“クラウド”という言葉が新聞の見出しに躍ることが増えてきた。クラウドコンピューティングを短く表現した言葉である。例えば2月26日付の日本経済新聞は、NECの社長交代を報じる記事に「NEC、クラウドに重点」という大見出しを付けた。
欧米のメディアもクラウドという言葉を普通に使っている。有力ビジネス誌の英The Economistは1年半ほど前、クラウドの大特集を組んだ(2008年10月25日号)。
ここでいうクラウドは群衆ではなくて雲を指す。雲とはインターネットのことなのだが、「クラウドに重点」と書かれると、「雲に重しを乗せると雲散霧消してしまうのではないか」などと、つまらないことを考えてしまう。
利用形態は40年くらい前からある!?
ここでNECの経営戦略にからむつもりはないが、クラウドについては論じてみたい。昨年、日経コンピュータという雑誌の編集長をしていた時、クラウドの扱いに悩み、あれこれ考えたからだ。
編集部の記者達は、IT(情報技術)の世界の新潮流だと言って、クラウド関連の記事を次々に提案してくる。大変結構なのだが、どこが新しい話なのか、なかなか分からなかった。
記者達から「インターネット経由でソフトウエアやハードウエアを利用することです」と言われると正直困惑した。ちなみに2月26日付の日経記事にはクラウドコンピューティングの定義が付記されており、「情報システムを利用する企業や個人が、ネットワーク経由でソフトウエアなどを利用できるサービス。自ら高性能のパソコンやサーバーを持つ必要が無く、効率的に情報システムを利用できる」と書いてあった。
日経にからむつもりもないが、この定義に新しい要素はない。先に掲げた記者の説明もそうである。企業や個人から見て、外部にあるコンピューター資源をネットワーク経由で使うという利用形態は40年くらい前からある。
こう指摘すると記者達は呆れた顔をして、「インターネット時代の話です」と言ってくる。だが、それも新しくない。インターネット経由で情報システムを使う動きについては7~8年前から何度も取り沙汰されてきた。ネットワークコンピューティングと呼んだり、ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)と呼んだり、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)と呼んだりした。乱暴に言えば全部同じ話である。
グーグルコンピューティングと呼ばないのか
すると今度は、「グーグルの話です」と主張する記者が現れた。聞いてみると確かに新しい話である。ASPやSaaSと呼ばれた取り組みは、なかなかビジネスとして成立しなかったが、グーグルはしっかり利益を上げているし、巨大なコンピューターセンターを動かすために技術面で独自の工夫をしている。
「それならクラウドと言わず、グーグルコンピューティングと呼んではどうか」と提案したが賛成を得られなかった。別な記者が「主要なIT企業は皆、クラウドに取り組んでいます」と言ってくる。
マイクロソフトのように、グーグルに真っ向から勝負を挑む企業もあれば、ASPやSaaSに再挑戦する企業もある。また、ASPやSaaSに取り組む企業に、そのための土台になるコンピューターやソフトウエアを販売するIT企業もある。
こうした土台となる基盤技術については、各IT企業とも新しいものを出している。ただ、長年の技術開発を踏まえており、不連続な技術を突然出してきたわけではない。したがって、クラウドという新しい言葉を冠するのはどうかと思うのだが、どう名乗るかは各企業の自由である。
柔軟の意味は「必要な時に、必要なだけ」
以上のように考えてきたことを文章にまとめる機会が最近あった。日経コンピュータの2月17日号でクラウドコンピューティングの特集をした際、その号の用語解説欄に「クラウドコンピューティング」を取り上げることになった。
本来、用語解説は記者が書くのであるが、「クラウドについてうるさいあなたが書いてはどうか」という話になったので引き受けた。その文章を再掲しつつ、改めて筆者の思いを付け加えてみたい。
インターネットを介して、柔軟な情報処理を実現する技術やサービスの総称。利用者はインターネットの向こう側にある、アプリケーション・ソフトウエアや基本ソフトウエア、ハードウエアを必要な時に、必要なだけ、「サービス」として購入し、利用できる。インターネットをクラウド(雲)と呼ぶため、この名称が付けられた。
新聞と同じ定義ではないかと思われるかもしれないが、「柔軟な」としている点が少し違う。柔軟の意味は「必要な時に、必要なだけ」ということである。40年前はここまで柔軟なことはできなかった。
何が入っていても「雲だ」と言い張ればよい
引用を続けたい。ここから通常の用語解説と趣が異なってくる。
もっとも、この定義では、ITにかかわる森羅万象を包含できてしまう。クラウドという言葉は当初、グーグルやアマゾン・ドット・コムといった、いわゆる新興ネット企業のサービスに使われたが、既存のハードやソフトのメーカー、システムインテグレータ、通信会社らがこぞって、自社製品やサービスの“クラウド対応”あるいは“クラウド化”を発表、ほぼ全員がクラウドを手掛けることになってしまった。
しかも、IT企業ではない、一般企業が自社センターにあるシステムを、各国拠点や関連会社にインターネット経由で提供する仕組みをプライベートクラウドと呼ぶようになり、もはや「何でもクラウド」の状態にある。
なにしろ“雲”であるから、その中に何が入っていても「これは雲だ」と言い張ればよい。しつこくて申し訳ないが、筆者がクラウドという言葉にどうしてもひっかかるのは、このあたりである。
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