雫石鉄也の
とつぜんブログ
大晦日でございます
このブログの更新も2011年は、これが最後でございます。本年も多くの方々におかれましては、ご訪問を賜りまして誠にありがとうございます。来年、2012年の3月で、このブログ開設5周年とあいなりまする。つたない文を書き連ねているだけのブログではありますが、なんとか毎日更新することを心がけて運営しております。5年間、続けることができましたのも、ひとえにみなさまのおかげと、厚くお礼申し上げまする。
未熟で非才な、わたくしではございますが、ご訪問くださるみなさまの、ご笑覧に値する文を記すべく、これからもわたくしなりに研鑚に励む所存でございまする。年があらたまりましても、今まで同様、この「とつぜんブログ」をどうかご贔屓くださるよう、伏してお願い申し上げまする。
本年は、東日本大震災があり、多難な年でございました。みなさまにおかれましても、お健やかなる師走をお過ごしのことと、推察申し上げます。
どうか、どちらさまも、よいお年をお迎えくださるよう、お祈り申し上げておりまする。本年1年ありがとうございました。
内藤陳さんが亡くなった

内藤陳さんが亡くなった。享年75歳。食道がんをずいぶん長い間患っておられるとは聞いていたが、ハードボイルドな人だから陳さんは死なない人だと思っていた。
日本の冒険小説をスタートさせたのは、西村寿行、田中光二、船戸与一といった作家たちだが、最も熱心に冒険小説の啓蒙に取り組んだのは、陳さんではないだろうか。日本冒険小説協会を設立し、終生、会長を務められた。この協会が選出する日本冒険小説協会大賞は、日本の冒険小説の唯一かつ最も信頼のおける賞ではないだろうか。
新宿ゴールデン街にバー「深夜プラスワン」を経営し、冒険小説ファンのたまり場となった。また、著書「読まずに死ねるか!」は読み物として面白く、また冒険小説の親切なガイドブックであった。「深夜プラスワン」は一度行きたいと思っていたが、谷甲州にでも連れていってもらおうと考えていたが、そもそも小生はあまり東下りは行わないし、一度も行ったことはない。残念なり。「読まずぬ死ねるか!」は愛読させてもらっていた。
陳さんは自分のことを書評家とかブックレビュアーとはいわなかった。「面白本おすすめ屋」といっておられた。ひたすら冒険小説が、面白本が好きな方だったのだろう。
陳さんとは一度だけお会いしたことがあった。1985年(阪神日本一の年だ)神戸で第11回日本SFフェスティバルが行われた。小生は実行委員長だった。このイベントのゲストに陳さんを呼んだ。陳さん、よんどころない用で本大会には参加できなかった。それでも来神してくれて、夜、合宿所の摩耶ロッジまで来ていただいた。非常に律義で義理堅い方だ。スタッフのボロボロのカローラを小生が運転して、新神戸まで迎えに行った。
内藤陳さんのご冥福をお祈り申し上げます。
ファントム・ピークス

北林一光 角川書店
長野県安曇野。北アルプス常念岳のふもとの村。山で女性が3人行方不明になった。こつぜんと姿を消した。神隠しにあったようだ。そして、最初に行方不明になった女性の遺骨が発見された。さらに2番目の女性の靴が発見された。どうも「何か」が山の中にいて、女性を殺害しているようだ。
前半は、山の中に何がいるのか、という興味で読ませる。正体は中ごろで判るが、ただの熊であったり、連続殺人犯であったりしたら怒ろうか、宇宙より飛来した物体Xであったらもっと怒ろうか、と思って読んだが、まあこれなら納得が行く。なぜそいつが安曇野にいるのかの説明もちゃんとなされている。
後半は、そいつとの対決がメインになるが、最初に殺された女性の夫が、この作品の主人公だが、徒手空拳でその男がそいつと対決するわけだが、なんとも無茶なことをするものだ。そいつ退治に動物学者が二人いるが、そいつにはそいつの専門家がいるはずだから、なぜ専門家を呼ばないのか疑問。つっこみ所はあるが、登場人物のキャラ立てがうまい。主人公の妻を殺された男、やはり恋人を殺された若い東京の男、勝気な女性動物学者、村の駐在さん、地元の建設会社の社長。みなさんなかなかの演技だ。
