「建築」をどのようにつくるか・・・・落水荘のRC・2

2009-08-13 21:13:10 | RC造

先回に続き、“FALLINGWATER”から、落水荘の施工過程についての写真、解説図を紹介します。
上掲の図は、工程を追った解説図。①~⑤の順に工事は進みます。

その下の図は、「落水荘」の構造を示す断面図で、塗りつぶしてあるところが「落水荘」の構造を担っている部分です。

工事は、先ず「落水荘」を支える「柱脚」の設置から始まります。それが①の図。

その段階を撮ったのが下段左の写真。「柱脚」の上に接続用の鉄筋が見えますが、その上に見えている壁のように見える白い部分が何なのか分りません。

「柱脚」の上に載る「床版:スラブ」と同時に打設するのが普通ですが、ここでは、あたかも現代の橋梁工事のように、分離して施工しています。

このようにしたのは、多分、その上に載ってくる主階の床のつくり方によるものと考えられます。
通常のRCでは、柱に梁をかけ、そこに床を載せる、という方式を採りますが、「落水荘」の方法は、「柱脚」の上に、いわば「引出し状の箱」を載せるやりかたです。
下段右の写真で分るように、「落水荘」では、「手摺」にあたる部分も、構造に一役かっているのです。したがって、「引出し状の箱」は、コンクリートで一体に仕上げる必要があります。
そうかと言って、「手摺」~「柱脚」全部を同時に打設することは至難の技。そこで、「柱脚」を先につくっておき、「引出し状の箱」をそれに載せる、という手順を踏んだのでしょう。

   註 こういう構造は、現在の法令規定遵守の方々からは
      おそらく、認められないでしょう。

なお、「引出し状の箱」の底の部分に、「梁」状の箇所が等間隔に並んでいます。これは通常「逆梁(ぎゃくばり)」と呼び、箱の底を補強する役割を担っています。
「逆梁」は、仕上がると何のことはないのですが、この施工は難しい。この梁の打設用の形枠は、スラブの厚さ分、宙に浮かせてセットしなければならないからです。
コンクリートは、先ずスラブに流し込みます。場合によると、「手摺」の上端、「梁」の上端からも流し込みます。スラブ全体に所定の厚さになるようにコンクリートを拡げます。その厚さ分、「逆梁」の形枠は浮かせてあります。
スラブの打設が終ったら、ある程度コンクリートが固まるまで、しばらく時間をおきます。時間をおかないで「逆梁」にコンクリートを流し込むと、スラブの方にまわってしまうからです。

断面図で分るように、「落水荘」の天井は、コンクリートに直接仕上げてあります。
その代り、床はコンクリートに直仕上げではありません。
説明によると、「逆梁」の上に、レッドシーダー(米杉か?)の根太兼大引を敷き並べ、板床を張り、石を張る仕上げのようです。
この仕上げ法にはいささか驚きます。石板を木材で支える、などというのは先ずしないからです。

「逆梁」の高さ分、床下に空洞ができますが、ライトは、その空気層のもつ保温効果(現在の常用語でいう「断熱」効果)を考えていたようです。

   註 ライトは、土の保温性を利用しようと、
      盛土の上に住居をつくることもしています。

解説図の②~⑤からも同様の工程を踏んでいることが分ります。

なお、断面図で分りますが、この建物の「重心」を求めると、おそらく「柱脚」の中央部の上あたりにくるはずです。2階、3階が山側に引いて置かれているからです。解説によると、ライトは、滝の上への跳ね出しを維持するために、全体のバランスの平衡を考えていた、とのことです。

「逆梁」工法は、実験室や調理室など、床下に各種の設備配管が必要で、それらの保守・点検が必要な場所向きの工法です。床を剥せば、配管類が一目瞭然に分り、上から作業ができるからです。
ただし、RC工事には手間がかかります。6階建ての実験室棟をこの方式で設計したことがありますが、設備配管工事はきわめて楽です。その代りRC工事は神経を使ったことを覚えています。


以上見てきたように、ライトは、新しい工法:RCを、その理屈:原理をもって理解していた、と考えられます。RCの特徴を見抜き、架構の「立体化」にきわめて効能がある工法、と理解したのだと思います。
そうでなければ、「引出し状の箱」で架構を考えたり、あるいはまた「逆梁」の発想など、生まれてこないと思えるからです。やはり、大変な人物です。

最近巷に生まれる建物を見ていると、私は、今あらためて、材料・工法について考えなおさなければならない時期に来ているのではないか、と思えてなりません。現在の建物は、ベルラーヘではありませんが(下註)、まがいものや虚偽に満ち満ちている、と私には思えるのです。

   註 「まがいもの、模倣、虚偽からの脱却・・・・ベルラーヘの仕事」
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「建築」をどのようにつくるか・・・・落水荘のRC・1

2009-08-10 19:17:08 | RC造

「落水荘」の話から、大分遠回りをして「建築」とは「何をつくることか」について考えてきましたが、ここでは、「何」を「いかにつくるか」を、「落水荘」の施工手順を通じて考えてみたいと思います。

普通、建築を紹介する書物や雑誌は、「できあがり」は紹介しても、施工過程について紹介することはめったにありません。
しかし、「過程」を踏まないで「建築」が出現することはあり得ません。

「施工過程」は、材料によって、独自の形をとるものです。
たとえば、木造とRCとではまったく「過程」は違います。
したがって、「設計」自体も、違ってきて当然です。
けれども、その「違い」を考慮せず設計が行なわれているのが現実のように思えます。
それは多分、設計者の多くが、「できあがり」の姿を、いわば勝手に、恣意的に、材料の違いを無視して「想像」するからなのだと思います。
もちろん、材料については意識はしていると思いますが、あくまでも、「表現される形」の点での意識なのです。だから時折り、どう考えても「無理」な施工を強いられたはずの「表現」を見受けます。

聞くところによると、最近「イメージ・スケッチ」を「提示」して、その「実現」は工事担当者にお任せ、という設計・設計者?が増えているのだそうです。「どうやってつくるか」はまったく考えていないのです。
かつて、江戸幕府の作事奉行(さくじ・ぶぎょう)のように、建物づくりの差配に長けた人たちがいました。小堀遠州はその一人です。
しかし、そういう人たちは、「どうやってつくるか」を詳しく知って差配していたのです。いや、一般の人たちでさえ、「どうやってつくるか」は知っていました。

ライトが「落水荘」を設計したのは、ヨーロッパでRC造が橋などの土木工事や建築工事で盛んに使われだし、それまでには見たこともない構築物がつくられていた頃です。その一人、積極的にRCにかかわったマイヤールについては、かなり以前に紹介しました。

