日経ビジネス11月2日号の表紙にも経営者たちの写真を掲載した
日経ビジネス11月2日号の表紙にも経営者たちの写真を掲載した

 日本国内のロングセラーメーカーのトップたちが集まって、それぞれのヒット哲学を披露したら面白いんじゃないか。日経ビジネス11月2日号の特集「ロングセラー経営者が集結 俺の100年ヒット論」は、こんな思いつきから誕生した。

 「ヒット商品が生まれない」――。

 記者は2010年までおよそ9年間、「日経トレンディ」に所属していた。同誌の人気企画の1つが、毎年12月号で掲載する「ヒット商品ランキング」だ。その年に流行った商品やサービスを紹介している(日経トレンディの最新号「ヒット商品ベスト30」も発表された)。


2015年のヒット商品ランキングと2016年のヒット予測ランキングが掲載された日経トレンディ12月号
2015年のヒット商品ランキングと2016年のヒット予測ランキングが掲載された日経トレンディ12月号

 日経トレンディでヒット商品などの取材をしていると、いつからか、現場の担当者から「ヒット商品が生まれない」という話を頻繁に聞くようになった。2011年、日経ビジネスに異動してからは同じような話を経営者から耳にするようになった。

 「消費者の嗜好が多様化し、メガヒットは生まれづらくなっている」「節約志向は今なお強くて、消費者は簡単に財布の紐を緩めてくれない」「一過性のブームは作れても、長く売れ続ける商品を生み出すのは難しい」……。

 確かに、こうした分析に間違いはないのだろう。ネットの普及によって情報はますます早く伝わるようになり、消費者はかつてと比べて格段に賢くなっている。テレビCMを大量に投じ、メディア露出を増やし、店頭に大量陳列すれば確実にヒットが作れる。そんな甘い時代はとうの昔に終わった。商品を短期間で入れ替えるコンビニエンスストアの浸透で、新商品が売り場に並んでから消え去るまでの時間も確実に短くなり、じっくりと商品を売ることも難しくなっている。メーカーを取り巻く環境はさま変わりし、ヒット商品を生み出すことが以前より難しくなっていることも理解できる。 

「100年ヒット育成委員会」を組織

 だが「ヒット商品が出ない」と言われる環境の中でも、確実に長く消費者から愛され続けているロングセラーが存在しているのも事実だ。日清食品の「カップヌードル」や江崎グリコの「ポッキー」、カルビーの「かっぱえびせん」、花王の「ヘルシア」など、ロングセラーと聞いて思い浮かべる商品はたくさんある。

 ヒット商品が生まれづらい時代に、ロングセラーを持つ企業のトップは、どのような戦略で商品を売り続けてきたのか。それぞれのトップの哲学を聞き、何かヒントを得ることはできないか。そんな思いで「俺の100年ヒット論」の取材を進めた。

 特集内では、「100年ヒット育成委員会」を組織。一橋大学大学院国際企業戦略研究科の楠木健教授に委員長を務めてもらい、ネスレ日本の高岡浩三社長や日清食品ホールディングスの安藤宏基社長、カルビーの伊藤秀二社長、ユニ・チャームの高原豪久社長など、誰もが知るロングセラー商品を展開する企業の経営者13人に話を聞いた。

商品を作りまくる社長と、“皆殺し”にする会長

 取材ではヒットメーカーのトップたちがそれぞれの哲学がふんだんに語ってくれた。興味深かったのは、ロングセラーの哲学がまさに多種多様であるということだ。

 例えば、日清食品ホールディングスの安藤社長やカルビーの伊藤社長は、小売りの状況が商品の乱発を招いている現状を憂う一方で、そうした環境の中でも確実に次のヒット商品を生み出せるような仕組みを構築していた。

 カルビーの「じゃかりこ」の場合、大手コンビニチェーン向けの専売商品を年に11個も開発。その売れ行きを見ながら次に定番化するフレーバーを探っている。多品種開発の体制を作り上げて「じゃがりこ」というブランドを陳腐化させず、長生きさせているというわけだ。日清食品ホールディングスの安藤社長も、「日本ではコンビニで発売する新商品それ自体が、既にリサーチになっている。コンビニ向けの限定商品が、テストマーケティング」と語る(「カップヌードルのCM、私は笑えない」)。

 一方でエステーの鈴木喬会長は、新商品を乱発することこそが企業の寿命を縮めると語り、新商品は年に3~4個に絞っていると明かした。今、消費者に愛されている商品があるならば、それを売り続けることが得策で、この先売れるかどうかも分からない新商品のために売り場の棚を譲るのはナンセンス、というロジックだ。それでも気がつけば新商品は増えるから、定期的に売れない商品を“皆殺し”して選択と集中を進めているという(「消臭力の大ヒットは、“皆殺し”から始まった」)。

 花王の澤田道隆社長は、ロングセラーの根底には圧倒的な技術やイノベーションが大切であると語る。「ヒットを高く飛ばす(大きな売り上げを作る)ことができれば、それを長く飛ばす(ロングセラー化する)ことも比較的容易になります。高く飛んだ分だけ、ライバルに対する優位性が大きくなるからです。そのためには、やはり技術の『本質研究』と言いましょうか、消費者が抱えている問題を根本的に解決する本質的な研究が重要です」という。ブランド刷新に大切なのも、長く続くR&D(研究開発)から生まれた技術的優位性であり、その価値が消費者に伝わると長く売れ続けるというわけだ。(「ヘルシアとソフィーナ、限界超えて高く飛ぶ」)。

 技術こそ最大の競争力と語る花王に対して、扇風機「バルミューダ」などのヒットを飛ばす家電ベンチャー、バルミューダの寺尾玄社長は、機能の高さよりも“体験”こそが消費者に響くとする。「今はもう、高機能なものを売ってもしょうがないんですよ。そんなの消費者に響かない。だって、高機能で大ヒット商品ってあります? 最近、ないんですよ」と語り、その商品を手に入れてどんな“体験”ができるかということを考えて開発し、伝えていくことこそが、大切だと語った(「消費者はモノなんて買わない」)。

 正面から相反する主張があるからといって、どちらかの経営者が間違っているわけではない。商品を長く売るための方法は多様にあるわけだし、競争環境やそれぞれの企業の強みと弱みに応じて、戦い方が異なるのは至極当然な話だろう。13人の経営者がそれぞれの経験を通して紡ぎ出したロングセラーの法則は、いずれも重みがあり、いくつもの気づきを与えてくれた。

 ただ、それぞれの経営者が独自の論理を展開するなかで、唯一共通していることがあった。それが自ら紡ぎ出したロジックに対して忠実に、そして確実に決断を下し続けてきたということだ。

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