M&A(企業の合併・買収)の有力分野の一つとしてIT(情報技術)がある。IT以外の企業がIT企業を買う異業種連携の可能性もある。ただしM&AやIT絡みの業務に日本企業が長けているとは言い難く、課題もある。
M&Aを後押しする施策が相次ぐ
日本企業のM&Aは増えており、さらにそれを後押しする施策が相次いでいる。
7月21日付日本経済新聞の一面トップに「日本勢 国際M&Aの主役」という記事が載った。日本企業による海外企業のM&Aの年平均買収総額を見ると、2010年~2017年は2000年~2009年の約3倍という。業種では医薬とITが多い。主役になったものの同記事は「失敗例も相次いでいる」とし、「M&A力」が問われると結んでいる。
一方、日本国内では中小企業の事業承継の手段としてM&Aが注目されている。政府は受け継いだ非上場株式にかかる税の軽減などの事業承継税制の特例措置を4月から始めた。さらに7月、産業競争力強化法の一部改正を施行し、自社株を使ったM&Aについて売り手が得る売却益の課税を繰り延べる税制措置をとった。
ITと言っても色々だが、ソフトウエアの開発を受託する企業の場合、創業数十年の老舗も多く、後継者が見当たらないため創業者が売却を検討しているところもある。この場合、一般企業の事業承継問題と同じ話になる。
日本企業による海外IT企業のM&AはソフトバンクやNTTデータなど一部超大手企業によるものが大半なので、今回は国内におけるIT企業のM&Aについて考えてみたい。
増えるIT企業の買い手
買い手は色々ある。まず、既存のIT企業大手。相応の社歴があり、業績堅調で株式を上場しており、経営陣が定期的に交代する。こうした大企業がざっと見て百数十社あり、かなりの企業がM&A担当者を置いている。各社は売上増と人手不足解消を目指して老舗の同業他社を買う。あるいは新分野に出るため創業間もないスタートアップを買い、時間と技術者を手に入れる。
株式公開を終えたIT関連スタートアップも買い手である。高い成長率を求める株主の期待に応えるために他のスタートアップを買う。IT関連スタートアップの多くはインターネットを使った電子商取引やクラウドサービスを手がけており、他社を買うことで顧客数やサービスの品揃えを増やせる。
IT製品の開発を少人数で手がけてきたスタートアップが技術者を多数抱えた老舗IT企業を買う例もある。自社の製品を顧客に売り込んだ後、製品の利用を支援するエンジニアリングサービスまで提供できるようになる。
流通、金融、製造などIT企業ではない異業種がIT企業を買う動きも出つつある。小売業が自社の電子商取引事業を強化するためにITの技術者を抱える企業を買う。製造業が自社製品の稼働状況を監視するインターネットサービスを始めるためにIT企業を買う。
事業の変化に応じて社内の情報システムを素早く改修するため、技術者を抱えようとM&Aに踏み切る場合もある。日本企業の多くはIT関連業務の大半を外部に委託しており、社内にITの技術者をほとんど抱えておらず、情報システムの機動性に問題を抱えている。
株式公開だけがゴールではない
一方、IT企業の売り手はどうか。前述の通り、後継者がいない老舗のIT企業がある。さらにITのスタートアップも売り手の候補になる。
技術とアイデアがあり、ベンチャーキャピタル(VC)から出資を受け、製品を開発、売り出したものの、急成長というわけにはいかず、なかなか株式公開に至らない。経営や製品開発の方針を巡り、VCがあれこれ口を出す。こうなると創業者はつらい。買ってくれるところがあれば売ってしまいたいと考える。株式公開だけがゴールというわけではない。
大企業の販売チャネルや顧客資産を使う狙いで、大企業に買ってもらい、傘下に入るスタートアップもある。7月23日付日本経済新聞の記事によると「2018年はこうしたM&Aが昨年を上回るペースで拡大」するという。
IT企業のM&Aに関して売り手と買い手は揃いつつあるわけだが、課題もある。何と言っても売買の対象となるIT企業の評価がしづらい。
IT企業の資産の多くはソフトウエアないし技術者であり、工場や店舗あるいは土地といった目に見える資産を持っているわけではない。財務諸表の評価だけでは不十分になるが、そもそもIT関連の用語自体が分かりにくい。
インターネットサービスをしている企業であれば会員顧客や取引データが、機械学習やブロックチェーンなど新しいITを手がける企業であれば開発実績や技術者の経験が、それぞれ資産と呼べる。これらを評価するには、技術そのものと技術が事業にもたらす価値を判断し、さらに欧米の類似企業の売買価格を調べないといけない。
なんとか売買が成立したとしても7月23日付日経の記事が報じた通り、人事面の調整がM&Aの後で欠かせない。既存大手企業とスタートアップの給与や就労の条件を比べると大きく異なっていることが多い。
IT企業に特化したM&A支援も
それでもM&A支援を手がけるアドバイザリー各社は可能性をにらみ、IT企業のM&Aも積極的に進めようとしている。そうした中、IT企業のM&Aに特化した専門企業も登場した。
2016年12月設立のM&AテクノロジーはIT関連のM&Aだけを支援する。木寺祥友社長は同社の特徴を「経営や事業とITの両方を踏まえて企業の価値を判断できること」と説明する。
木寺氏は1995年当時、登場してまもないソフトウエア開発言語Javaを使ったプロジェクトを日本でいち早く手がけた技術者として知られる。Javaに加え、スマートフォンの基本ソフトAndroidを取り扱うソフトウエア開発企業を経営してきた。大学を出てすぐ起業したため、社長歴は30年を超える。
そのかたわらIT業界における顔の広さからM&Aの相談を受けることが度々あった。日本でIT企業のM&Aが活発になると考え、M&Aテクノロジーを設立した。
売り手のIT企業に対しては、保有技術の内容、技術者のスキル、製品やサービスの販売実績と将来性などを木寺氏が評価し、「こういう企業に買ってもらえれば相乗効果が出るのではないか」という事業計画案を売り手に提示、計画を一緒に立てる。
一方、買い手のIT企業については、M&Aに積極的なところ、担当者を置いているところと連絡を取り合い、ニーズを聞き、それを満たす売り手を探していく。
企業全体をまとめて売買するとは限らない。「例えば開発してきたインターネットサービスを他のサービス企業に、技術者がいる部門をソフトウエア開発企業に、それぞれ売却するといったやり方もある」(木寺氏)。
IT業界は今、ITを使って事業を変革する「デジタルトランスフォーメーション」という言葉を喧伝している。本当に変革するには、企業そのもの、事業や技術、そして人材、それぞれの流動化が必要になる。IT業界が言葉通りに変革を進めるなら、老舗とスタートアップ、そして一般企業を巻き込んだM&Aがますます増えるだろう。
登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。
※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。