   註 「コンクリートは流体である・・・・無梁版構造の意味」

ライトは、「落水荘」の設計の前後に、「無梁版構造」によるジョンソンワックス・ビルを設計しています。ヨーロッパの建築界の動向を知っていたのです。

マイヤールの仕事は、その見事な形をつくるために、数多くの木造構築物をつくることのできる量の資材を用いた壮大な「形枠工事」が必要だったはずですが、残念ながら、書物で、施工中の様子は見たことがありません。
「落水荘」には、幸い工事中の写真が残されていました。上掲の写真は、その一部です。

「落水荘」では、木製の形枠でコンクリートを流す方法の他に、石積みで外周部をつくり、そこにコンクリートを流し込む方法も採られています。左側の写真が打設中の写真。
これは、煉瓦壁で周壁をつくり、その中に石灰と土と砂利をまぜたものを流し込んだローマの壮大な構築物で使われた方法と同じで、コンクリート打設後、「形枠」を壊す必要がありません。周壁に使われた煉瓦形枠が、そのまま構築物の仕上り面になります。

   註 前川國男氏は、特性の窯芸ブロックを形枠にした建物を
      数多く設計していますが、その場合は、積んだ窯芸ブロックの
      外側に合板形枠を張っています。 

もっとも、ローマ時代には、アーチ、ヴォールト部分には木製の「型枠」が使われています。ただ、アーチ、ヴォールトの形を規格化して、少ない種類の「形枠」を使い回していたようです。使った「形枠」は、大事に保管して他の構築の際に使うのです。貴重な木材を無駄にしないための方策です。
話は横にずれますが、喜多方の登り窯にも、煉瓦積みの窯の補修用にヴォールト用の形枠が保管されています。

迫り出し、跳ね出しの部分では、そのための専用の「形枠」を支柱で支えることが必要になります。これが上掲右側の写真です。
この「形枠」ならびに「形枠」を支える支柱の類い:「仮設」材は、完成後撤去することになります。

現在の普通のコンクリート工事の場合、仮設に使われた「形枠」のかなりの部分は、再利用はできず、廃棄されます。
「落水荘」の場合も、支柱の材はともかく、「形枠」材で再利用できたのは少なかったと思われます。
これは、RC造のいわば宿命的な特徴と言ってよいでしょう。
それゆえ、RC造の設計では、「形枠」の合理的な利用、すなわち無駄に仮設材料を使わない方策を考慮することが、設計の重要な要点だ、と私は考えています。
そのことに気付いた経緯も、先の「コンクリートは流体である・・・・」で書いたような気がします。

   註 プレキャストコンクリートの使用は、施工工程の無駄を省くために
      生まれたと考えてよいと思います。
      また、鋼製の「形枠」を使い、その寸法を単位尺度にして
      設計する方法を採る設計者もいます。

写真の下の2枚の図は、「落水荘」の工事のためにライトが用意した設計図面と思われます。
上の図は、敷地への建物の配置、下は、建物の上部を支える部分の計画図です。
先回紹介した「測量図」に基づいて計画されていることが分ります。

次回は、各階の構築手順の解説図がありますので、それを紹介したいと思います。

今回の図版も、Edgar Kaufmann.jr 著“FALLINGWATER”(ABBEVILLE刊)からの転載です。 
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 続・RC造とは何か・・・・窓のつくりかた

2009-07-16 11:32:04 | RC造

昨日、竣工後26年経つ建物を久しぶりに訪れた。
RC壁式構造:壁だけでつくる:の「心身障害者更生施設」(この名称は、役所用語)である(下段の写真は、建物の玄関まわり)。一部二階建て。改修と増築をすることになったための下見。

屋根は寄棟型をRCのスラブでつくり、要所にRCのリブ:補強梁を入れた構造。逆さにすれば、いわばRC製の舟。スラブ厚は10cm(設計ではそれ以下だったが、打設のことを考え、重くなることは承知の上で、10cmにした記憶がある)。
この逆舟型に直接アスファルトシングルを葺いてあるが、これまで、雨漏りはまったくない。

上の写真は、この建物でつくった窓のいくつか。
左2枚は、基礎から屋根スラブまで、上から下まで全面を開口にして、腰壁をコンクリートブロックで積み、天井~屋根スラブまでは「小壁」をつくって所定の開口をつくっている。

右は、浴室の窓。面積の制約で(註参照)、壁際まで目いっぱい使うため、やむを得ず、通常のRCの壁に窓を開ける方式を採った。
当然開口補強筋を入れてあるが、ものの見事に、と言うより、「RC壁に孔をあけると、こうなりますよ」という見本のような亀裂が入っている。

左の2枚のような方式がすぐれていることが歴然と分る。

なお、RC面とブロック面には塗装をかけてあるが、塗装は当初のままである。

この建物では、写真を撮らなかったが、RCの厚10cmの枠を四周にまわした出窓をつくった場所もあるが、これもまったく亀裂は生じていなかった。土蔵の窓の額縁と同じ効能である。


この「施設」は、いわゆる「心身障害者」をかかえる父母が集まり、基金を自らつくり、東京都の助成を受けて設立した建物。
そのため、乏しい資金でつくらざるを得ず、ぎりぎりの面積になった。
そして今、居住者の高齢化がすすみ(開設当初は10代~20代が中心だった)、それへの対策をも含め、30周年の記念事業として、改修・増築で質の向上を目指している。

例の「構造改革」路線、簡単に言えば、「何となく抗いがたい響き」を持つ「自己責任」という「御旗」の下に、「金にならない」ことからは手を引く、という国の方針全盛の中で、このような施設の運営・維持は年を追うごとに厳しさが増しているという。

そのあたりの「役所」「役人」の「したたかさ」は、大変見事なものだそうである。
「一旦決まったこと」(自立支援法、後期高齢者医療制度・・・など)の非が指摘されると、納得した、改める、とは口では言っても、決して文章にしないそうである。証拠を残したくない、つまり「自己責任」をとりたくないらしい。

あるいは、「一旦決まったこと」はそのままにして、それに追加して改めたふりをする。
つまり、元を正さず姑息な方策を加え、積み重ねるのだそうである。
その結果、本当は簡単なことも複雑になる。役所独特の手続きが増え、そして役人の仕事は増え、仕事場所も増え・・・、その一方で「施策」のなかみは劣悪化する。
それに加えて、こういう「役所」「役人」に「錦の御旗」を授ける役をすすんで担っている「御用学者」の存在も見逃してはならないようだ。

建築の場面で起きていること、進んでいることとまったく同じなのには「感嘆」した。
この国は、いったい何処へ行こうというのだろうか?

