエコカーの大きな市場になると見られているからだ。巨大な市場で主導権を握るべく、自動車メーカーもそして電池メーカーも様々な取り組みを行っている。

 中国市場においては、エコカーの補助金制度に対する中国政府の対応が大きな影響を及ぼす。そして、EVやプラグインハイブリッド車(PHV)を主体にした補助金制度において、今後は電池メーカーの立ち位置が要となる。

 というのも、中国政府が指定する電池メーカーの電池を搭載していなければ、そのエコカーは補助金の対象から外れるというシナリオが待っているからである。現在は、17社の電池メーカーがバッテリー模範基準認証を受けているようだが、中国ローカルメーカーのみである。国策としての保護政策を考慮してのことであろう。7月28日のコラム、「サムスンのBYD出資は中国市場成功への布石?」では、認証を取得しているメーカーは60社と記述したが、その後、事故等の影響により方針変更を行い、現在では17社に減らしたもようである。

 西安にLIB製造拠点を有すサムスンSDI、そして南京に同拠点を有すLG化学も現時点では指定を受けていない。常熟市にニッケル水素電池の製造拠点を構えた日系のプライムアースEVエナジー(PEVE)も、大連にLIBの製造拠点を構えつつあるパナソニックもしかりである。

 10月19日の韓国経済新聞の報道によれば、18日に大田で開催されたハンコックタイヤが新たに設けたテクノドームの竣工式の会場で、LG化学の朴鎮洙(パク・ジンス)CEOが以下のように述べたという。「年内に中国政府のバッテリー認証が可能と期待している。製品の品質には自信があるので今回の認証は通過できるはず」。

 また、「次回の認証は10月末または11月初めに始まると期待している、前回の認証で課題として突きつけられた中国内での1年内の量産開始とR&D強化に関しては、計画を立てたことで認証要件を満たした。次回の認証で良い結果を期待している」と強調したとのこと。

 しかし中国政府の認証要件といっても、たとえ前回の認証での課題をLG化学がクリアーしても、次回の認証では新たな課題を突き付けられる可能性もある。中国の政策は状況によって中身を変えることが頻発してきたので、LG化学にとっても緊張感が最高潮に高まっていると言えよう。

 一方の日系電池メーカーはどうであろう。もちろん、中国政府のバッテリー模範基準認証を受けるに越したことはないが、中国のローカル自動車メーカー開拓を優先して中国市場に進出した韓国系の2社とは状況が異なる。

 PEVEの主要ビジネスモデルは、トヨタが中国で生産するHVに搭載するニッケル水素電池の供給であることから、バッテリー模範基準認証を受けなくても中国市場でのビジネスはトヨタと共に進展する。

 大連に進出したパナソニックは車載用LIBを製造するが、主要顧客はホンダの電動車両(xEV)であり、トヨタのxEVでもあることから、こちらも同様にホンダ車やトヨタ車が拡販されていくことで中国国内でのビジネスは自立する。

 今後、xEVには米国ゼロエミッション自動車(ZEV)規制、欧州CO2規制、さらには中国の環境規制などへの対応が求められるなど、自動車業界で生き残るための長期的な戦略が要求されている。加えて、上述した中国政府のエコカー補助金制度、そしてバッテリー模範基準認証制度は、特に外資系自動車業界と電池業界の戦略を推進するにあたって非常に悩ましく大きな波紋を投じている。

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