歴史的な政権交代から1年も経たずして、首相が交代。そして、突入した参院選。選挙戦そのものにはどのような意義や特徴があったのか。そして国民が下した審判にはどんなメッセージが込められているのか――。
各党マニフェストの評価や専門家の討論などを通じた政策提言を目指しているNPO(非営利団体)である「言論NPO」の工藤泰志代表に、選挙戦を振り返ってもらった。
「民主党は政策の転換に追い込まれたにも関わらず、過去のマニフェストの総括をしておらず、国民への説明も不十分なままだった」と断じる工藤代表は、この参院選をきっかけに、政党と候補者の関係に大きな変化が起こると予想する。
(聞き手は谷口徹也=日経ビジネスオンライン副編集長)
―― 今回の参院選が意味するところは何だったのか。振り返るとどんなことが言えると思いますか。
工藤 日本の政治は、この国が直面する課題に強引に引き戻されたが、それを多くの政党は国民に堂々と説明できなかった。それが、今回の選挙のすべてだったと私は思っています。
鳩山由紀夫・前首相の退陣で、菅直人政権が選挙直前のぎりぎりのタイミングで誕生しましたが、そのマニフェストで、「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」の3つをアジェンダに設定し直したのも、その3つこそがこの国が直面している課題だったからです。
考えてみると、自民党の末期の福田康夫氏、麻生太郎氏の2つの政権も、その時のアジェンダは経済と財政、社会保障でした。この時も消費税の増税が社会保障のプログラムと同時に提案され、その発動時期は経済状況を見て判断する、というところまできていた。
そう考えると、日本の政治はこの時から、政権交代を経ても課題解決という点では1歩も進んでいなかったことになります。
菅首相は、選挙中に自民党の提案に相乗りする形で、消費税の増税に言及しましたが、党内で議論も行っておらず、それを国民に問い続けることもできなかった。ようやく、民主党の政治はこの9カ月あまりのバラ撒きの政治から、日本の課題に戻ろうとしたのに、そのプランを提起できる体制にはなっていない。
だから、結果として、参議院で民主党の連立に過半数をこのまま渡していいのか、それが争点になるしかなかった。
国民に向かい合う「新しい政治」は実現できたのか
今回の選挙ではどこに投票すればいいのか、困った人も多かったと思います。その責任の多くは、政権を担っている民主党にあったと私は思っています。
―― 民主党のマニフェストはどこに問題があったのですか。
今回の参院選は、昨年の総選挙で誕生した民主党政権の中間評価の選挙でした。でも、昨年の選挙の民主党のマニフェストは主要施策が変更されたばかりか、全面的な見直しに追い込まれているのに、「それはなぜなのか」「そして今後はどうするのか」の説明が全くなかった。むしろ、国民にその説明をするよりも曖昧にしようとしたために、抽象的な従来型の公約に戻してしまった。
菅さんは鳩山さん時代のマニフェストを変更し、国民にそれを堂々と説明、新しい約束を国民に提起するチャンスであったのに、それもなかった。
昨年、多くの人が政権交代に期待したのは、新しい政治です。つまり、業界団体や既得権益をベースにした政治ではなくて、国民に向かい合う政治に変わっていくと思ったわけです。だけどわずか9カ月でそうでないことが明らかになってしまった。
民主党は政権交代を実現するため、これまでマニフェストを活用してきました。でも、マニフェストは政治の道具ではなく、国民が政治を選ぶための道具なのです。努力した結果、約束が実現できない場合もあります。それを説明して、新しいプランを示してくれない限り、国民に向かい合う政治とは言えない。その信頼を今回の選挙は、プッツンと切ってしまったのではないかと思うのです。
―― 言論NPOはマニフェストに基づく民主党の政策実行をどのように評価しているのですか。
今回の民主党のマニフェストには昨年のマニフェストの自己評価が書かれています。179の約束のうち「実施」と「一部実施」を合わせると94、着手済みは70と書いてある。
でも私たちの政策評価では、「達成」と判断できるのは24項目で、「修正」が18項目、「未着手」が36項目。100項目は「着手程度」の取り組みです。しかも今回の参議院選のマニフェストの全政策86のうち、昨年の約束に言及したのは49ですが、その文面を見るとその9割は修正されている。
ガソリン税の暫定税率維持や、子ども手当て満額支給の断念、農業への戸別所得補償の本格実施の先送り、高速道路の全面無料化の先送りなどです。
当初の計画は破たんし、政策変更に追い込まれた
選挙期間中、私はそれを民主党に聞きに言ったのです。何が変わってなくて、何が変わったのだと。しかし、政策調査会の城島光力・会長代理に「16.8兆 円の約束は変わってません」とはっきり言われました。でもすでに主要施策で変更している、と指摘すると、「あと10日あるから、その間の選挙戦においてちゃんと説明します」とも言われました。それは実行されたでしょうか。
そこでのやり取りは言論NPOのホームページ上にある動画で公開していますが、すべて言い訳に聞こえました。
そもそも、主要政策を実施するために4年間で16.8兆円を実施するという約束は、防衛費、公共事業費、文教および科学振興費の合計より多い金額です。それだけの新しい支出の追加を無駄の削減だけでやろうとしたところに民主党の約束の無理があったということです。
その財源も捻出はできませんでした。事業仕分けは話題になりましたが、無駄の寄与は1兆円程度でした。無駄の削減で財源が9.1兆円ひねり出せる計画でしたが、たった9カ月で逆に人件費や委託費などで5.5兆円増えていたのです。
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