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組積造・土塗大壁の開口部-2の補足

2009-07-14 12:42:46 | RC造

先回、茶室の「下地窓」の四隅の納め方(四隅を丸める)について触れたので、その一例として「妙喜庵・待庵」の外観写真を載せます。

また、近江八幡・「西川家・土蔵」の開口部周辺の図も載せます。

なお、妙喜庵・待庵は、以前、下記で図面等を紹介させていただいています。

「日本の建築技術の展開-18」
「日本の建築技術の展開-18の補足・2」

一般に、下地窓の角の丸みは、単に《意匠》と見られていますが、それは、土塗り壁を傷めずに(亀裂を生じさせずに)恰好のよい窓をつくるための発案である、と理解する必要があります。
たしかに「穏やかで気張らない」形になりますが、そのことだけを考えてつくられた、と見てしまうのは間違いのように私には思えます。

なぜなら、「かきっとしてぴんと気の張った」ような形が好ましいからと言って、角がピン角の下地窓をつくるわけにはゆかないからです。そういう場合は、木枠で開口・窓をつくるはずです。

つまり、「使う材料との相談で、自分の意図する形をつくる」、これが「意匠」「デザイン」の語の本来の意味だ、と私は考えています。
最近、「使う材料との相談」なしの設計?デザイン?意匠?が増えているような気がします。

なお、「自分の意図」を決める「手順」については、「軒の出の決め方」を書くときに触れることになると思います(建物を設計する、ということは、単なる「個人の造形あそび」ではない、と私は考えています)。


「西川家・土蔵」についても下記に詳細を載せました。土蔵の土壁の詳細も載せてあります。
「旧西川家修理工事報告書」には、土蔵の土壁の施工手順の詳細な説明がありますが(下記記事中の小舞掻きの解説図は、その一部です)、長いので省略しています。
ご希望があれば、専用に編集しなおして転載します。

「地震と土蔵・・・・近江八幡・旧西川家の土蔵の詳細」

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組積造・土塗大壁の開口部-2

2009-07-13 12:16:55 | RC造

[文言訂正 16.05、16.16]

写真①は「日本の民家 7 町家Ⅲ」、②~⑥は「日本の民家 6 町家Ⅱ」から、⑦は「原色 日本の美術12」から、⑧は「重要文化財 旧西川家修理工事報告書」からの転載・編集。

 ① 倉敷・大橋家
 ② 京都・川北家
 ③ 奈良今井町・高木家
 ④ 奈良今井町・米谷家
 ⑤ 奈良今井町・中橋家
 ⑥ 奈良今井町・河合家
 ⑦ 姫路・姫路城
 ⑧ 近江八幡・西川家土蔵

①は、倉敷の代表的な商家。表門を入って望む正面。
2階の開口は、土蔵造の壁面に、木枠で開口部をつくり、壁下部の下屋廂との取合い部は、本瓦葺きの面戸の漆喰を高めにつくりだし、その上に台輪を流して羽目板で納めている。山陽地域の吹き降りの雨の跳ね返りに対しては、土塗り漆喰よりも、数等すぐれている。
よく見ると、上枠の肩の部分から斜め上方にヒビが入っている。
ただ、上枠を、左右の縦枠に載せかけ縦枠よりも左右に伸ばしているため(「角柄(つのがら)」を出す、と呼ぶ)、ヒビの程度は小さくて済んでいる。

これを、「角柄」なしで納めたり、「留(とめ)」納め(上枠と縦枠を、互いに斜めに切って接合する方法)で角を直角に納めると(最近の建物に多い納まり)、角の部分から大きな亀裂が入りやすい。
日本の建物の「枠まわり」で「角柄」納めが多いのは、塗り壁仕様が多く、枠の角からの塗り壁面のヒビ割れを気にしたための工夫と考えられる。
「茶室」の薄い壁で、枠まわりからのヒビ割れが少ないのも、枠に多用される「角柄」の効果が大きいようだ。

②~⑥は、町家の2階に多い「むしこ窓」。形が「虫籠(むしこ)」に似ていることから付けられた名称と言われている。
しかし、②③④と、⑥とでは手法がちがう。
ともに、開口内が格子状であることはかわりない。
②③④では、開口の四隅が斜めに切られたり、丸められているのに対して、⑥では太めの矩形の枠をつくりだして開口部を囲んでいる。

②③④は、簡単に言えば、「直角の四隅をつくらない方法」である。
こうすることで、開口の上下左右の壁を、力がスムーズに伝わるのである。
角が直角だと、伝達に断絶が生まれ、亀裂の原因になる。
おそらくこれも、現場で体得・会得した「知恵」「技術」。

なお、茶室に多く見られる「下地窓(小舞を残したままの窓)」でも、四隅が丸められているが、これも同じ「理屈」と考えられる。

これを単に、「いわゆるデザイン、意匠」つまり「格好よさ」を考えたものだ、と見てしまうのは間違いであり、もちろん、「意匠」だと言って形だけ真似るのも無意味である、と私は思う。
むしろ、これこそ本来の「デザインの概念」を具現化した例だと言ってよい。

   註 航空機の窓の形が、円形に近くなっているのも同じ理屈である。
      航空機の窓を矩形にしようとすると、
      矩形骨組をがっしりとつくることになり、重量が増えるだろう。
      金属板製の鉄道車両の窓も、現在は角を丸くするのが普通だが、
      これも同じ理由である。
      鋼製車両でも、初期には、木造車両の仕様をそっくり真似して
      「窓台」「方立」を鉄板でつくり、四隅が直角の窓だった。

      この「面の理屈」は、「力学」の計算をしなくても、
      薄いボール紙に孔をあけて力を加えてみるだけでも理解できる。

      残念ながら、今の多くの「建築家」は、
      「理屈のない形」、「筋の通らない形」をつくりたがる。
      今の多くの「建築家」には、航空機の設計はできない。

⑤はかなり厚い壁で矩形の開口の中に太めの格子を立てる方法。当然、格子には木材で芯がつくられていると見てよい。それが力を主に負担し、くるんでいる土塗り壁に亀裂を生まない理由と思われる。

もう一つ②③④⑤で注意してみる必要があるのは、「格子」の納め方。
「格子」は、まわりの壁面より一段引っ込めて納めている。
もしも壁面と同面だとどうなるか。おそらく、「格子」の根元まわりにヒビが生じるだろう。その場合、壁からの力が「格子」の面に影響を及ぼすからだ。
簡単に言えば、一つの面に孔があいた形になる、ということ。
「格子」を一段引っ込めることで、壁といわば縁が切られ、「壁」が主、「格子」は従、という形になる。