プロ野球解説者の嘘

小野俊哉 新潮社
プロ野球を観ていて、よく聞くこと「まだ3イニングも残っていますから、巨人の逆転は充分可能ですよ」
これはウソだと著者はいう。例えば2005年の資料では、巨人は6回を終えてリードされた試合は1勝71敗1分け。巨人の逆転は不可能といってもいい。解説者はウソをいっている。
「巨人の逆転は絶望です」なんていったら、巨人ファンは怒ってチャンネルを変えるから、スポンサーの手前ウソをいうらしい。
目次を紹介しよう。
「首位打者と本塁打王がいる横浜がなぜ最下位だったのか」
「野村克也の説『野球は投手が七割』は真実か」
「王貞治『868本塁打』を科学する」
「イチローが活躍しているのにマリナースはなぜ弱いのか」
「4割バッターは誕生するか」
「ヤクルトの外国人選手はなぜ活躍するのか」
要するに野球とは有機的なスポーツであるということ。一人や二人のスーパースターの存在は勝利を保証しない。9人が有機的に作用してこそ勝利に至る。
野球に勝つためには、ともかく先取点を取って、逃げ切るのが最も勝てるパターンである。だから、阪神タイガースの岡田監督時代のJFKの存在は大きな意義がある。
著者は様々な数字やデータを挙げて、「解説者」の嘘をあばいていくが、数字どうりにならないから野球は観ていて面白い。7対0でリードされていても、9回に8点取って逆転することもある。
1、2番の出塁率が良く、4番が打点王で、日本球界最強の守護神藤川がいて、みょうばんピチャー渡辺もいて、内野守備のかなめ2遊間がゴールデングラブ賞、これで今年なんで阪神4位やねん。著者の小野さん、あんたもプロ野球解説者の範疇にいれるんやったら、あんたも嘘ゆうとることになっとるねんで。
ま、「プロ野球解説者の嘘」というよりも「プロ野球解説者のアホ」とゆうでもええヤツもおるからな。そのうちの1人がどこやらのゲーム屋の球団の監督になったけど。
とつぜんSFノート 第26回
小生は長年SFを趣味として親しんできた。大災害はSFの重要なテーマのひとつだ。巨大な災害を前にして人は何を考え、どう行動したかがSFでは描かれる。地球上に生きる人類全てが死に絶える事態を描くSFも多い。人類に絶滅という、覆いをかぶせ、人類なる存在はいかなるものかを読者に問いかけるわけだ。巨大な災害を触媒として化学反応を起こし、人類とその創り出した文明を考察するのが目的だろう。
日本は今年3月11日に、東北の太平洋岸が瀕死となる事態に遭遇した。阪神大震災は近代都市が経験した初めての直下型の地震ではあったが、被害は近畿の一部に限定された震災であった。ところが、東日本大震災は、岩手、宮城、福島の広範な地域が甚大な被害をこうむった。大正時代の関東大震災はあるが、明治維新以後の日本人が経験した最大の災害といっていいだろう。この大災害によって失ったものはあまりに多く大きい。小生も大切な友人を亡くした。しかし、あの災害から得た教訓も多い。なにより大きな教訓は、「人智」とはいかに小さなものかということだ。「人智」は絶対に自然に追いつくことはない。「人智」の限りを尽くして建設された原子力発電所が、ご承知の通りの有様となった。
小生も、長年SFを愛してきた人間として、また、阪神大震災の被災者として、このたびの東日本大震災を、どう考えるか、3月11日以降、一生懸命考えてきたつもりだ。まだ、考えはまとまっていない。ひょっとすると一生考えても判らないかもしれない。
