「一億総活躍社会」の実現に向け、日本の企業や暮らし方の文化を変えるものと政府が位置づける「働き方改革」。昨今、この言葉を新聞や雑誌で目にする機会も増えた。しかし、政府がこの言葉を使い始める前から、従来の会社組織や形骸化した制度に捉われず、多様な働き方を模索し、新たな社内制度や体制づくりにチャレンジしている民間企業もあった。
本企画は、2001年にカフェ・カンパニーを創業して現在、国内外で100店舗以上を展開、他社とのコラボレーションによる商業施設の企画や地域創生、政府主導の「クールジャパン戦略事業」にも携わる楠本修二郎が、いま“気になる人”たちと一緒に毎回、未来の企業、働き方、生き方などのテーマについて語る鼎談企画(全6回)だ。
第1回の今回の鼎談のきっかけは、かつてヤフーの宮坂学社長から、「会社をカフェにしたいんですよね」という話を聞いたことから始まる。ヤフーは日本を代表するインターネット企業であり、約6000人の従業員を擁する一大企業。
なにゆえにカフェ? 会社組織とカフェに接点があるのか?
これをテーマに話をするのも面白そう。ならばネットビジネスの社長にもう1人参戦してもらいたいと考え、ご招待したのがグライダーアソシエイツの杉本哲哉氏。現在、キュレーションアプリ「antenna*」の開発と運営を手がけ、同社では社長を務めている。連載第一回は、この3人でいまの「会社」の在り方や「働き方」について語る。
「カフェ的な会社をつくろう」
杉本:今回の鼎談のテーマは「カフェと会社」。そもそも楠本さんの考える「カフェの良さ」って、どういうものなんですか?
楠本:僕は常々「カフェ的な会社をつくろう」という考えをもって経営に携わっているのですが、まずカフェの良さって「多様性」だと思っているんです。いろいろな人たちが、それぞれ自分の価値観を持って、いろいろなスタイルで、いろいろな生き方を持って来る場。会話もしやすいから、フラットにつながることができる。
杉本:カフェのエネルギーとか活力みたいなものを職場に持ち込めたら、それは理想なんだと思います。実際、カフェで仕事すると新しい発想が生まれる時もあるし、カフェに行ったからこういうアイデアが出たという経験は、確かにあります。
だけど、それは最初からそこがカフェだからであって、会社をいくらカフェっぽく設(しつら)えたとしても、そうなるとは思えない(笑)。だから僕は、それがうまく成立するためには、そこに集う人、1人ひとりが相当優秀じゃないとムリだと思っているんですが…。
楠本:確かにデザインがカフェだったらカフェになるかというと、僕もそうではないと思っています。だから「カフェのような会社」というのは、会話やアイデアなどが生まれるきっかけをつくる環境であり組織づくりだと思っているんです。
例えば、カフェ・カンパニーではスタッフの個性を伸ばすために「スジコ組織」というのを提唱しています。組織の上長への報告、相談という縦ラインだけでなく、横ラインと斜めラインをつくっている。斜めのラインとは、近所にいる世話好きのおじさん、おばさんみたいな存在。メンターというか擬似家族にしちゃうんです。そうした組織を作ることによって、スタッフ各々の個性を、1人の上長だけの判断ではなく、みんなで伸ばせるような仕組みを敷いています。
そのうえで、店舗のマニュアルはあえて作っていません。100店舗あってもマニュアルがない会社って大変なんですが…。マニュアルを作ると虎の巻になり過ぎてしまい、そこだけに答えを求めてしまう状況を避けるためです。マニュアルは、安心は担保できるけど、逆に人の感性や組織が硬直化してしまう可能性があるから。そういう組織になりすぎると、会話も減ってしまいます。できる限り「会話する会社」にしたいですし、「会話がはずむような組織」をデザインすることがカフェ的な会社なのだと思いますね。
6000人でも「カフェ的企業」は成り立つのでしょうか?
杉本:いまの話、ヤフーさんのような大きな組織でも成り立つと思いますか?