おそらくこれも、現場で体得・会得した「知恵」「技術」だろう。
要するに、左官屋さんは「だてに壁を塗っているのではない」ということ。
こういう「知恵」「技術」は、決して机上では生まれない。

   註 木造の格子でも、格子は枠より内側に納めるのが常道。
      それに倣った、という見かたもできるが、そうであったとしても
      その「利点」は、塗り壁の現場で体得されたにちがいない。

⑥は、矩形の開口にするために四周に頑強な土塗の額縁をつくる方法で、先回の土蔵で見たのと同じ。
とりわけ⑥は、土塗りの特性を熟知したきわめて手の込んだ仕事である。ここまですれば亀裂の心配は無用だろう。

⑦⑧は、土塗り大壁に孔を開けただけの開口。
開口の四周は、外に向かって傾斜がついている(⑧の場合は、階段状)。
開口が矩形でありながら、四隅には亀裂が見られない。
それは、⑧の場合は、開口の大きさが相対的に小さいことが理由の一つと考えられるが、⑦の姫路城の例は、開口は小さいとは言えない。

ことによると、四周を斜面にしてあることが効いているのかとも思うが、はっきりしたことは分らない。
ご存知の方、ご教示を。


今回の「話題」は、RCの亀裂の話から始まったのだが、RCが日本に紹介されてからほぼ100年、それなりに「技術の進歩」はあったのだろうが、はたして、RC「本来の原理」は全うされているのだろうか、疑問に思えてきた。

と言うのも、先に紹介の「鉄筋信仰」などは序の口、これでいいのだろうか、と思うようなRCの建物が多いように見えるからだ。
1900年代初めのころの「筋の通った」つくり、戦後当初、各地での試行錯誤を繰り返しながらつくられた「筋を通した」つくり、そういうRCの建物が少なくなった、むしろ、無くなった、のが事実ではないだろうか。
そこには何ら「蓄積」が見当たらないように私には感じられる。

木造建築の場合と同じく、「法令の指示・規定」通りにしていれば、RCは設計できる、あるいは、「それが設計だ」、と思われているのかもしれない。

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組積造・土塗大壁の開口部-1

2009-07-11 10:57:50 | RC造

[註記追加 7月11日 20.16][註記追加 7月13日 15.58]

写真①~④は、いずれも会津・喜多方の建物。
写真の①は、喜多方の最も古い「煉瓦蔵」の一つ、「煉瓦組積造」の蔵。

②は、「煉瓦蔵」より前からある土塗り大壁で軸組をくるむつくり「蔵造り」の腰の部分に煉瓦を張った建物。
③④は代表的な土壁塗り篭めの「蔵造り」。ともに、腰には、土壁の上に「雪除け」を設けている。

⑤は、遠野へ向う途中で見た土蔵造り。

①は、西欧でも見られる「組積造の開口部」の典型的・基本的なつくりかた。
開口の上部の重さをなるべくスムーズに開口の両側の壁に伝えるため一般に、「組積造」の開口部は、原則として「縦長」:「幅」≦「高さ」:につくる。

①aの開口の、上は2階の小窓で、幅が450mm程度。「まぐさ」を役物の煉瓦を「矢筈」形(左右対称)に積むことで上部の重さを両側に逃がしている。

   註 [註記追加 7月11日 20.16]
      2階窓下が若干白っぽく見えるのは、2階窓の敷居部からの
      雨だれによるもの。
      敷居部に「水切」(皿板)を設けると避けられる。

   註 [註記追加 7月13日 15.58]
      1階の腰まわりの煉瓦の破損は、降雪の凍結によるもの。
      これは、普通の煉瓦が多孔質:吸水性があるために生じる。
      この解消のために煉瓦や瓦に釉薬(灰汁)をかけるようになり、
      喜多方独特の色彩の瓦・煉瓦が生まれた。
      写真②の腰の煉瓦が釉薬をかけたもの。
      なお、山陰地方では、瓦の凍結防止のため、
      当初、焼成時に塩を加え、表面にガラス質の膜をつくる方法が
      採られていた(「塩焼」)。

開口幅が広くなる1階の出入口まわり(幅約1m)や、①bの窓では、「まぐさ」にアーチが使われる。2階の窓の幅は約90cm。
①bの1階の窓の「まぐさ」のアーチが煉瓦2段になっているのは、上からの重さが2階よりも大きいからである。なお、1階の窓の幅が狭くなっているが、これは、改造によるもので、元は2階と同じ幅。

また、2階の開口の窓台にあたる部分で、開口幅より煉瓦半枚ほど広く煉瓦「小端積」にしているのは、両側の壁を伝わってきた重さを開口部下の壁(腰壁)に伝えるためで、これも「煉瓦組積造」の常套的な方策と言ってよい。

もっとも、常套的な方策とは言っても、先導者から教わらなくても、これらは実際に煉瓦を積む作業を通じて会得できる方策である。
なぜなら、煉瓦を積む作業を通じて、力がどのように働くか、実感として、あるいは体感として、感じられるからである。
別の言い方をすれば、人に教えられなくても、あるいは、「力学」の学習をしなくても、会得できるということ。

このことは、木造軸組を土壁で塗り篭める「蔵造り」の場合も同じで、下手に開口を開けると四隅にヒビが入ること、そして、そうならないためにはどうしたらよいか、その方策を、実際の作業を通じて会得したものと思われる。
なぜなら、各地の土蔵で、同じような方策が採られている、つまり、方策の「原理」は共通だからである(とかく、どこかに「先進」地域があって、それが「後進」地域に伝播してゆくという考え方が採られることが多いが、私はそのような安易な考え方:ルーツ論?は採らない)。

②は「土蔵」あるいは「蔵造り」で最もよく見られる例で、開口の四周に土塗りでつくった「額縁」をまわす方法。
この例の場合は、おそらく、竹小舞で「芯」をつくり土を塗り篭めたつくりだろう。
一般に土塗り篭めの開口でも、「幅」≦「高さ」とするのが普通だが、この例の2階の窓では、幅の方が広い。
これは、開口の上部の土で塗り篭めた「まぐさ」を、軸組横材「妻梁」に被せてつくっているからだと思われる。
このつくりで一番気になるのは、上下の開口の間の部分。これもおそらく、2階床梁位置に1階の窓の「まぐさ」を設けてあると考えられる。
見た限りでは四隅に大きな亀裂は見られない。

このことは、土壁で塗り篭める「蔵造り」では、開口を軸組に添わせてつくるのが原則、ということを示している。
もっとも、木造軸組工法の壁は基本的に真壁であり、開口は軸組に添ってつくるのが普通。それを土壁で塗り篭めるのだから、そのようになるのがあたりまえといえばあたりまえではある。

