「これまでの日本航空(JAL)は、ある意味では破綻効果によって高コスト体質を脱却できたとも言えます。けれどもこの先は、社員が自分で考えてコストを削減していく。トップダウンでは見えなかったコスト削減や収支改善の余地が、まだまだあるはずです」
日経ビジネス7月7日号の特集「航空下克上」でJALのコスト削減の取り組みについて取材をした際、担当者からこんな言葉を聞いた。
JALの見事な再生はこれまでにも数々のメディアによって語り尽くされている。京セラの稲盛和夫名誉会長の経営手腕を評価するものもあれば、稲盛名誉会長の手によって生まれ変わったJALの社員たちをたたえる内容もある。
いずれの論調にも共通しているのは、JALが再建できた要因として稲盛名誉会長が紡ぎ出した部門別採算制度「アメーバ経営」があることだ。そしてこの部門別採算制度と稲盛名誉会長の教える「フィロソフィ」が社員の意識を変え、コストや収支に対して敏感な組織を作り上げた。これが再建につながったことは間違いないだろう。
日経ビジネスでも2年前の航空特集「世界の空、争奪戦」で、JALの再生を検証し、破綻を経験した社員たちの姿をまとめた(「破綻して初めてJALの社員になれた気がする」、「お客様に寄り添うパイロットになれた」、「経営破綻は夕方のテレビのニュースで知った」、「『白い滑走路』に憧れてJALに入社した」など)。
その後のコスト対策がどうなったのかを知るため、今回の航空特集でも改めて取材を実施した。
2013年度時点で部門別採算制度を導入していたのはJALグループ内の20社。今後はこれを2015年度末までに36社まで拡大し、効率経営を実現する仕組みを広げるという。既に導入済みの部門については、現場から生まれた案などを積極的に取り入れて、さらなる効率経営を求めるという。
2年前、経営破綻を経験したJAL社員の話を聞いた限りでも、十分な努力や工夫はしていたように感じた。これ以上どんな形でコストを削るのか。素朴な疑問を抱き、次のような質問を投げた。「もう現場は限界なんじゃないですか。これ以上コストを削る余地はあるんでしょうか」。するとJAL側はいくつかのエピソードを教えてくれた。
息苦しさを感じたコスト削減の「美談」
例えば、社員が普段利用する交通費について。通常、JAL本社のある天王洲アイルと羽田空港を往復すれば840円の運賃がかかる(切符の場合)。だが東京モノレールの「沿線お散歩1dayパス」を使えば700円で1日の乗り降りが自由にできる。現場の社員から出たアイデアによって、同社では最近、この割引チケットを利用して本社と羽田空港を往復するようになったという。
本社と成田空港を往復する場合はバスを活用する。本社のある天王洲アイル駅から東雲駅まで移動し、「東雲車庫」から成田空港行きのバスに乗れば、片道の交通費の総額は1170円(天王洲アイル駅~東雲駅は切符で270円、東雲車庫~成田空港はバスで900円)。京成電鉄のスカイライナーやJR東日本の成田エクスプレスを使えば、交通費の総額はゆうに2000円を超えるため、大幅なコスト削減ができる。これも現場の社員が提案し、現在では特段の理由がない限りはこの移動手段を使うという。
整備の現場で必要な備品も調達方法を見直した。例えばウエス(機械の油や汚れを拭き取るための布)。これまでは購買していたが、そもそもウエスは汚れを拭き取るもののこと。ぼろ布などで良いのだからと、最近では世界中のJALグループの社員が使った古い衣料品などを集めて、ウエスとして使っている。
ウエス1枚の値段は1円にも満たないが、こうしたコストを抑えていけば、結果としては大きな実を結ぶ。そう感じた現場のアイデアを生かしたという。
ほかにも整備の現場で部品を運ぶ時にコンビニ袋を活用したり、乗務員たちが自分で機内食を持ち込みケータリング会社に支払う積み込みコストを削減したりと、いくつもの現場から上がってきたコスト対策を教えてもらった。どの話も非常に良いエピソードだし、現場が努力している様子はとても伝わってくる。
同じようなコスト対策を、ライバルのANAホールディングスも始めた。詳細は以前「ANA、1000億コスト削減の高い壁」で報じている。
既に2010年の破綻直後から本格的なコスト削減を進めてきたJALの中堅社員は、ライバルがようやく始めた対策についてこう語った。
「一言でコスト削減と言っても実際にやり切るのは難しいし、そもそも実現するには社員の“心”が伴ってないと中途半端なもので終わりますよ。JALはある意味、破綻がショック療法になって、社員のみんなが心を入れ替え、涙ぐましい努力を重ねられる集団になった。だけどあちらが、私たちと同じように心を入れ替え、つましい姿勢でコスト削減に取り組めるかどうか……。やはり謙虚さが違うのではないでしょうか」。
社員全員が危機意識を持ち、実行しなければコスト削減はできない。それは事実だ。JALの社員たちが、破綻から再建に至る道のりで心を入れ替えたのも本当だと思う。
だが先の社員の言葉やJAL、ANAホールディングスのコスト削減への取り組みを聞く中で、ある種の息苦しさを感じるようになっていた。
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