まさに劇的な展開である。1月15日に日本の海上自衛隊がインド洋から撤収し、1月24日は沖縄の名護市長選挙で米軍基地受け入れ反対派の市長が勝利した。誰の目にも日米関係は疎遠になるのは明らかだった。

 当然、米国は日本抜きの戦略を模索し、さらなる米中接近、ジャパンパッシング(日本素通り)が懸念された矢先だった。中国もそれを期待し、「インド洋での海上自衛隊の補給活動を肩代わりする」とまで言い出していた。ところが米国は突如、台湾への武器売却を決定したのだ。

 言うなれば、中国の胡錦涛主席が米国のバラク・オバマ大統領に手を差し出したのに、オバマはその手を振り払ったばかりか返す勢いで胡錦涛の頬を引っ叩いたようなものである。

もし「バトル・オブ・タイワン」が起きたら

 米国が売却を決めたのはミサイル防衛用のPAC-3(地対空誘導弾パトリオット改良3型)そして軍用ヘリコプターや情報機器などで、肝心のF16戦闘機の売却は見送った。ここで「中国への配慮をにじませた」とも言われる。

 確かに中国が台湾へ軍事侵攻するとなれば台湾海峡上空における航空戦が死命を制する。第2次世界大戦ではドイツは欧州大陸を制覇し英国本土(ブリテン島)に侵攻しようとした。そこで起きたバトル・オブ・ブリテンでは当時の最新鋭戦闘機、英のスピットファイアーと独のメッサーシュミットの死闘が繰り広げられたのである。

 現代において、もしバトル・オブ・タイワンが起きたとしたら、「台湾軍のF16と中国軍のスホーイ27の格闘になる」と言われてきた。台湾は約150機のF16を米国から供与されており、一方の中国はロシア製のスホーイ27、その改良型のスホーイ30、さらにそれをコピーした中国製のJ10などの配備を着々と進めている。正確な数は不明ながら既に勢力は拮抗しており近い将来、台湾側を圧倒すると見られている。

 台湾としては均衡を保つため、米国に追加配備を求めていたのである。これを見送ったことは確かに中国への配慮を米国が示したと言えるが、中国の出方次第では追加承認があり得ることを示してもいる。オバマ政権としては中国との関係悪化をそれほど恐れてはいないことを内外に表明したわけだ。

 一体なぜこの時期に、しかも親中派と見られていたオバマ大統領がこの挙に出たのか? 大統領就任以来、米国債を買ってもらいたいばかりに人権問題を棚上げして媚中外交を繰り広げてきたのであるが、現在も経済的な対中依存状態に変わりはない。

 台湾においては親中派の馬英九政権への批判が高まりつつあるが、中台で軍事衝突が起きたわけではない。米グーグルへのサイバー攻撃が米中間で問題になっている時ではあるが、仮に中国がこの問題で妥協したとしても米国が今回の決定を覆すことはないだろう。

 だとすると米国は中国の動きに対応してこの決定をしたのではなく、米国自身が新たな戦略を模索して決定したと見るほかない。米国が東アジアにおいて戦略転換を模索していることになる。その原因が中国でないとすれば、残りは日本しかない。日本こそが東アジアの戦略環境の台風の目になりつつあるのである。

中国と日本の関係に影響を及ぼす

 日米間の最大の懸案は沖縄の米軍普天間基地移設問題である。そして現在、日米関係は戦後最悪とも言われている。現に1月19日の日米安保改定50年では両国首脳による共同声明が出せず、閣僚レベルに留まった。そして基地移転先の沖縄名護市で反対派の市長が選出されたことで事態は一層困難になった。

 だが現在、米国を怒らせているのは、この選挙結果ではないし、正確に言えば普天間問題でもない。確かに普天間問題で苛立ってはいる。しかし直接的に怒らせているのは、むしろ海自インド洋撤収の方だ。

 欧州は新たに7000人の兵をアフガニスタンに追加派遣するこの時期に、日本はアフガニスタン戦争から手を引いたのである。派兵するということは人命を捧げるということであり、カネを出せば済むというものではない。欧州から見ても日本は裏切り者であり、今後米国の欧州への対応と日本への対応には違いがなくてはならない。違いがなければ、欧州が派兵を続けている意味はなくなり、日本にならって撤収するだろう。

 米国としても欧州軍を引き留めるためには、日本を罰しなければならないわけだ。ではどう罰するか? 筋論から言えば、在日米軍を撤収させるのが分かりやすくていい。日本が米国を助けないのであるから、米国も日本を守る必要はないわけである。

 だが米軍がいなくなれば、日本は国防のための莫大な負担を負わなければならなくなる。それはインド洋からの海自撤収の罰としては明らかに重すぎる。また在日米軍は日本だけでなく、東アジアの平和と安定に寄与している。それが突然いなくなれば、東アジアの戦略的均衡が崩れて戦乱が起こりかねない。今や日米安保体制は巨大かつ複雑化しているので、日本だけを簡単に罰するのは難しいのである。

 そこで講じられたのが今回の決定と考えることができる。つまり日本の代わりに中国を罰したのである。どういうことか?

 日本は日米中正三角形論を唱え、日米間を疎遠にし、日中間を緊密化しようとした。その具体的政策が東アジア共同体構想だ。そこで米国は台湾への武器供与に踏み切った。中国の台湾併合の夢は一歩遠のいたのである。

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