漁獲量の減少で、魚好きの日本人の食卓が脅かされている。そこで注目を集めているのが魚の養殖だが、そもそも、いけすを泳ぐ大量の魚はどう数えているのか。実際の養殖現場では「ざっと1000匹位」といった数え方らしい。「IT(情報技術)で正確に数えることができないか」という養殖関係者の声を受けてNECソリューションイノベータが今年、スマートフォンで簡単に数えられるソフトを発売する。開発者である 同社の中谷貴子・農林水産業事業推進室エキスパートに話を聞いた。

(聞き手は秋場大輔)

<b>中谷 貴子(なかたに・たかこ)氏</b><br />1994年横浜国立大学卒、日本電気ソフトウェア(現NEC ソリューションイノベータ)入社。システムエンジニアとしてCRM(顧客関係管理)やERP(統合基幹業務システム)などを担当、その中で同社が始めた新規事業創出プロジェクトで、水産養殖業を支援するビジネスモデルが選ばれ、水産ICTを構築。水産養殖事業者、研究機関など業界関係者と共に「食の安心・安全・安定供給」を目的としたICT活用を展開中。現在、NECソリューションイノベータ イノベーション戦略本部 農林水産業事業推進室 水産ICT担当。広島県出身。
中谷 貴子(なかたに・たかこ)氏
1994年横浜国立大学卒、日本電気ソフトウェア(現NEC ソリューションイノベータ)入社。システムエンジニアとしてCRM(顧客関係管理)やERP(統合基幹業務システム)などを担当、その中で同社が始めた新規事業創出プロジェクトで、水産養殖業を支援するビジネスモデルが選ばれ、水産ICTを構築。水産養殖事業者、研究機関など業界関係者と共に「食の安心・安全・安定供給」を目的としたICT活用を展開中。現在、NECソリューションイノベータ イノベーション戦略本部 農林水産業事業推進室 水産ICT担当。広島県出身。

漁獲量が社会的な問題になりつつあります。

中谷:2050年の世界がどうなっているのかという推計があります。これによると人口は70億人から90億人に増え、食糧需要は現在の1.7倍になると予想されています。魚介類に関しては、漁獲量が減少傾向にあるため、養殖への依存度が更に高まると言われています。

 それにしてもITの活用先として養殖に目をつけたのはなぜですか。

中谷:養殖には海上養殖と陸上養殖がありますが、当社が最初に目を付けたのは利点の多い陸上養殖です。陸上養殖は飼育効率が高く、計画生産も可能なうえ、海上で船に揺られながら作業をする必要がないため、就労者に優しく安全に作業できるというメリットがあります。

 しかし、難点もあります。事業を開始するには、水槽やポンプ、ブロワなど、数億円の設備投資が必要で、更に人件費や餌代、電気代、稚魚の購入代などのランニング費用も必要になります。また、水産物は事業開始から出荷までのリードタイムが長いため(例:アワビは5年位かかる事もある)、国や自治体の補助金・助成金が付かなくなると辞めてしまう業者が多いのも事実です。

 陸上養殖が定着しないもう一つの原因は、ノウハウが蓄積されていないという事です。例えばいけすに100匹の稚魚がいて、「餌はどの程度与えているのですか?」との問いに「おおよそこの程度」と“勘と経験”から回答する養殖業者がいました。貴重なノウハウが属人的になっており、新たに養殖事業を始める人にとってはハードルが高い業界であることを知り、ITによる水産養殖の見える化を考えました。

一次産業のIT化、オリンピックが追い風に!?

なぜ、魚を数えるカウンターを開発したのですか

中谷:NEC フィッシュカウンターは第2弾となります。第1弾は昨年12月に開発したNEC 養殖管理ポータルで、養殖環境や作業の可視化、ノウハウの蓄積を実現する仕組みを構築しました。水槽やいけすの水温や水質データを専用センサーで収集・管理し、規定値を超えた時に、電子メールでアラートを発信します。更に給餌情報や魚介類の成長データを記録し、養殖環境における問題発生状態なども把握できるようにしました。

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 更にITの活用範囲を広げる事を目的に、養殖業者へのヒアリングを重ねた際、みなさん判で押したように「魚を正確に数えられるようにして欲しい」と言われました。背景を伺うと、例えば水槽1槽あたり稚魚を1000匹購入した場合、片方の水槽は稚魚で底が見えないのに対し、他方の水槽は底が見えるといった具合に、明らかに稚魚数にバラツキがある事がよくあるそうです。

 これも聞いた話ですが、諸外国から稚魚を購入する時は、双方から監視役が複数名参加し、お互いに稚魚の数をカウントし、「もう1000匹渡した」「いや、まだ900匹だ」と言ったやり取りも日常茶飯事のようです。養殖の重要性が増している現在、稚魚の数を正確にカウントするという基本的な所にもITへの期待がある事を知りました。

 少し話が逸れますが、一次産業のIT化は時機を得ていると思います。その理由は、「GAP認証」や「ASC認証」という制度です(GAPはGood Agricultural Practicesの略称、ASCはAquaculture Stewardship Councilの略称)。農産物を作ったり、養殖で魚を育てたりする際に、あらかじめ決められた手順に沿って作られているか、持続可能で環境や社会的責任に配慮して生産されたものであるかを審査・認証するものです。

 これらの認証制度がこれから重要になってくると思います。その理由の一つが、2020年の東京オリンピックです。出場する選手に提供する食材は、どのように作られているのか、肥料やエサはどのようなものがどの程度使われたのか、生産者はどのような就労環境だったのかなどを問われます。その際には、今までのような「勘と経験」を明文化(文書化・電子化)しておく必要があります。オリンピックを契機に、認証制度が日本に定着する可能性は大きいと思います。そこで役立つのが一次産業のIT化だと思っています。

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