宮坂:うちも今わりと、楠本さんに近い方向を目指しています。多様な人たちの集まる場所づくりを、試行錯誤中です。もちろん、できているとは言い切れない。大きな組織ゆえのジレンマもあります。もっともっと権限委譲をしていこうと考えています。うちの場合、サービス分野が幅広い。ゲームを作っている部門がある一方で、金融(フィンテック)をやっている部門もあるわけです。だから、これを同じ1つの組織文化でどうつくっていくかというのが、凄くチャレンジングなことだと思っているんです。
杉本:そもそも、ヤフーさんの場合、文化を1つにする意味がないかもしれないですしね。
宮坂:極力、分けていく方向にしたいとは思っています…。あとは、楠本さんと同じく、できるだけマニュアルも減らしたい。会議より会話。僕が「カフェ的な会社」にしたいと考えている理由の1つは、いつも同じ人としかしゃべらない生活が嫌だからなんです。
会社に来て、半径約10メートル中の人間関係だけで、お昼ご飯は毎回同じ人と行ったり、同じ人としゃべる…。下手すると晩飯も一緒で、会っているお客さんも一緒になってしまう状況を避けたい。そういう状況を続けていくと、オペレーションの効率が一時的には上昇し、作業的にも楽なのかもしれませんが、果たしてクリエイティブなのだろうか?と思ってしまいます。
違う人と会うことが、無駄になることもたまにはありますが、でもやはり半径10メートル外の人との会話がある会社にしたいと考えていたら、行き着いた答えがカフェのイメージだったんです。
楠本:制度や組織の側面で、カフェと共通するものってありますか。
宮坂:カフェには会話があるけど会議はないですよね。会社に会話を増やしたいです。カフェみたいに会話がいっぱいあって、会議が少ない会社にしたいです。あと、横のつながりをどう維持するか、というのが課題になってくると考えています。楠本さんは、横のつながりをどうやって活性化させているのでしょう?
マニュアルは状況が変化した時にリスクにもなる
楠本:横の関係や斜めの関係をつなげるためには、キーワードというか、共通の理念が必要だと思うんです。
杉本:ただ、大企業の場合はやはり大きな方針なり、逆にこれはやらないというタブーのようなものも、ある程度決めておかないと大変なことになるでしょう。
マニュアルなしでもできるのは、例えば「ワイアードカフェ」という1つのアイコンがあるじゃないですか。既に「ワイアードカフェはこういうものである」ということを理解しているお客さんがいて、通い詰めた人がアルバイトに入ってきたりしているからマニュアルがなくともできるのでは、と思うのですが。
楠本:確かに。ただ、マニュアルはないんだけど、僕は会社の存在意義は社員にはしつこいぐらい言っていますよ。
宮坂:文化ですよね。マニュアルは形骸化しますし、状況が変化した時に逆にリスクにもなってしまいます。手っ取り早いのはマニュアルですが、より強力なのは文化によって、みんなの行動規範が決まっていくことだと思います。
僕が飲食業が羨ましいと思うのは、目の前にお客さんがいるということです。僕らネットの会社では、お客さんのことを知ろうとデータを見るんですが、お客さんが喜んでタップしているのか、怒ってタップしたのか、お客さんの表情が分からないんです。ページビューが20%増えれば2割喜んでいるだろうみたいなことは考えるのですが、それでは何か抜けているんですよね。お客さんの素直な反応って、素直に共有できるテーマだと思うんです。
楠本:ネットビジネスの方々の話をしていて羨ましいと思う部分もありますよ。僕ら飲食業の場合は、1週間、2週間で飽きられるメニューを作っていたら商売にならないんです。なので、新しいお店をオープンしたその日から既に、メニューの見直しが始まる。時間との戦いです。
ネットビジネスはそれよりもレンジが長いのかな。だいたい「失敗してもいいから、新しい企画を上げよう」と言ってから、どのくらいの猶予があるものですか。トライ&エラーを繰り返す時間的な余裕はどれくらいあるのか。もちろん事業規模にもよるでしょうが…。
杉本:僕の場合は、1カ月とか四半期毎に顧客のログを見て判断しています。そこからプロモーションをもう1回入れ直すかどうかとかの議論をしているので、我慢の時間は楠本さんよりも長いかもしれない。でも、先ほど宮坂さんもおっしゃっていたように、楠本さんの商売は直接お客さんの反応が見える。リアルな空間があるから、その時その時の結論が見えると、1週間で何となく分かるじゃないですか。これって全然受けてないなとか。この場所だとダメなんだなとか。
楠本:でも、その場所が仮にダメだったとしても簡単に逃げられない(笑)。ネットだと、「じゃあこのサービスをやめて次はこれやってみよう」とか切り替えはやりやすいように見えますけど。
杉本:いや、実は結構時間が掛かかるんですよ。
宮坂:うん、なかなか簡単にはできない。
人は人間関係を維持するための努力をしない?