そんな今年、日本SFは小松左京を喪った。小松左京ほど「人智」の限りを尽くして日本を、日本人を、人類を、世界を、宇宙を考えた作家はいないのではないか。代表作の一つ「日本沈没」は、日本列島を日本人からとりあげ、日本人を海千山千の、世界の人々の中に放り込んだら、どうなるか/どうするか/どうすべきか、を問う作品といっていいだろう。また「復活の日」は新型ウィルスによって人類が絶滅寸前にまで追い詰められる。こうすることによって、人類が築き上げた文明とは何かを考察している。また「継ぐのは誰か?」では、新しい人類を出現させ、われわれ人類の存在を根底から問う。
東日本大震災が起こった3月11日は小松左京はご存命だった。日本人とは、人類とは、文明とは、との考察をライフワークとする小松左京の目前で、日本の半身に瀕死の重傷を負わす大災害が起きたのである。その小松左京は絶筆といっていい文章で、大震災後の日本人を見届けたいと記している。
小松左京は東日本大震災のあった年に亡くなった。このことを、遠い未来のいつか、日本SF史を編纂する者は、どう意味づけるのだろうか。
けっこうな年末やないか
もうすぐお正月休みやけど、ワシは30日まで仕事で、初出勤は4日や。あとちょっとで終わりでんなちゅうご仁がおるけど、ワシは大晦日と三が日休んだら仕事やねん。こないに休まれへんちゅうて、ブチブチゆとるけど、行ける会社があるだけでもありがたい。会社があっても元気で出勤でけるだけでもありがたい。6年前の年末は胃から血吹いて入院しとった。でもって、禁酒の年末年始やった。あれから胃潰瘍の再発はない。ピロリ菌の除菌やってもろたし、毎日薬を飲んどる。なにより、ストレスが少のうなった。定職について、精神的に安定しとることが、なによりの薬みたいや。
ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル

監督 ブラッド・バード
出演 トム・クルーズ、ポーラ・パットン、サイモン・ベグ
大昔、テレビの「スパイ大作戦」はよく観た。ピーター・グレイブスが指令のテープを聞き終ると「なお、このテープは自動的に消滅する」と大平透の声でしゃべるやつだ。あのテレビシリーズは、段取りの面白さが際立つ知的でしゃれていた。トム・クルーズで映画化されているのは知っていた。あまり興味はそそられなかった。だいたいが、ピーター・グレイブスと、トム・クルーズじゃぜんぜんキャラが違うんじゃないか。
某所から映画のただ券をもらった。マティスン原作の「リアル・スティール」かこっちか迷ったが、派手そうなこっちにした。マティスン先生にはいずれDVDになった時観て義理を立てるとしよう。
「コバルト」と呼ばれるテロリストを追っていたIMFのエージェント、イーサン・ハントはロシアのクレムリンに侵入する。ところがクレムリンが爆発。ハントとその仲間はクレムリン爆破犯人に仕立て上げられる。ロシアの諜報員に追われ、御難をおそれたアメリカ政府は、IMFに「ゴースト・プロトコル」を発令する。ようするに、こいつらのやることはアメリカは知らんということ。ロシアに追われ、アメリカに知らんふりされた、ハントは3人の仲間と、手持ちの装備だけで「コバルト」を追う。「コバルト」をこのままにしておけば核戦争が起きる。
派手な映画であった。ブタペスト、モスクワ、ドバイ、ムンバイ、シアトルと世界各地を巡りながらトム・クルーズが獅子奮迅の大活躍。カーチェイスあり、巨大砂嵐あり、高層ビルでの宙吊りアクションあり、駐車場での上や下への格闘あり、手を変え品を変えて、いろんなアクションで観客のご機嫌をうかがう。また、さまざまなIT機器を繰り出してくすぐりをいれる。
特に笑ったくすぐりは、見張りの目をごまかすため、廊下にスクリーンを張って、廊下のつきあたりを映写、スクリーンの影に隠れて、だんだん目的地に近づいて行く。これなどは桂枝雀師匠の得意ネタ「鷺とり」そのもの。あれは「サギー」といいつつ近づいて、鷺を捕まえようという噺。まさか監督のブラッド・バードに上方落語の素養があるとは思えない。何回も来日している、トム・クルーズがひょっとして枝雀師匠の落語を耳にしたのかも知れない。
筑前煮

筑前煮です。九州の博多あたりでよく食べられる料理です。冬の根菜をたっぷりと使った滋味豊かなお料理です。