③と④は、「額縁」の下地を木材で組み、それを土で塗り篭める方法と考えられる。開口は梁・桁位置まで開けられ、開口の両側には「柱」がある。
つまり、「柱」と「梁・桁」、そして柱間に渡された「窓台」(「差物」になっているかもしれない)によって囲まれた全面が開口。「額縁」の芯になる「木部」は、それらに取付けられ、それを土で塗り篭めている。したがって、開口とまわりの壁の間には亀裂が入りにくい。
ただ、よく見ると、③では、開口「まぐさ」の塗り篭め部と「けらば」(これも塗り篭め)とが最も近づく箇所にヒビが入っているのが分る。「まぐさ」が「けらば」に接すると、「けらば」の方にヒビが入る場合が多いが、②では入っていないようである。「塗り篭め」の場合、妻面の開口は難しいようだ。その点では④の方が無難。

   註 この点について、以前、下記でも触れた
     「『煉瓦の活用』と『木ずり下地の漆喰大壁』」        

⑤は、大壁でなくても、壁を塗る場合にはしてはならない例である。
壁面に、このような段差:大きく変化する場所を設けると、かならず亀裂が生じる。塗り篭めの壁の場合、壁面は「整形」にまとめるのがよく、このような段差が生じる形になる場合は、「見切り」を設け、「整形+整形」の形にするしかないようである。
もちろん、真壁でも同様で、不整形の箇所ではかならずヒビが入るから、真壁で窓枠をつくる場合にも、不整形の壁が生じないように(残らないように)方立や敷居・鴨居の設置に注意が必要である。

実は、「組積造」や「土塗り篭め大壁」で苦労する箇所は、RCに共通すると言ってよい。
逆に言えば、「組積造」や「土塗り篭め大壁」の方策は、RCにも応用可能だ、ということ。
ところが、RCはこれらとはまったく異なる工法だ、という「理解」が先行しているように思える。その「根底」にあるのが「鉄筋信仰」。
先日紹介した亀裂の入った「布基礎」、「なぜそうしたのか」という質問に対して、「鉄筋が通っている方が強いと考えた」という答があったそうである。ヒビより鉄筋、というわけらしい。これなど、まさに「鉄筋信仰」。

ものごと、やはり、「基本が大事」、「原理・原則が大事」と私は思う。

次回には、土塗り篭めの額縁なしの開口の例をいくつか。ただ、今回は自前の写真。次回は、いろいろの書物からの転載。

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RC造とは何か・・・・開口部の亀裂から考える

2009-07-07 09:47:55 | RC造

日本の木造技術について書いている間、常に一定のアクセスがあったのは、「RCの意味」「旧帝国ホテルのロビー」そして「旧丸山変電所のトラス」「登米小学校トラス」の記事だった。

そんな折、ある人から相談があった。それはRCの亀裂についてのもの。

上掲の図は、その人が頼んだある住宅メーカーの「木造の住宅」の基礎の概略図。
ベタ基礎で、図のような位置に、コンクリートの打設時に、既製の合成樹脂製の「換気口ユニット」が打込んである。形枠は鋼製。
ところが、形枠をはずしたところ、赤線の位置に亀裂が入っていた、というのである。
基礎幅は、なぜか分らないが165mmもある。
「換気口ユニット」の上にあたる部分は、高さは大体120~130mm程度。その部分には、16Φの異型鉄筋が1本流されている。

写真で見ただけだが、亀裂幅は大きく、全周どころか完全に中まで入っている様子。
その部分は、コンクリートは左右とは縁が切れていて、鉄筋だけでつながっているのである。あたかも鉄筋を芯にしたアイスキャンディのような姿。力を入れて回せば回転するだろう、そういう状態。
注文者が心配するのも無理はない。

これは、通常RCの壁に開けられた開口部の四隅に生じる斜めの亀裂とは違う。
開口上部の「まぐさ」にあたる部分の高さ寸法が小さすぎて、自重に耐えかねて下がりかかったような亀裂。コンクリートの固まるときの収縮がまともに影響しているのかもしれない。
コンクリートの表面には、大きな気泡の跡がたくさんあるから、水の多いコンクリートを使い、しかもよく突き固めていない証拠。

当然、注文者は、これで大丈夫なのか、と質問をする。
その答は、「うちの現場では、どこでも亀裂が入る。強度上は大丈夫だ」というもの。
そこで心配になり、相談に来たというわけである。

強度の上では問題がないのは確かである。換気口の上の部分がなくても基礎の強度には特に問題はないからである。
問題は、亀裂からの水の侵入。かならず入る。水が入れば鉄筋は間違いなく錆びる。

ここでいくつかの疑問が湧いてくる。
なぜ、換気口をこのような位置に設置するのか。
なぜ、どこでも亀裂が入っている、と言って平気でいられるのか。
換気口の位置の件は、直接訊ねてみないと分らない。
しかし、「亀裂が入るのがあたりまえ」であるかのような応対、これは甚だ問題である。

この住宅の現場は茨城県。
今から30年余り前、つまり1970年代、茨城県下では、RC造に習熟した職人さんはきわめて少なかった。習熟している方々は、東京に行ってしまうからである。
そのため、茨城県下のRC造の仕事は、いわば不慣れな人たちがこなす状態だった。
しかし、その方が結果は良好であった。「基本を疎かにしない」からである。

それより10年ほど前に、青森県での仕事があった。1965年ごろのこと。
青森県でRCの建築工事というのは、当時そんなに多くはなかった。土木ではあたりまえのRCが、建築ではまだ少なかったのである。
現場主任は土木畑の人。RCに詳しく、いろいろ教わった。そこでも、基本に忠実だった。だから、いい仕事になった。

それから僅か3・40年。
仕事に「慣れる」「慣れてしまう」というのは、「基本を忘れてしまう」ということらしい。RCとは、本来、どのような工法であったか、ということを忘れてしまうのだ。これについては、大分前に書いた(下記)。

   註 「コンクリートは流体である」
      「RC:reinforced concrete の意味を考える-1」~「同-3」

RCにとって、平滑な面の真ん中に開口:孔を開けることは、きわめて注意が必要である。それが念頭にあったならば、上掲の図のような開口を設けるようなことはしない。

原理的に言って、コンクリート造は「組積造」である。
「煉瓦」や「石」だと、その理屈は直ちに分るのだが、「コンクリート」になると、積んであるようには見えないために、そのことが忘れられる。

「組積造」で壁に開口をあけるとき、開口の上部に「まぐさ」を据えて壁を積んでゆくか、あるいは上部に「アーチ」を設けて積んでゆくのが普通の方法。そうしないと上の部分は下に落ちてしまう。要するに、開口上部の壁の重さを、開口の左右の壁に伝えるような策を採らなければならない。コンクリートも同じなのだ。

