NHKの新会長が就任会見で失言を繰り返したニュースは、その日のうちに世界中に配信された。

 慰安婦に関連する発言が穏当さを欠いていたことは、あらためて指摘するまでもない。ほとんど同じ趣旨のコメントを発した橋下徹大阪市長が、何度も言葉を変えて真意を説明しようとしながら、その度に袋叩きに遭ってきた経緯を振り返れば明らかだ。

「オランダにいまでも飾り窓があるのはなぜか?」

 という的はずれな問いかけも、苦笑いとともに黙殺しておくことにする。オランダ国民がどういうふうに受けとめるのか、若干心配ではあるが、私が問いただしてどうなる話題でもない。ご本人が、全世界に向けて開かれた窓の中で、窓越しの視線を浴びながら考えれば良いことだ。

 謝罪の仕方が、例によって「誤解を招いた点は……」という当節流行の形式を踏んでいた件については、ほかのところで取り上げる予定なのだが、短く触れたい。

「誤解を招いた点は大変に申し訳ない」

 というものの言い方は、責任を視聴者の読解力に転嫁した語法だ。  謝罪というよりは、開き直りに近い態度だ。

 この人に限らず、うちの国の(もしかしたら世界中の)組織のトップには、自ら招いた失態について、素直に謝罪できないメンタリティの持ち主が多い。  理由は、たぶん、彼らが、「簡単に謝る人間」だと思われたくないと考えているからだ。

「ちょっとしたことで尻尾を巻く弱腰な男の命令に、どこの部下が従うというんだ?」

 と、ボスは、外部に向けての謝罪の問題を、組織内におけるガバナンスの問題に読み替えて対応している。

 というよりも、そういうストーリー(「ここはオレが泥をかぶってアタマを下げておくぞ!」みたいな)に乗っかって考えないと、謝罪のポーズを取ることすらできないのだ。

 ボス個人の思惑としては、

「ああやって、会長が泥をかぶってアタマを下げてくださっている」

 と、部下たちにそう思ってほしいのだと思う。
 要するに、マッチョなのだね。骨の髄まで。

 マッチョが強がるのは、当人にしてみれば、ごく自然な反応だ。
 他人が指摘してどうなるものでもない。
 だから、これ以上は、言わない。

 問題は、マッチョの側にではなくて、マッチョの下で働いている人々の側に生じている。
 私が、今回の一連の出来事に関連して、失望を感じたのも、まさにその点だった。

 マッチョは仕方がない。
 マッチョが威張るのは、犬が吠えるのと同じだ。止めて止められることではない。
 なさけないのは、マッチョの足元にかしずく人々が、意気地のない三太夫になってしまう傾向だ。

 この、三太夫体質が、うちの国の組織をバックパスしかできないチームに変えてしまう。なんと残念な話ではないか。優れた技巧と勤勉な魂を持った選手たちが、誰一人としてペナルティーエリアに近づこうとしないのだから。

 就任会見について、新聞各紙は、多少のニュアンスの違いは見せながらも、おおむね、言葉通りに報じていた。

 いくつかのメディアは、翌日になって、会見の全文を文字に起こした記事を配信した(たとえばこちら。要ログイン)。

 ところが、当事者であるNHKは、地上波、衛星放送、ラジオを含めて、ほとんどまったくこの問題を報道しなかった。
 話題そのものに触れなかったのではない。
 会長が就任して、会見に臨んだこと自体は報じている。

 おどろくべきは、その中身だ。
 NHKのニュースでは、慰安婦発言にも、オランダの飾り窓への言及にも触れていない。ほかのメディアがこぞって取り上げた

「政府が『右』と言っているものを、われわれが『左』と言うわけにはいかない」

 という言葉も伝えなかった。
 25日付に、NHK広報局名で発表した、「籾井勝人会長就任記者会見要旨」と題するプレスリリース(これ)では、会見の内容をかなり大幅に書き換えている。

 この文書では、

「僕が今韓国がやっていることで一番不満なのは、ここまで言うのは会長としては言い過ぎですから、会長の職はさておき、さておきですよ、これを忘れないで下さいよ。韓国が、日本だけが強制連行をしたみたいなことを言っているから、話がややこしいですよ」

 の部分や、

「(従軍慰安婦は)戦争をしているどこの国にもあったでしょ、ということです。じゃあ、ドイツにありませんでしたか、フランスにありませんでしたか? そんなことないでしょう。ヨーロッパはどこだってあったでしょう。じゃあ、なぜオランダに今ごろまだ飾り窓があるんですか?」

 といったあたりの発言が、バッサリ削除されている。

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