そんなに難しい料理ではありません。鶏肉と根菜類、こんにゃく、干し椎茸を煮るだけです。下処理は根菜の皮をむいて切る以外は、鶏肉の皮をあぶる、干し椎茸を戻す、きぬさやをゆでる。里芋を塩でもんでぬめりを取る。それだけです。根菜類の下ゆではしません。油で炒めません。出汁で煮るだけです。簡単です。筑前煮を煮る時、なぜ下ゆでしたり、煮る前に油で炒めたりするのでしょう。余計な手間としか思えません。
ただ、調味料の使い方は気をつけましょう。砂糖、味醂、酒といった甘味をつける調味料を先に入れ、醤油や塩は後で入れましょう。塩っけがあると、素材に味がしみにくくなるからです。
それと、これが一番大切ですが、食べる半日前には作りましょう。煮物はさめて行く段階で味がしむものです。ですから、夕食のおかずにするのなら、お昼に煮て、夕方まで置いておきましょう。食べる前に温めなおせばいいのです。味がよくしみておいしいです。
ローストビーフ

ローストビーフである。小生のごとき貧乏人とて、たまには牛肉のかたまりでも食いたいもんだ。ところでこのローストビーフは代表的なイギリス料理である。
手のこんだ料理ではない。肉をオーブンにほうりこむだけである。難しくない。焼き具合さえ気をつけていればいい。
イギリスの料理というとまずいので有名だが、小生の古い友人でイギリスに留学していた男がいる。ほんとうにイギリスの食いもんはまずいそうだ。フィッシュ・アンド・チップスばかり食っていたとか。
なんでイギリスの料理がまずいのか。そもそもイギリスには料理は存在しない。加熱するだけが料理ならイギリスにも料理はあるが。かの国では、素材をゆでただけ、蒸しただけ、揚げただけ、焼いただけ、で、テーブルの上にドンと置いて、あとは塩、コショウなど、各自お好みに調味料で味付けして食ってくれ、と、いうものだそうだ。
ま、それでも素材がうまけりゃ焼いただけでもうまい。だから、小生のごとき貧乏人にとって牛肉のかたまりなんぞは大ごちそうである。
とつぜん対談 第35回 バッテラとの対談
マグロ、ウナギ、イカ、タコ、ハマチ、アナゴ、それらに混じって、バッテラが回っております。バッテラはマグロやウナギに比べて人気がないようです。
ところが、なぜか私はバッテラを取りました。妙に視線があったのです。眼のないバッテラに視線があるのかどうか知りませんが。
バッテラ
ぼくを取ってくださって、どうもありがとう。
雫石
いつから回っているんだね。
バッテラ
さあ、もうずいぶん長い時間回っているような気がします。
雫石
だいじょうぶかなあ。腐ってない?
バッテラ
だいじょうぶですよ。ぼくは腐ってません。
雫石
しかし、ヒマなすし屋だなあ。ガラガラじゃないか。
バッテラ
いつもこんなもんですよ。大手の回転すしチェーンなら、昼食時なんか行列ができることもあるそうですが、この店は座席が満席になったことはありません。
雫石
こんなんで、よく店が維持できるな。
バッテラ
大将は元は普通のすし屋だったんです。ところが思わぬことで大金とこの土地を手に入れ、すし職人を辞め、ここに回転すしをオープンさせて、毎日遊び呆けてます。やる気ないんです。
雫石
では、このすしは誰が握ってるんだ。
バッテラ
ロボットです。大将が中古すしロボットを安く手に入れてきたんです。
雫石
味はどうかな。
バッテラ
ちょうどマグロが通るから食べてみてください。
雫石
どれどれ。うわっ。なに、これ。すし飯がまだ暖かい。手で持つと パラパラほどける。ネタのマグロもかなり古い。
バッテラ
機械の調整をすれば、もうちょっとマシなすしができるのですが。
雫石
大将は気にしないの、こんなすしで。
バッテラ
今はすしのことより、キャバクラのねえちゃんの方が気になるらしいです。
雫石
少ないとはいえ、よくこんなんで客が来るな。
バッテラ
こんな店だから、それなりの客はきます。
雫石
どんな客?
