「株式会社ファーストリテイリングおよび株式会社ユニクロは本日、本年10月18日に東京地方裁判所にて下された、株式会社文芸春秋に対する控訴の判決を不服として、東京高等裁判所に控訴しました」
10月29日、こんなペーパーが手元に届いた。
ユニクロなどを展開するファーストリテイリングは、かねてから文芸春秋に対して、名誉を傷付けられたとして損害賠償などを求める裁判を展開していた。
きっかけは2つの媒体にある。文芸春秋の週刊誌「週刊文春」2010年5月6、13日合併号と書籍『ユニクロ帝国の光と影』だ。これらの中で、文芸春秋側はファーストリテイリングが国内のユニクロの店長や中国の生産工場で働く工員に過酷な長時間労働をさせていると表現した。中でもファーストリテイリング側が争点にしたのは次のポイントだ。
国内のユニクロでは、2007年までは店長が長時間労働をしていたことと、2007年4月以降も、とある30代現役店長の取材を通して、「11月、12月は月300時間を超えて働いている」というコメントを掲載したこと。また中国の生産現場では、「ユニクロの納期を守るため恒常的に午後9時以降まで残業があるが、ユニクロは工場の労働環境に興味がないと判断した」と記述したことだ。
ファーストリテイリング側はこれらの記事に対して、次のように抗議してきた。まず国内のユニクロ店長の長時間労働については、「以前から店長の労働環境の改善策を継続的に講じているほか、サービス残業を厳しく取り締まっている。万が一にもサービス残業が発覚した場合には、懲戒処分の対象にするなど、厳格な態度で臨んでいる」。中国にある生産工場の労働環境に対しても、「生産委託先の工場に対して安全かつ適正で、健全な労働環境の継続的な実現のために、コードオブコンダクトの遵守を求め、外部監査機関とともに現場での聞き取り調査も含めた厳格な検査を実施している」、と。
そして判決の出た10月18日、東京地裁はファーストリテイリング側の請求を全て退けた。判決を下した土田昭彦裁判長は「取材に対して、月300時間以上働いていると本で証言した現役店長の話は信頼性が高い」「(中国工場の)現地取材などから真実と判断した理由がある」と指摘した。
この判決を不服として、ファーストリテイリング側は東京高裁に控訴。冒頭の文書は、それを説明したものだ。
一連の騒動を受けて、インターネット上では「ユニクロが裁判所から“ブラック認定”された」などという趣旨の発言が広がっていった。
「ブラック企業」――。この言葉が生まれたのは1999年頃のことだという。当初は匿名掲示板の隠語の1つにすぎなかった言葉は、今や若者ばかりでなく、幅広い世代に広がっている。
ブラック企業の明確な定義はなく、広義には労働者を酷使し、使い捨てにする企業を指すと言われている。これを拡大解釈して、厳しい社員教育を実施したり、体育会系の社風があったりする企業まで、ブラックと呼ばれるケースも出てきている。
ひとたび“ブラック認定”されれば、採用や業績にも大きな打撃を与えるとして、日経ビジネス本誌でも2013年4月15日号特集「それをやったら『ブラック企業』」で、ブラックと呼ばれないための企業側の対策を掲載した(日経ビジネスオンラインでは、連動企画も展開)。
同特集の中では、インターネット上などでブラックと呼ばれる企業にも話を聞いた。また私自身は、あらゆる業界の中でも、比較的ブラックと呼ばれる企業が多く存在する小売り、サービス業を取材することが多い。実際にブラックと呼ばれる企業に務めるビジネスパーソンから個人的に話を聞く機会もある。
そこで今回のファーストリテイリング対文芸春秋の裁判の経緯を見ながら、1つの疑問を感じていた。なぜユニクロだけが、まるで「ブラック企業の象徴」であるかのように批判を受けているか、ということだ。
知名度ゆえの足かせなのか
これまで私は、さまざまな取材を通して、小売り、サービス業などの労働現場を見てきた。もちろん取材の場で、普段の労働環境を飾らずそのまま見せる企業は少ないだろう。特に、ブラックと思わせるようなシビアな場面や部署を、記者にそのまま見せる企業はまずないはずだ。
それを理解したうえでも、実際の取材現場に足を運ぶと「これは相当過酷な労働環境だ」と感じるケースは、意外とある。何も労務管理に違法性があるというわけではない。ただ精神的、肉体的にかなり負荷がかかっているのであろうと推察できるような労働環境は散見される。若い世代が見れば、それだけでブラックとされるのではないかと感じるような現場だ。
「ブラック企業」という言葉を拡大解釈し、厳しい社員教育やノルマ、体育会系の社風や古い企業体質なども含むとすれば、そこに当てはまる企業は意外と多い。
また個人的な繋がりのなかで「うちの職場はブラックなんですよ」という話も聞く。実際に月300時間以上働いていたり、サービス残業を強要されたりするほか、ノルマを達成できなかった時には自社商品を自腹で購入させられたという人の話も聞いた。
つまり、労働環境に恵まれない企業は、残念ながら世の中にたくさんあるということだ。もちろん、違法性が認められるのであれば、直ちに改善を要求すべきであろう。
それなのになぜ、ファーストリテイリングばかりがブラック企業の象徴のように批判を集めているのか。ブラック企業アナリストの新田龍氏は、ユニクロが批判を受ける理由を、3つの要素から分析している。
「まずは幅広い世代、地域で話題を共有できること」(新田氏)。
ユニクロの店舗は全国にあり、誰もがユニクロの商品を購入したり、店舗を訪れたりしている。ユニクロの商品やサービスについては、全国的に幅広い世代で「共通言語」となっている。もし特定地域にしか店舗を持たないような企業であれば、どんなに労働環境が悪く、違法性があったとしても、全国的な話題にはなりづらい。また利用者が特定の世代に限られ、特に若い世代に知られていないような企業は、インターネットの匿名掲示板などで話題になることも少ない。批判が拡散しないからだという。
同じようにB to B(企業間)ビジネスを主とする企業もブラック批判を受けづらい。「実際には、無茶なノルマを課したり、異常とも言えるサービス残業を強要したりするB to B企業もある。そんな会社で働く人からの相談も、数多く寄せられている」と新田氏は明かす。だがB to B企業の場合、若者を始め、一般の消費者にその存在はあまり知られていない。知名度がなければ当然、ブラック批判の対象となることもない。
つまりユニクロの認知度が高く、誰もが手に取り、体験したことのある企業であったことが1つ目の理由なのだという。
もう1つは「経営者の顔が良く知られていること」(新田氏)。
ブラック批判の的となるのは、企業であると同時に、その企業をマネジメントする経営者だ。しかし経営者の顔や個性が分かりづらい企業の場合、批判があいまいになってしまう。
対してファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏は、多くの消費者がその名前を聞き、顔を思い浮かべることができるほど国民的に知られた存在だ。それゆえに、経営者の顔も名前も思い浮かばない企業よりは、痛烈に批判されやすいのだという。
要するに、企業の提供するサービスや商品を誰もが手に取り、経営者のキャラクターが思い浮かびやすいほど、ブラック批判を受けやすいというわけだ。当然といえば、当然の理由だ。
だが新田氏はこの2つの理由以上に、ブラック批判が出やすいもう1つの要素を上げた。それが「採用時と就職後のミスマッチ」(新田氏)だという。
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