けれども、鉄筋で補強されると、つまりRC造になると、この事実が忘れられる。
RCのRは reinforced の略、その意味は「補強する」ということ。
RCの平面の壁に開口を開けるとき、四隅に補強筋を入れるのが「常識」になっている。これは、それによって、開口上部は落下することなく維持される(だろう)、といういわば机上の考え方。鉄筋で補強すれば「組積造」の性格がなくなる、と考えられてしまうらしい。

しかし、そのようなことはない。
鉄筋で補強しようが、「基本的な性格」は変らないのである。

上掲の図の例でも、開口の下側には補強筋が入っている、しかし、上側には、入れようにも入れられない。だから、横筋だけ。おそらく、埋め込まれた既製品の合成樹脂製の換気口も、上のコンクリートの支えにはなっていないと思われる。

現実には、補強筋を入れたところで、四隅に斜めの亀裂がかならず入る。入っていない例は見たことがない。
「基本に忠実」なら、つまり、亀裂の入る事例を数多く見たならば、むしろ、「補強筋は役に立たない」と結論付けるのがあたりまえだろう。補強筋を入れることで解決される、とは考えない、ということである。
つまり、RCは基本的に「組積造」であることを念頭におくならば、上掲の図のような場所をつくることはしない。

その目で見てみると、西欧の初期のRC造の開口部には、「組積造」の「伝統」が継承されているように思える。
簡単に言えば、四隅に斜めの亀裂が入るようなつくりにはしていない。コンクリートの性質に素直に対応し、鉄筋に信頼を置くようなことはしていないように見える。

   註 RC造で壁に開口を設けるとき、
      その箇所は下がり壁も腰壁も設けず、つまり全面を開口にして、
      下がり壁、腰壁とも、別途に設ける方法を採ると、
      亀裂の発生の心配はしなくても済む。
      これが「組積造」で開口部をつくるときの方法。
      実際、今から25年ほど前にこの方法を採ったRC壁構造の建物では、
      亀裂はどこにも生じていない(近く訪れるので写真を撮る予定)。

RC造は、打設時には「流体」、固まれば、基本的には「組積造」である、という「事実」を、あらためて認識する必要があるように思う。


ところで、上掲の写真は、コルビュジエのサヴォワ邸。1929~31年にかけてつくられた。
上は1970年ごろの撮影(「GA」から転載)、下は上の写真の内側にあたり、竣工時点の写真(「コルビュジエ作品集」から転載)。

上の写真には赤い丸を付けたところに、亀裂らしきものが見える。しかし、通常の亀裂のような斜めではなく、水平と垂直方向に入っている。
つまり、これはRC造の壁の開口部につきものの亀裂ではない。
この部分は、RC造ではないのである。
下の写真のように、柱と柱の間には、開口部の上下に梁が架けられ、その間にブロックを積み、左官仕上げで平滑な面に仕上げてある。
その結果、RCとブロックの境に、当然のように、亀裂が発生したのである。

コルビュジエがなぜこのような工法を採ったのかはよく分らないが、想像するに、すべてをRCにした場合の「重さ」を考えたのではないだろうか。ブロックなら軽くなるからだ。そのかわり、接続部に亀裂が生じる。


では、日本の土蔵造の開口部は、どうなっているだろうか。
厚く土を塗る壁(場合によると20~30cmの厚さになる)というのは、いわばコンクリートのようなもの。
その「土壁」の開口部では、亀裂の発生にどのように対処しているだろうか?
次回、それを見てみたいと思う。

そして、その次あたりには、F.L.ライトがヨーロッパのRC造に触発されて設計した「落水荘」の、施工工程を解説した書物があるので紹介しようと思っている。RC造の特徴・得失がよく分るからである。

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RC・・・reinforced concrete の意味を考える-3

2006-11-19 12:13:48 | RC造

 前2回で紹介したM小学校の「地業(地形):地中梁」と「主要部のRC詳細」を、実施設計図から抜粋し編集したのが上の図。
 
 平屋建てが大部分を占めるため、建築面積は広大になる。敷地は火山灰の堆積した台地上にあるが、関東ロームほど堅固ではなく、杭工事が必要。
 そこで、地業(地形)・杭工事や基礎工事の比率を軽減するため、建物の屋根の木造化(校舎)、鐵骨化(体育館)とともに、地業(地形)と基礎に、上図のような方法を採った。
 これは、いわばベタ基礎を杭で支える方法。通常のフーティングと地中梁そして床スラブ(土間コン)を一体にまとめてしまったと言ってもよい。あるいは、竹園東小の2階床を地上に置き換えた、とも言える。
 いずれにしろ、根伐とコンクリート打設を単純化する計画。最大の問題は根伐の肩の部分(45度傾斜部分)。安定した根伐ができるか不安だったが、心配は無用だった。むしろ、建屋の載る部分すべてが同じ根伐深さであるため(ピット部分を除く)、根伐工事はもとより、鉄筋工事、コンクリート工事もスムーズに行われた。
 すなわち、この方法の利点として、形枠工事が減ること、鉄筋の加工・組立てが分かりやすい(梁寸法の種類が少ない)、コンクリート打設が容易である、それでいて所期の目的が十分に(あるいは十二分に)達成できる、といった点が挙げられるだろう。
 なお、図面にはないが、設備配管は、専用ピットを設け、地中梁中の配管は極力避けている。

 上屋の部分の十字型の柱型は、そこだけ見ると型枠が煩雑になるように見えるが、実際は、360mm厚の壁型枠を組むことを先行し、その小口をふさぐという手順を踏めば、それほど難しくはなく、コンクリートの打設も、鉄筋が混んでいるにしてはスムーズに打設できた。
 これは、壁に開けられた開口がハンチ付であること、スラブの端部(壁との接点)にも、逆スラブの箇所を除きハンチを付けたことが効いている。なお、スラブハンチのための型枠には90mm:3寸角の正角材を対角線で切り、使用した。

 ハンチは、隅部での力の伝達をスムーズにするとともに、コンクリート打設に際しては、いわば「じょうご」の役割をしてくれる。そういえば、コンクリートが使われだした大正・昭和初期の頃のRCの建物は、各所にハンチが付いていた(基礎のフーティングにも)。固練りのコンクリートを(人力だけで)打つには、ハンチは必要不可欠だったのだ。
 しかし、型枠が面倒と考えられたせいか、最近ではハンチを見かけることが少なくなっている(その一方で、複雑怪奇な形のコンクリート造は増えている!)。