バッテラ
子供連れの家族客です。子供がワサビが嫌だから、目の前を流れるすしを全部ネタをめくるんです。ワサビのすしはそのまま流します。他の客は子供がさわったすしを食べることになります。親は注意しません。
雫石
ワサビ有りと無しは皿で区別してないの。
バッテラ
うちの店はそんなことはしません。
雫石
ほかにどんな客がいる。
バッテラ
となりの客がトイレに立ったスキに、自分が食べた皿をプラスする人がいます。
雫石
ひどい客だな。
バッテラ
いいか。すし屋じゃ卵を食えば職人の腕が判るんだ。すしを食うにも順番があるんだ。最初は白身、それからアジ、イワシといったヒカリもの、そしてマグロ、最後は巻物でしめるんだ。なんていう人もいます。
雫石
こんな回転すしで。
バッテラ
はい。
雫石
ところで、やっぱり君を食べるのは止めるよ。君はサバだろ。
バッテラ
ええ、いちおうサバです。
雫石
戻すよ。
バッテラ
はい。さようなら。ぼく、いつになったら食べてもらえるんだろう。
雫石
ほんと、君が作られたのはいつだ。
バッテラ
この店がオープンした時からです。
雫石
大変だね。さようなら。君はこの店のぬしだね。
バッテラ
店が閉鎖されるまで、ぼくは回り続けます。
プランク・ダイヴ

グレッグ・イーガン 山岸真編・訳 早川書房
小生は、いったん読み始めたら、どんな本でも必ず読了する。つまらない本、難解な本、肌に合わない本を読むのは苦痛だ。ページをめくってもめくっても、なかなか終らない。今までの読書生活の中で、そういう本とも何冊か巡り会った。例えばこの本などはそうである。SFでは、グレッグ・イーガンが代表だ。「宇宙消失」「ディアスポラ」「万物理論」と3冊の長編を読んだが、正直読むのが苦痛であった。こういう読むのが苦痛な本でも、それなりの楽しみ方がある。読み終えたときの達成感、快感は、苦労すればするほど大きい。そして、苦痛から解放されて、次の本に移れるうれしさもひとしおである。本書もそういう本であった。
イーガンは当代最高のSF作家らしい。小生もSFもんとして、イーガンは無視できないと思って、上記長編を読んだのだが、よく判らんかった。でも、多くのSFもんたちがイーガン最高といっているのだから、最高なのだろう。イーガンが理解できない小生は、ひょっとするとアホかも知れない。また、判らんけど、イーガン最高というとSFもんとして、かっこいいから、イーガンええで、というSFもんが多いだけかも知れない。
長編は判らんけど、短編だったらとっつきやすかろうと思って本書を手にした。本書に収録されている「クリスタルの夜」がSFマガジン2010年1月号に掲載された時は面白かった。人気カウンターで、17編中4位につけた。他の短編も期待したわけだ。
「クリスタルの夜」
「エキストラ」
「暗黒整数」
「グローリー」
「ワンの絨毯」
「ブランク・ダイブ」
「伝播」
の7編が収録されている。このうち「クリスタルの夜」「エキストラ」の2編が面白かった。
「クリスタルの夜」は、エドモンド・ハミルトンの「フェッセンデンの宇宙」のイーガン版。人工の小宇宙を創って、生命を創造して、人間の手で進化させる。
「エキストラ」自分のクローンを創って、そこ脳を移植して不老不死を実現しようとする。
他の5編はよく判らんかった。
フォークリフトVSヒグマ
三菱重工製MITSUBISHIフォークリフトGRENDIA-FD30。これがこいつの名前だ。俺の相棒だ。午前9時から、午後5時まで。毎日7時間は、こいつのシートに座っている。