楠本:業種は違うけど、誰だって失敗はしたくないですよね。そこで社内での会話の機会を増やすことで、擬似的にトライ&エラーを増やせる、ということはないでしょうか? 会議だと意思決定することが目的になっちゃうので、その前の段階の会話を増やすことが重要だと思うんです。
宮坂:ある経営者のインタビューで「会議というのは、基本的にアイデアを潰すためにあるんだ」と言い切っている人がいて、「これって結構、名言だな」と思ったんです。 “前向きな反応”というのは会社から失われやすいものなので、意図的に、そうならない仕組みをつくらないといけない。その1つとして会話が弾む場づくりなんです。
杉本:ヤフーさんだって、最初は昔の日本企業的な職場でしたよね。デスクが全部フラットでしたし、テーブル4つに電話が1個真ん中にポンと置いてある感じでした。2000年くらいだったと思いますが、パーティションで各デスクを囲う全員「個室タイプ」が主流になり、「最初は凄いなぁ」と思っていたんですが、実際には、あれって社員が自分の世界に入ってしまって…一気に会話がなくなった。そしていまは、パーティションスタイルも流行らなくなった。うちも置いてないです。
宮坂:僕らも撤去しています。
杉本: 300人ぐらいいるフロアだと、パーティションがなくてもコミュニケーションは意外と生まれないんです。ちょっと自分の席と離れた他のメンバーの動向が分からない。歩き回っている人もいなくて…。結局、僕が一番歩き回っていたりとかするんです(笑)。だから、パーティションをなくすとか、フラットなフロアだけでは解決しない。
宮坂:そのために、コミュニティーをつくることも考えています。人間関係って、少しの間、話さないだけですぐに関係性が切れてしまいます。フェイスブックができてもう1回つながって、今度はちゃんと維持しようと努力しているんですが、あっという間に切れてしまいます。やはり人は人間関係やコミュニティーを維持することに対して時間をあまり割かないのだと思います。
もっと意図的に隣の人に声を掛けることや、前の部署で繋がっていた人と月に1回はご飯に行くとか…。そういう努力をすることが大切なんだと思います。
例えば、週に1回お昼ご飯を隣の部署の人と食べると決めてしまえば、1年間に50回は他部署の人と食べられる。週に10人とランチをすれば500人になり、相当豊かな財産になる。別にリターンを求めてやるわけではないんですけど、ある種の習慣化は必要かなと思います。
楠本:会社として、それを制度化するのはどうでしょうか。
宮坂:違う部門間のランチには奨励金を出す、という会社もありますよね。最近は、社員食堂をすごく充実させる会社もある。会社は会社でそこはいろいろと悩んで、ハードや制度でできることを一生懸命やっているんだと思います。ただ、杉本さんの言われたように、社員食堂をつくっても、いつものメンバーと同じテーブルにいることになるのであれば意味がない。もうひとひねり必要なんです。
米国のネット系の会社ってみんなオフィスをつくるのに工夫しています。ある意味、オフィスが最大の企業文化を表す装置であり、最大の社内報的な存在になっている。グーグルやフェイスブックもそれぞれ、「自分たちらしさ」というカラーがすぐに分かる仕掛けを組み込んでいるでしょ。それを形容するとしたら「カフェ」という言葉が浮かんだんですね。
日本なら、一軒家や廃校をオフィスにする?
楠本:企業が大きくなると難しいかもしれませんが、職人的な物づくりをしていく場としても、会話が弾むカフェっぽい場としても、どちらでも成立するとしたら…、日本だったら一軒家のようなオフィスがあるかもしれない。
宮坂:日本の場合やはり土地が狭くてオフィスビルが中心になるんですが、オフィスビルでは人は縦に動く必要があります。人は横の移動はできるけど、階段の上下移動って途端に面倒くさくなるのが欠点。横に50メーターは動けますが、上に5メーターは非常に億劫になるんです。そう考えていくと、使われなくなった学校の再利用がいいかな。「キャンパス」と言うじゃないですか。あれだったら、社内を歩き回るかな…(笑)。
楠本:最近、廃校になるところをオフィスにしたいという企業が出てきていますよ。学校に注目する流れはあります。
杉本:ただ、廃校になっている場所はへんぴなところが多いんです。駅前とかには学校を造れませんから。そこが課題ですかねぇ。
会社に行く必要はあるのか?