 「基本的には組積造」、そしてまた「打設時点では流体」であるコンクリート造にとって、ハンチを設けること(流体を流しやすくし、力の流れをスムーズにすること)は、ふさわしい方法の一つなのではないだろうか。
 

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RC・・・reinforced concrete の意味を考える-2:補足

2006-11-17 16:48:06 | RC造
 
 RC・・・reinforced concrete-2の図面が見にくくなってしまいました。
 実施設計図から、多目的ホール2階平面、同断面図のコピーを載せます(編集加筆なし)。

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RC・・・reinforced concrete の意味を考える-2

2006-11-17 13:07:12 | RC造

 先のM小学校の児童玄関(1階)・図書室(2階)の北側に、2階分吹抜けの多目的ホールがある(2階は吹抜けを挟んで両側にギャラリー:図面)。

 この建物の断面は、幅7200㎜の本体(上屋)の両側に、幅2400㎜の下屋を付けた形で、棟全体は切妻形になっている(外観写真)。これは、[上屋(身舎・母屋)+下屋(庇)]という伝統的な架構方式の応用である(この方式は、洋の東西を問わず、古来各地にある)。

 下屋の高さは、本体:上屋より、一段低く、その段違い部分を採光・通風のための欄間として利用。
 上屋、下屋それぞれにRCの深い軒を設ける。軒は、軒先の立上がり部を含めた全体が構造体である(梁と逆梁を併用)。それがそのまま建物の外観に表れる。
 写真は妻側の正面(児童玄関・ポーチが1階、図書室・バルコニーが2階)。

 多目的ホールの大きさは、長手方向は[5400+8100+5400]計18900mm、短手は[2400+7200+2400]計12000㎜。児童玄関・図書室にならえば、1階の長手方向の上屋柱列に、上記スパンごとに柱型が並ぶことになるが、ホールの性質上、それを除きたい。
 そこで、2階ギャラリーの手すり部分を利用して18900㎜を跳ばし、1階の中間の柱型を取り去ることにした。
 手すり分をRCでⅠ型断面の梁の一部と考え、梁の中途を側柱からの片持ち梁で受け、さらに、手すりの中途の360mm角の補助柱と、両端部1800㎜の補強柱付きの壁で屋根梁と床梁とをつなぐ。
 つまり、ギャラリーを構成する床スラブ(厚180㎜)、屋根(=天井)スラブ(厚120㎜)、柱、上下の梁、下屋柱からの片持ち梁、手すり・・これら各部の一体的な協力によって、言い換えれば、いわば筒状の立体で、ギャラリー部分を支えよう、という考えである。これは、『鉄筋により補強されたコンクリート』だからこそできることと言ってよい。
 断面図のように、上屋柱の上部には、上屋の梁と下屋の梁と、梁が2段設けられるが、下段の梁は、木造の「差鴨居」様の働きをすると考えられるかもしれない。

 なお、2階のコンクリートの打設は、先ず下屋の梁の天端までを打ち(柱に打ち継ぎ目地がある)、次いで、その上の上屋部分(上屋内側の360mm角の補助柱も含む)を打つ、という工程をとった。

 腰壁部分をRCにしたのはギャラリーの手すり部だけ。
 360mm厚の壁をくり抜いた構造体の開口部分、あるいは腰壁は、主にレンガ1枚積(場所によってはコンクリートブロック積)で開口の大きさを調節している。
 要は、「必要のないところまでRCにする必要はない」という考え。ゆえに、《耐震スリット》の出番もない。
 また、2階床スラブは、外部に面する箇所では、「水切」のために、梁外面より外に120㎜:柱外面まで出している(「水切」は、壁面の汚れを防ぐ手段として有効である)。

 なお、構造解析・計算は、竹園東小、江東図書館と同じく増田一眞氏にお願いしている。

 図は、実施設計図(手描き)のコピーを編集したもの。
 断面図上の[1FSL]とは、[1階床スラブレベル]の意。
 実施設計図の基本寸法は、すべて構造躯体の位置で指示し、仕上げ位置は、躯体からの寸法で指示している(そのため、実施設計図だけでも施工が可能)。
 写真は、竣工写真より(正面は筆者撮影)。
 ハンチ型の壁と手すり部の配筋、基礎地業については、あらためて紹介します。
 また、M小学校では、体育館の屋根に、山形鋼(アングル)によるトラス・アーチ梁を使ったので、これもいずれ紹介します。
 
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RC・・・・reinforced concreteの意味を考える-1:補足

2006-11-15 20:53:14 | RC造

 写真と伽藍の部分、見にくいので、そこだけ載せなおします。

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RC・・・reinforced concreteの意味を考える-1

2006-11-15 20:11:07 | RC造

 コンクリート造の壁の真ん中に開けられた四角い開口部では、かならず、四隅に亀裂が入る。これは鉄筋で補強した鉄筋コンクリートでも同じ。いつかは亀裂が入る。開口補強筋は効いた験しがない。
 ならば、基本的に、コンクリートの構築物は(鉄筋補強があろうがなかろうが)組積造として考えたらどうか、と考えて設計したのが、上の建物。正確に言うと、組積造としてのコンクリートで考え、その補強として鉄筋を使う、ということ。reinforced concreteの原義に戻ってみただけの話。そうすれば、きっと、RCの特徴(利点・欠点)が分かるのではないか。

 ここで紹介するのは、1994年に竣工したM小学校の二階建部分。今回は配置図、全体平面図は省略。
 屋根は、不要な荷を減らすため、ここでは木造トラスを使っている(屋根がそのまま天井)。屋根材は瓦葺き。これは、その性能と、万一破損しても交換が容易であるための採用。

 1階では、基本的に、厚さ360㎜の壁で2階床を支えることとし、必要に応じて、その壁をくり抜く、という考え。アーチでくり抜くのが理想的だが、型枠の製作を考慮して、ハンチを付けた開口としている。

 壁の交点には十字型の「柱状」の部分がのこる。この部分は「柱」と呼ぶのかどうか、どこまでが「柱」なんだ、そして同様に、いったいどこが「梁」なんだ、と問われるかもしれないが、そんなことはどうでもよい。
 上の図版の一画に、参考として、ロマネスクの伽藍の解説図を載せた。これはアーチが直交してできる「十字型の柱」様の部分。これと同じ考え方。ちがうのは、2階床のつくり方だけ。この設計では、鉄筋補強のスラブでつくっている。2階床スラブは、1階では天井、つまり「踏み天井」。
 平面図で、柱型間の網掛けをした部分が壁をくり抜いた部分。通常のRC造では梁に相当する箇所。
 2階では、四周と間仕切り部分以外、RCの梁はない。