午後6時だ。終業後、FD30の月例点検をしていた。エアークリーナーをエアーブローし、各部をグリースアップ、フォークとマストのカラーチェック。全項目異常なし。点検終わり。帰るとする。ここには、俺一人が残っている。
寒い。北海道に来て5年になるが、この寒さには慣れない。FD30を駐車位置に駐車して、事務建屋に着替えに行こうとした。
向こうの藪がカサコソと音をたてた。風はない。何か動物がいるのだろうか。エゾシカでもいるのだろう。ところがエゾシカではなさそうだ。もっと大きな動物がいるようだ。剣呑な雰囲気がする。三日前に事務所で聞いた噂を思い出した。ヒグマが目撃されたらしい。被害は出ていないが、熊除けの警戒をした方がいいとの、役所のお達しがあったとのこと。
突然、藪の中から飛び出した。噂されていた「ヤツ」だ。日本の野生動物で最大最強。そして最も凶暴で剣呑な動物が目の前に現れた。そいつは俺に向かって走り出した。強烈な殺意を感じた。本州のツキノワグマのような、素朴な森のクマさんではない。ヒグマは凶悪な殺人者となる可能性を有する。1915年北海道三毛別では一頭のヒグマに7人が殺害された。
逃げねば。どこへ逃げる。事務建屋へ逃げこむか。だめだ、クマは俺と事務建屋の中間にいる。逃げ込む場所がない。視野の端にFD30が見える。そこまでなら走れる。
走る。ポケットからキーを出しながら走る。FD30に軽油を入れておいて良かった。いつもは朝に給油するのだが、今日は月例点検のついでに夕方に給油した。クマはすぐ後ろを走っている。
FD30に飛び乗った。発進。エンジン音に驚いたのかやつが一瞬立ち止まった。その間、距離を開けた。ギアを2速にしてアクセルを一杯踏み込んだ。全速力で走る。業務では出したことのないスピードだ。しかし、クマは追いついてきた。北海道の山間部で仕事をしているわけだから、俺でもヒグマについての最低限の知識は持っている。ヒグマは60キロ以上のスピードで走ることができる。FD30は無負荷時で20キロしかでない。
すぐ後ろに来た。前肢でFD30の後部をたたいた。バカか。FD30のようなカウンターバランス型のフォークリフトの尻は鉄の塊だ。前部で重量物を持ち上げるため、バランスを取るため後部はカウンターウエイトとなっている。そんなものをたたけばいかにヒグマといえども手が痛いだろう。急ブレーキを踏んだ。2本足から四足になったクマの頭がFD30に激突。ギアをバックに入れた。かなり巨大なヒグマだ。体重は400キロはあるだろう。しかし、FD30は自重4トン。18.9/1700という荷役専用車ならではの大トルクを発揮する。いかに巨熊といえども、大関と序の口の相撲だ。ズスズズズ。FD30がヒグマを押す。このまま押して、事務建屋の壁に押し付けよう。小山のような茶色の熊がフォークリフトの後ろでのたくっている。
衝撃はシートから伝わった。FD30と建屋の壁との間に熊を挟んだ。熊の肉体が破壊―、されなかった。建屋の壁はコンクリートではなかった。うすっぺらい石膏ボードだった。建屋の壁面の全面が抜けた。400キロの熊と4トンのフォークリフトが真正面から激突したのだから当然だ。一面の壁全面が突然消失したのだから、支えを失った建屋が崩れ落ちた。
ギアを前進に切れ変えた。崩れた建屋から離れる。もうもうと立ち上がったほこりの中からヒグマが立ち上がった。さしたる怪我はしていないようだ。頑強な化け物だ。
黄色い目は怒りに燃えている。ヒグマは凶暴で執念深い。特に自分の餌には執着心が強い。どうやら、こいつは俺を夕食と決めたようだ。ギアを前進に切り変えて、大あわてで前に進んだ。
