前回、「リアルタイム・サービス法」という言葉が出ました。これは内藤さんのオリジナルですか。
内藤:そうです。私はサービス業の様々な取り組みを科学的に解明したいと考え、企業の現場をいつも回っています。そのとき、実際に効果が出るであろう方法を具体的に示しながら、「こうすれば現場は良くなりますよ」と議論もしています。この自分のしていることを簡潔なキーワードとして、何か一言で表現したいとずっと思っていたんですね。
製造業では、20世紀に入ってテイラーの科学的管理法が提唱され、そこからインダストリアル・エンジニアリング(IE)という理論に進化していきました。日本でも、トヨタ生産方式、セル生産方式など、20世紀後半にモノづくりの生産管理手法は大きな進歩を遂げました。
これと並ぶ概念、といったらおこがましいかもしれませんが、私が現場で日々議論していること、目指している方向性を、一言で表すと一体何だろうということを考えていました。
そうしてたどり着いたのが「リアルタイム・サービス法」という概念でした。それは、現場作業の「位置」「時間」「情報」を顧客がいる最終工程に近づけるというもので、あらゆるジャンルのサービス業に当てはまると今では考えています。
位置というのは、サービスを提供する場所を顧客に近づけることです。時間とは、サービスを提供するタイミングを顧客に近づけることです。情報は、顧客が求めていることと提供するサービスの内容の差、つまり顧客と企業が現場で実際に持つ情報のギャップを埋めていくということです。
ご飯をまとめて炊くことをやめた旅館
具体例で説明してもらえますか。
内藤:例えば多くの旅館では、厨房でご飯を一度にまとめて炊き上げようとします。そのほうが効率的だと考えられているからです。炊いた後は、複数の保温ジャーに小分けして、最後に部屋ごとのおひつに移すという作業をしているのです。
ある旅館ではこのスタイルをやめ、顧客が実際にご飯を食べる現場に家庭用の電気炊飯器を置いて、そこでこまめに炊くことにしました。一見すると手間が増えて、作業時間、人件費の増加につながると思うかもしれません。けれど、実際にやってみると作業時間はほとんど変わりません。むしろ、そうすることでそれ以上のメリットもたくさん得られることが分かってきました。
まず、炊き立てのおいしいご飯をお客さんにいつも提供できる。それから、まとめて炊くよりこまめに炊いたほうが、ご飯の廃棄ロスを削減できます。まとめて炊くと、分けるときに足りなくなったら困るという意識が働くので、どうしても人は余裕をもって多めに炊くんですね。
顧客に近いところで炊くというこのケースは、位置や時間だけでなく、おいしいご飯を食べたいというお客さんの要望、つまり情報に近づけた、分かりやすい事例と言えます。
別の旅館の例では、浴衣の客室置きをしていません。あらかじめS・M・Lの全サイズを置いておけば、作業は楽なように思います。でも、その旅館はお客さんを出迎えてから身長を見て、体に合ったサイズの浴衣を個別に部屋に持っていくようにしています。お客さんの動きに作業を合わせることで、丁寧なおもてなしサービスを提供できるだけでなく、浴衣の在庫量が減らせ、お客さんが自分に合わないサイズの浴衣を広げたりしないので、クリーニング代も削減できます。
浴衣を事前に部屋に配っておくのも、お客さんが到着してから部屋に届けるのも、実際の作業量は同じです。チェックインの時間帯は混み合いますから、浴衣を届けるといった他の作業を減らしたいという気持ちは分かりますが、そこを工夫することで得られる効果も大きいのです。これは時間、情報を最終工程に近づけたケースです。
「ジャスト・イン・タイム」との違いは何か
なるほど。話を聞いていると、製造業の「リードタイム」と近い考え方に思いますが。
内藤:確かにそれと共通する部分もありますが、違うところもありますよ。ものづくりの現場では短時間で作れば作るほど、つまり、リードタイムを短くすればするほど、生産効率は上がっていきます。ただ、これまで何度も繰り返し言ってきましたが、製造業では作った商品を在庫にできますが、サービス業では基本的にそれを在庫にすることができません。お客さんがいなければ、商品であるサービスを提供できないのです。
つまりラーメン店で、10分で作っていたラーメンを5分でできるようにしたところで、仮にお客さんが15分おきにしか来ないのであれば、価値を生まない手待ち時間が5分増えるだけです。
そもそも、サービス業の現場の客足は読み切れない。製造業は大雨が降っても製品を生産できますが、ラーメン店は大雨が降ったら客足がぱたっと途絶えます。10分で作っていたラーメンを5分で作れるようにしても、大雨には勝てない。「そんなの当たり前じゃないか。じゃあ、サービス業は作業時間の短縮を考えなくてもいいのか」と反論されるかもしれませんが、そうではありません。
もちろん、ラーメンを10分で作るより5分で作ることができたほうが、オペレーション上はいいでしょう。特に混雑する時間帯は作業時間の短縮が大きな効果をもたらします。そのことは分かっています。
私が言いたいのはそういうことではなく、リードタイムを短縮することは、製造業にとっては直接的な意味があるけれど、サービス業において、それだけですぐに意味があるかどうかはケース・バイ・ケースだということです。「作業時間」と「労働時間」は違うんです。
作業時間と労働時間の違い?
内藤:企業が考えなければならないのは、労働時間と顧客満足です。賃金は労働時間によって決まりますし、もっとも大事な売り上げはお客さんの満足の対価ですから。
製造業は、作った製品を在庫できるので作業時間の短縮がそのまま労働時間の短縮につながります。けれど、サービス業の場合は、先ほどのラーメン店のように、作業時間を減らしたところで、それがそのまま労働時間の短縮につながりません。
頑張って10分の作業を5分に短縮しても、お客さんが来なければ、作業時間は減っても、労働時間は何も変わりません。そうすると労働生産性は改善しない。
お客が求めることをしてこそ、サービスになる
サービス業にとっては、お客さんが求めたタイミングで、お客さんが求める品質のサービスをきちんと提供できるようにすることが大事なのです。
つまり、一つひとつの作業スピードが速まることで、このタイミングが合うだけでなく、空いた時間に一人ひとりのお客さんに、より多くの手間をかけられようになり、顧客満足をさらに上げられます。その点においては作業時間の短縮が持つ意味はあります。
だからサービス業にとっては、作業時間の短縮の目的が違うのです。サービス業の生産性を改善しようというとき、ストップウォッチを持ち出して、作業時間の短縮ばかりを指導する人がいますが、それってどうなの、と思いますね。
お客さんにサービスを提供できなければ、作業時間だけを減らしても意味がないわけですね。
内藤:サービスを数学的な集合モデルで考えれば、「顧客の要求事項の集合」と「提供作業の集合」の重なる部分だけが、実際のサービスなんです。
お客さんが求めていないことを提供しても、サービスにはならない。逆にお客さんが求めていることを提供できないのは、機会損失です。この2つが重なった積集合の部分を拡大することが、顧客満足を高めると同時に、企業の生産性を引き上げることにつながる。
製造業で生産性向上というと、機械化して人を減らして、というふうに意識が働きますが、サービス業の場合はそうではない。お客さんの要求事項とサービスの提供内容の重なりを高めるにはどうすればいいか、考えることです。この重なりが広がれば、売上高は増え、人を減らさなくても生産性は高まるのです。(次回に続く)
(聞き手は、日経トップリーダー副編集長・北方雅人)
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