NPO法人マニフェスト評価機構(理事長:松原聡・東洋大学教授)は7月21日、東京都内で公開座談会「年金マニフェストを問う」を開催した。司会は松原聡氏、パネリストは駒村康平氏(慶応義塾大学経済学部教授)、屋山太郎氏(政治評論家・年金記録問題検証委員会委員)、飯尾潤氏(政策研究大学院大学教授・マニフェスト評価機構政策評価委員)の3氏。ここでは、駒村、屋山、飯尾氏による立論の要点をお届けする。
働き方の急変によって進んだ年金空洞化
駒村康平 慶応義塾大学経済学部教授
年金制度や年金改革案を評価するためには、3つの視点が重要だ。
駒村康平・慶応義塾大学教授
1つ目は年金財政の「安定性」。2004年の年金改革で、ある程度見通しがついたと評価をされているが、少子高齢化が加速すると揺らいでくる。昨年末に発表された人口推計によれば少子高齢化の勢いは増している。2004年改革には当然限界がある。
2つ目は、年金制度の「デザイン」。国民年金を1階部分、厚生年金・共済年金を2階部分とする2階建て構造でいいのか、職業別に異なる制度でいいのか、厚生年金と共済年金は統合されたが国民年金と厚生年金を一体化する必要があるのか――といった形の問題がある。
3つ目は、年金情報の「管理」。国民と政府の間のコミュニケーションの問題だ。情報共有システムや記録管理システムが、極めてでたらめなものだった。あってはならないこと、基礎中の基礎の問題だ。
各政党の年金政策を評価する場合には、こうした視点から見る必要がある。答えていたり答えていなかったりするし、党によって違いがある。
基礎年金の国庫負担は2009年までに50%に引き上げられる。要するに税金で賄うということ。介護保険も50%は公費、医療保険の高齢者部分も50%が公費。高齢者向け給付はどれも5割が公費負担に統一されてきている。しかし、給付については財政的な見込みがついていない。財源として消費税の引き上げが議論になるところだ。
2004年の年金改革では、“マクロ経済スライド”が導入された。これは現在年金をもらっている人も、これからもらう人も、全員の年金が毎年0.9%ずつ減っていく仕組みで、2023年まで続けられる。累計で15%下がる。現行で6万6000円ぐらいの基礎年金が5万6000円ぐらいになる。医療・介護保険もここから負担するなどということが可能なのか。そもそも、「生活保護」との逆転現象が起こってしまう。
年金制度を揺るがしている直接的な引き金は、“働き方”の変化である。かつてはサラリーマンが中心だったのが、1990年代にサラリーマンでも自営業者でもないグループが急激に増えた。未納が拡大し、年金制度の空洞化が急速に進んだ。働き方の変化に制度が追いつけない状態だ。
高齢化の加速によって年金給付水準の低下、調整は避けられない。これは先進国ならどこでも同じだ。給付額の引き下げでないならば、保険料を引き上げるか、支給開始年齢を引き上げるか、経済成長を引き上げるか、働き手を増やすか、そういった手段しか残されていない。
年金制度をより良いものにするためには、国や社会保険庁がしっかりしなければならないのは当然だが、国民ももっと勉強すべきだ。昨年、約1300人を対象に年金に関するテストを実施した。国民の年齢分布を反映するような形に調整して回収した。すると、20代、30代、40代の人たちは年金をほとんど理解していない。50歳になって初めて一生懸命勉強を始める。そのような状況では、長期的な視点から議論を深めることが難しい。
旧国鉄のような地域分割で競争にさらせ
屋山太郎 政治評論家・年金記録問題検証委員会委員
政治評論家の屋山太郎氏
年金記録問題検証委員会で、年金制度の是非とかあるべき論ではなく、国民のお金を集める窓口が信用できるのかという検証作業を進めている。一言で言うと、「腐っている」と言うしかない。
検証委員会では社保庁に対して問題点を洗いざらい全部出せと言っているのだが、なかなか出そうとしない。とはいえ会計検査院が指摘し公開されている事例だけを見ても、その常軌を逸した異様な体質が垣間見える。
例えば愛知県半田市で起きた事件では、窓口職員が架空の人物を何人かでっち上げて、その人たちが年金受給年齢に達したという通知を勝手に作り、そこに年金を振り込んだ。そのカネを着服したわけだが、その額がなんと4000万円近く。300万円、500万円なんていう例はほかにもたくさんある。普通の会社なら社会的信用を失い、組織が破産するのが当たり前だ。だが、そこは親方日の丸。お金を返納させ軽い処分で済ませたりしている。
ある企業の資金繰りが苦しくて厚生年金の会社負担分を何カ月分か納めることができなかった。半年ぐらいたってなんとか持ち直し、未納分の390万円をまとめて現金で事業主が払ったら、社保庁の職員がそのまま着服してしまったという例もある。
なぜ、こんなことになったかと言えば、やはり「労務問題」が大きい。
労働組合が1972年から1979年まで7年間にもわたって、オンライン反対闘争というのを徹底的にやったのは象徴的な話だ。
かつて地方事務官という異様な制度があった。地方に年金事務を委託し、それを担当する現場職員だ。身分は国家公務員だが人事権は知事が持っているという、どっちつかずのねじれた構図が、ネコババ事件を誘発する原因となった。2002年から地方事務官制度は廃止され、地方への委託から国の直轄に変わったが、1回腐った組織というのは、なかなか元に戻らない。
一番悪いのは、社保庁の長官を筆頭にした幹部として20人ぐらいのキャリア組がいる。これが“1等市民”だ。その下にノンキャリアがいる。これが“2等市民”。さらにその下に各社会保険事務所が雇った現地採用の人がいる。この人たちは“3等市民”。そうした奇妙な3層構造があった。
長官は1年かそこらしたら、次の天下り先に行く。キャリア組は長官の任期中をつつがなく過ごせば、2~3年で本省に帰ることができる。とにかく、何事もないということが大切なのであって、何か事件や不祥事が起きても隠蔽してしまう体質が根づいた。
旧国鉄も労務問題はあったが、兆円単位の赤字や借金など数字が目に見える病巣として国民に見えていた。結局、民営化され、改革が進んだ。だが、社保庁の場合は病巣が外部から全く見えない内臓疾患だったので、改革が遅れに遅れてしまった。
非公務員型の日本保険機構という民営化路線で改革を進めることになったが、6つぐらいの地域会社に分割するという国鉄と同様のやり方も1案だ。各地域でかかったコスト比較ができる。どこかがコスト削減をすれば、ほかの地域にも波及する。競争をうまく導入すれば、やり直しは可能だと思う。
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