ヤツはダッシュした。たちまち追いつかれ。並走された。まずい。フォークリフトは前部は荷役装置が有り後部にはカウンターウエイトが有る。ところが横はがら空きだ。ヤツが手を伸ばせばやられる。
急停止し、急ハンドルを切った。フォークリフトは普通自動車とは違って、ものすごく小回りが利く。最少回転半径は2メートルほどだ。FD30の全長は四メートル足らず。自分の全長より短い長さで回転できる。フォークでヤツの足を払った。前肢をかすっただけだった。グギッ。FD30のフォークがヤツの骨を折ったようだ。2本足で立ち上がった。左手をぶらぶらさせている。目に狂気を見た。手負いにしてしまった。手負いのヒグマ。それは地球上で最も手強い野生動物だ。
5メートルほどの距離を置いて対峙した。立ち上がったヒグマ。身長は3メートルはあるだろう。上等じゃないか。やってやる。俺も妻子がある身だ。むざむざと熊の夕食にされてたまるか。
熊の目をにらみつけた。ヤツも黄色い目でじっとこちらをにらんでいる。ゆっくりをリフトレバーを押した。フォークが上がっていく。FD30のフォークの最大揚げ高は3メートル。ヤツの身長と同じ。最大まで揚げた。野生動物の喧嘩は相手より大きく見せて威嚇するのが常套手段。これでヤツと同格だ。かかってこい。
完全に夜になった。今夜は満月だ。ヘッドランプを点灯した。光に照らされてヤツも驚いたようだ。ヤツにすれば、巨大な大目玉の怪物ににらまれたようなものだ。しばし、にらみあう。突然、フォーンを鳴らした。ヤツがひるんだ。俺はそのスキを見逃さない。フォークを下げつつ突進した。フォークの先でヤツの心臓を突こうとした。ところが2本のフォークの間にヤツの胴体が挟まった。相撲でいうもろ差しとなった。ヤツは横向けに挟まれている。幸いにこっち側の前肢は骨折している方だ。身体をねじって右手を伸ばそうとしている。前部のマストとリフトチェーンが邪魔をしてヤツの手が届かない。
フォークを揚げた。3トンを持ち上げられるFD30にとって、いかに400キロのヒグマといえども軽い。熊を挟んだまま車体を回転させた。フォークから外れたヤツはそのまま、ぶん投げられて、地面に叩きつけられた。
ヤツは仰向けに倒れた。フォークを熊の上に持っていった。そのままフォークを下げる。地面とフォークの間に熊を挟んだ。チルトレバーを押す。フォークが先端を下げた。がっちりとヤツを押さえ込んだ。このまま押しつぶしてやる。
ヤツが苦しまぎれに右前肢を振った。それがフォークの根元に当たった。ピンにヤツの爪が引っかかって抜けた。ズリ。ヤツが動くと同時にフォークの鞘が抜けた。俺のFD30のフォークには、長さを長くするためオプションの鋼鉄製の鞘を装着している。それが抜けた。それに助けられ、ヤツはフォークの押さえ込みから逃れた。
バック。ヤツが横にまわりこんだ。前進。バックを取ったヤツはカウンターウエイトに抱きついた。尻のカウンターウエイトの上はがらあきだ。後頭部に手を伸ばされたらやられる。
急ハンドルを切る。フォークリフトは普通自動車と違い、前輪が駆動輪で、後輪が舵輪だ。後輪が角度を変えて方向を決める。急ハンドルを切ると尻が鋭く動く。FD30の尻に抱きついた熊を振り払うつもりだった。ヤツは後部ヘッドガードに右手を引っ掛けている。ドン、左手でオペレーターシートの背中を突いた。前のめりになった。骨折していない右手で突かれたら、俺はシートごと吹っ飛ばされていただろう。
すぐ後ろに熊の顔がある。巨大な口を開けた。ナイフのような牙が見える。噛みつかれる。シートと車体のすき間に手を入れる。そこにモンキーレンチが有るはずだ。有った。それで思いっきりヤツの鼻面を殴った。FD30の尻からヤツがこぼれ落ちた。