宮坂:昨年、オフィスの引越しをしたのですが、次はもう移転したくないと思っているんです。
僕自身、「何で会社に行かないといけないんだ?」と思っていました。そう強く思ったのは震災の時。当時、家で仕事をしていいと言われたのですが、全然困りませんでした。リスクさえコントロールすれば問題ない。ただ、そう思う一方で、みんなと会話はしたいんです。会議はスカイプなどでできますが、同じ空間で会話することがしたいとも強く感じました。
杉本:人には会いたいんですよね。
宮坂:そう。会ってワーっと勢いを持ってアクションするのがやはり良い。会社というのはサロンに近くて、みんなが集まってワァワァと話し合う、そういう場だよなと思ったんです。仕事の実作業は別にどこだってできるようになりましたしね。
だから、何で人がオフィスに行かないといけないのかというと、純粋に人と会うため。唯一、社員が会社に来てくれないと困るのは管理職と社長だけです(笑)。
杉本:実際、本当に社員のみんなが会社に来なかったら、ちゃんと所定の業績をおさめられるのでしょうか? やってみないと分かりませんが。
宮坂:いま、月5回の「どこでもオフィス」というのを試験的に実施しています。みんな自宅とかで仕事をやっているんですが、リクルートさんは毎週、無制限にそれを承認しているそうですね。
杉本:仕事はどこでもできるけど、同じ空間、場を共有しているとか、一緒にご飯を食べることがますます大事になってくる。
宮坂:そのためには、オフィスの雰囲気も施設としても、行きたくなる環境をやはり会社側が用意しないといけません。これからは、社員に来ていただくという感覚が必要なんだと思います。街中のカフェの方が近いし、その方が楽だから社員は来なくなってしまいます(笑)。
杉本:楠本さんの会社には、滑り台もありますからね。うちも航空機やカフェカウンターを置きました。
滑り台で降りると、みんなにっこりしている
楠本:僕もそうなんですけど、眉間にシワが寄っていても滑り台で降りると、みんなにっこりしているんです(笑)。物理的に何かを仕掛けるというのはいいですよ。
杉本:カフェのコーヒーの香りが普通に漂ってくると、単純に何かちょっとアガる感じもありますね。
宮坂:そう。嗅覚も大切。会社にいると風も感じませんし、パソコンに向かっていると、五感の一部である目だけが妙に疲れ切ってしまいます。第六感も含めて、いろいろなものを開いていない状態。それで、匂いや視覚による居心地の良い刺激が、その感覚を少し開いてくれるのではないでしょうか。
楠本:仕事中というのは交感神経がフル回転している状態。そこにコーヒーの香りのようなもので、副交感神経が動く瞬間を意図的につくれればアイデアが生まれる可能性は高くなると思います。
宮坂:昨年移転した新しいオフィスをつくる際には、社員の心技体のサポートをして欲しいとプロジェクトチームには依頼していました。ビジネスマンだって世界で戦っているわけですから、オリンピック選手と変わりないんです。アスリートは睡眠から食べ物から完璧に管理して、不注意で風邪なんかひかないようにしているわけです。同じように、ビジネスマンが「前の晩、飲み過ぎて、今日はパフォーマンスが上がらない」なんという言い訳は、もうプロとは言えないわけです。
ですから将来的には、会社へ来たら、自分の体のコンディションを調べて、「今日は悪いから早めに帰れ」とか「今日、お前は絶好調だから、まだまだ頑張れる」とか、データに基づいたサポートができるといいなと思っています。管理じゃなく、サポート。
楠本:次世代のオフィスでの働き方は、「LABOR」から「ACTION」へと変わっていくのだと思います。単純労働ではなく、人としてのミッションを持って「こう生きていきたい」という個人のアクションが増えてくるのが、いい働き方であり、いいオフィスのあり方ですよね。“オフィスのカフェ化”というのは、そういうポジティブなライフスタイルとワークスタイルをつくっていくことなのではないかと思います。
カフェ・カンパニー社長
1964年福岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、リクルートコスモス入社。1993年大前研一事務所入社、平成維新の会事務局長に就任。その後、渋谷・キャットストリートの開発などを経て、2001年カフェ・カンパニーを設立、社長に就任。2014年11月、カルチュア・コンビニエンス・クラブの関連会社と合弁会社スタイル・ディベロップを設立、社長に就任。2016年11月、アダストリアとの合弁会社peoples inc.の設立に伴い、社長に就任。一般社団法人「東の食の会」の代表理事、東京発の収穫祭「東京ハーヴェスト」の実行委員長、一般財団法人「Next Wisdom Foundation」代表理事、一般社団法人「フード&エンターテインメント協会」の代表理事を務める。
日本の文化・伝統の強みを産業化し、それを国際展開するための官民連携による推進方策及び発信力の強化について検討するクールジャパン戦略推進会議に参加している。 著書に『ラブ、ピース&カンパニー これからの仕事50の視点』がある。
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