本連載では米ビジネススクールで助教授を務める筆者が、世界の経営学の知見を紹介して行きます。

 さて、最近はとかく「グローバル」という言葉をよく耳にします。メディアでこの言葉を見ない日はありません。「グローバル化」とか「グローバル企業」とか、最近は「グローバル人材」という言葉も流行っています。

 正直、これらの言葉にやや食傷気味の方もいるのではないでしょうか。その理由の1つは、そもそも「グローバル化」とは正確に何を指すのか、「グローバル企業」はどのくらいいるのか、などの基本知識を我々が十分に共有していないからかもしれません。

 実は、近年の世界の経営学では「グローバル企業はほとんど存在しない」という主張がされています。それどころか、これは学者たちのコンセンサスになりつつあると言ってよいかもしれません。今回は、なぜこのような議論が起きているかを紹介しましょう。

そもそもグローバル企業とは?

 そもそもグローバル企業って何なのでしょうか。色々な定義があると思いますが、真にグローバルな企業の条件の1つは、「世界で通用する強みがあり、それを生かして世界中でまんべんなく商売ができている」ことではないでしょうか。

 たとえば優れた商品・サービスを持つ企業であれば、それは世界中で売れるはずです。もちろん国ごとに消費者の好みや商慣習は違いますから、現地に適応することは必要です。とはいえ、商品力・技術力・あるいは人材・ブランドなどが圧倒的に強い世界的企業なら、アジア、北米、欧州を問わず、どこでも成功できるはずです。

 では仮に、世界中でうまく商売できている企業、すなわち「世界中からまんべんなく売り上げを得ている企業」を「真にグローバルな企業」としましょう。このような企業はどのくらいあるのでしょうか。

 この疑問を分析し、近年の国際経営学に大きな影響を与えたのが、米インディアナ大学の重鎮、アラン・ラグマン教授です。彼が2004年に「ジャーナル・オブ・インターナショナル・ビジネス・スタディーズ」(以下、JIBS)に発表した論文は、たいへんな反響を呼びました(カナダ・カルガリー大学のアレン・ヴェルビク教授との共著)。

 この論文でラグマンは、2001年時点でフォーチュン誌ランキングによる世界で最も大きい500社の中から、売上データの内訳がとれる365社を抽出しました。世界の海外直接投資の約9割はこの500社によるもので、その中の365社ですから、主要な「巨大多国籍企業」の大部分をカバーしているといえます。

 さらにラグマンたちは、世界市場を「北米地域」、「欧州地域」、「アジア太平洋地域」の三極に分けました。2001年時点でこの三極を世界の主要市場と見なすのは妥当でしょう。ラグマンたちは、多国籍企業365社それぞれごとに、3地域での売り上げシェアを精査・集計したのです。

 その結果は興味深いものでした。本稿で重要なのは、以下の2つです。

 発見1.ホーム地域への強い依存:各多国籍企業の本社の置かれている地域(フランス企業なら欧州、カナダ企業なら北米)を「ホーム地域」とする。分析からは、365社のうち実に320社が、売り上げの半分以上をホーム地域からあげていることがわかった。逆にいえば、ホーム地域の外からの売り上げが半分を超える企業(=ホーム地域だけに依存しない企業)は、45社しかない。

 発見2.真のグローバル企業は9社だけ:さらにこの45社のうちで、ホーム外の2地域(フランス企業なら、北米とアジア太平洋)の両方からそれぞれ2割以上の売り上げシェアを実現できている企業、すなわち「世界の主要三地域で、まんべんなく売り上げている企業」は、9社しか存在しない。

「真にグローバルな企業」はほとんど存在しない

 この発見は、経営学者たちにとっては衝撃的なものでした。

 なぜかというと、それまでの主要な国際経営理論では、「企業がグローバル化する」とは「企業が自国以外の国でビジネスをする」という単純な概念だったからです。たとえば、あるフランス企業が優れた技術やブランドをもっていれば、もちろん現地への適応は必要とはいえ、その強みを使って米国でも、アジアでも、どの国・地域からも売り上げを増やせるだろう、と予測できました。

 しかし現実には、そのような「真のグローバル化」を実現させている多国籍企業は、2001 年時点で世界中見渡しても9社しかなかったのです。ちなみにこの9社はIBM、インテル、フィリップス、ノキア、コカ・コーラ、フレクストロニクス、モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン、そしてソニーとキヤノンです。

 たとえば、グローバル企業のイメージが強いマクドナルドは、この中に入っていません。日本を代表するトヨタやホンダも、欧州では苦戦しており、世界三地域でまんべんなくは売り上げられていません。

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