ハンドルを切って方向を変えた。常にFD30の前部を熊に向けてなくてはダメだ。ヤツは鼻を押さえてうずくまっている。攻撃するか。逃げるか。逃げはできない。普通自動車なら逃げられるが、時速20キロのフォークリフトではヒグマの足なら追いつかれる。攻撃しかない。
ダメージから立ち直ったヤツが立ちあがる。直立した。大きく咆えた。ヤツに向かって走った。フォークの先端でヤツの腹を突く。ズブッ。刺さった。刃物ではないので深くは刺さらない。すぐ抜けた。激痛が走っただろう。激怒したヤツは横に回りこむ。なかなか賢いヤツだ。俺の弱点を知ってやがる。そうはさせるか。回転する。フォークがヤツの足を払った。フォークリフトでヒグマに柔道の大外刈りをかけた。見事に1本取った。
すかさずフォークの先でヤツの頭を突いた。グギッ。骨が陥没する音が聞こえた。ヤツの頭蓋骨を粉砕したようだ。ヤツは立ち上がらなかった。
独裁者の末路
ヒットラー 敗戦 自殺
ムッソリーニ 敗戦 民衆に殺害される
チャウシェスク 民衆蜂起 死刑
マルコス 民衆蜂起 追放
フセイン 敗戦 死刑
ガダフィ 民衆蜂起 殺害
ぱっと思いついた主な独裁者の末路はこんなものだ。いずれも敗戦や民衆の蜂起によって、権力を失い、死ぬか追放だ。ところが、このたびの金正日は、絶大な権力を保持したまま病死した。
独裁者が権力を持ったまま死ぬと、カリスマ性だけが残存し、死んだことよって、より一層カリスマ性が高められ、神格さえ与えられ、その権力構造が残っていく限り、崇め奉られつづける。生きていれば、カリスマのメッキがはげるということもあるが、死んでしまえば、そのカリスマ性が固定化される。このたびの金正日の死は、その事例だ。金正日の死は独裁者の末路としては、最悪の部類だろう。
一番良いのは、独裁者がカリスマの衣を剥ぎ取られ、旧悪をあばかれ、民衆に生きたまま追放される末路だ。そう、考えると、マルコスの末路が、独裁者の末路としては、最も良好な末路といえる。金正日は死んでしまったから、致し方がない。かく成る上は、3代目ボン正恩が、民衆の蜂起によって追放されることを願うばかりである。
映画は映画だ

監督 チャン・フン
出演 ソ・ジソブ、カン・ジファン、ホン・スヒョン、コ・チャンソク
韓国映画である。韓流とやらで韓国製ドラマをお好みのムキもいるが、小生、あまり韓国映画はなじみがない。久しぶりに韓国映画を観る。韓国の俳優の演技は、演技のところどころで、歌舞伎で言う「見え」を切るような所作が見受けられるところがある。小生は、それが、やぼったく感じてしまう。本作でも、そういう傾向が観られた。
俳優になりたかったヤクザ役のソ・ジソブ、ヤクザみたいな俳優役のカン・ジファンは、ご本人たちはせいぜいかっこいい演技を熱演しているつもりだが、どうも空回りしてイモイモしく見えてしまった。この主役二人より、監督役のコ・チャンソクが良かった。ぱっと見はおもしろげなおじさんだが、映画作りだけにしか興味のない、映画バカというか、プロの映画人というか、この監督役の存在が本作に背骨を与えていたのではないか。
金正日が死んだ
後継者は3代目の金正恩に決定しているが、普通に考えて、正恩が軍を完全に掌握しているとは考えにくい。建て前としては軍は正恩に忠誠を誓っているかもしれないが、本当はどうか判らない。北朝鮮軍内部の権力争いが起こるだろう。一部の暴走の可能性もあるだろう。しばらくは目が離せない。韓国軍は非常警戒態勢に入った。当然だ。
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