 無開口の部分を全面RCの壁にするのは無駄なので、原則として、各所とも、くり抜いたハンチ付開口をつくり、その開口に、必要に応じてレンガを積むことにしている(1枚積み)。そのため、開口の高さ方向は、70㎜の倍数になるように矩計を考えている(70㎜=レンガ1枚の厚さ60mm+目地10mm)。腰壁も同じくレンガ積み(室内の支障のない部分は木製)。
 ただ、今回は平面図を載せていないが、断面図の多目的ホール部分の2階ギャラリーの手すり部:腰壁はRCとしている(Ⅰ型断面の箇所)。もちろん、「耐震スリット」など設けていない!。これは、1階で邪魔になる柱を取り去るため、手すりを床を受ける架構として利用したから。これについては、次回紹介する予定。
 また、この建物では、杭工事を要しているが、図で分かるように、通常の「地中梁」を設ける方法を採っていない。これについても、いずれ紹介。

 図面は、実施設計図のコピーを編集。写真は竣工写真から。 

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続・鉄筋コンクリートの「踏み天井」・・・・追加補足写真

2006-11-03 03:43:15 | RC造

 先回の『鉄筋コンクリートの「踏み天井」』:江東図書館:の写真を追加します。

 上段左は「南面立面の部分」、右は「逆方向から見た吹抜け」
 下段左は「2階開架閲覧室:南側閲覧コーナー」、右は「1階ラウンジ」
 図と照合してご覧ください。

 写真は「建築文化」359号からの転載です。 
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鉄筋コンクリートの「踏み天井」・・・・天井裏のないRC架構

2006-11-02 00:02:03 | RC造

 またまた古い話で恐縮。
 上図の建物は、今から30年前、1976年に竣工したRC造の「区立江東図書館」(江東区南砂にある)。
 昔は工場街の南砂一帯では、当時、工場が移転し、それにともなう再開発が盛んだった。ただ、街中は、東京湾沿いのゴミの埋立てで清掃車街道の様相を呈し、この建物は、いわば清掃車街道の「迷惑料」として東京都が江東区に提供したもの。たしか、「震災資料、戦災資料」等はここに集められているはずである。

 図書館用地は、工場跡地の小さな一画(約5000㎡)で、建物の要求面積2500㎡。前面道路幅4m、高さ制限15m、建蔽率70%、第三種高度地域(当時)による北側斜線、西側の民家への日照確保、しかも地下水位が高いため(いわゆる0m地帯)地下室はやめた方が無難。つまり、これらの条件で、外形はほぼ決まってしまう。

 いろいろと試行錯誤の結果、事務室と機械室を最上階に置く4階建てとすることにしたが、階高が十分にとれず天井が張れない(1階:ラウンジ、新聞雑誌、集会室、集密書庫。中2階:開架書架。2階:開架閲覧。3階:特別資料室、視聴覚資料)。
 そこで、採用したのが天井なしの「踏み天井」方式。

 しかし、難物は空調ダクト。納めるところがない。そこで、円形ダクト露出方式とし、梁をアーチ型にしてアーチの頂部に吊り下げることにした。
 アーチ梁は、力の流れ:応力の点でも合理的。
 アーチ梁が取付く長手方向の主梁の梁幅は、柱幅に同じで梁型は扁平(幅800×高700)。できるだけ打設時には流体であるコンクリートの特性に適する形にしようという考えの延長上の設計例(10月22日記事参照)。

 アーチ梁は、約@1800㎜(柱~柱を結ぶ大梁と中間の小梁からなり、大梁の幅は柱幅)。
 このピッチは、書架の配置にほぼ合わせるため(図書館家具は900㎜が基準単位でできているるため、この建物の基準寸法は900㎜の倍数としてある)。
 当初、アーチ梁は、主梁と下面同面で始まるように考えていたが、納まりの都合上、主梁の面内(面木厚分20㎜の逃げ)で納めることにした。
 コンクリートはすべて打放し、型枠はヒノキ小幅板という贅沢。オイルショック後のため、当初予算が潤沢に組まれていたからである。たしか、アーチ梁の型枠は2度使いしたように記憶している。
 架構部以外、壁は内外とも「器質タイル」張り。前川國男さんばりのタイル打込みも考えたが、さすがにそこまではできなかった。
 内装と言えるのは、床。主要部は、フローリングブロックとタイルカーペット。
 
 1階と中2階の書庫部分では、階高5mの中に2層設けるため、2階床を厚300㎜のボイドスラブ、中2階床にはh200の軽量C型鋼のリブに4.5㎜の鋼板を両面張りした合成版を用いて高さを確保した。
 ここでは、アーチ梁とボイドスラブ部分の構造図を抜粋。「ディテール:104号」(彰国社)に、合成版を含め、構造計算をお願いした増田一眞氏が解説しています。先の「竹園東小」(10月26日記事)の構造計算も増田氏にお願いしました。

 なお、各階南、北面のコ型をした部分は、雨どいや冷温水のパイプスペース。 

 建物は、良質な施工と竣工後の営繕がよいため、30年経った今でも健在。

 図・写真は、「建築文化359号:1976年9月」からの転載です。

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梁型のない鉄筋コンクリート造・・・・竹園東小学校の二階床

2006-10-26 18:58:56 | RC造

 学校の建物は、教室が南面して横並びになるのが常。建物をRCにする場合、教室の南面をできるだけ広く、すっきりした開口にする方策で頭を悩ます。柱間を広くすると梁が天井面から下りてくる、柱を中間に立てると、普通は、太い柱の見付が邪魔になる・・・。

 旧桜村立(現つくば市立)竹園東小学校は、研究学園都市の開発に際し最初につくられた学校(1974年8月竣工)。

 つくば一帯は、一見地盤が良いように見えるが、実は極めて悪い。場所によると江東区並み、2~3m掘れば水が出る(しかし飲み水には不適、だから、この地には集落も栄えず、畑地も少なく、赤松林が広がっていた)。
 つくばのビルで地下室を設ける例が少ないのはそのため。

 竹園東小の設計では、基礎工事の比率を少なくするため、なるべく重量を軽くすること、そして、教室南面をすっきりさせたい、という観点から、二階建て部分では、図のような工法を採用した。屋根は、平屋部分、体育館も軽量化のために鋼管トラス、鉄板瓦棒葺き。
 16.2m間隔で厚300㎜の壁を立て、二階の床は、壁~壁に厚380㎜のスラブを架け渡す。途中5.4mごとに見付け300mm×見込み640㎜の柱を立て支える。スラブは応力に応じて不要な分をえぐりとる。したがって、いわゆる「梁型」はなく、型枠工事が格段に簡単になる。スラブ見上げ図(部分)、配筋図参照。
 コンクリートは天井以外は打放し。
 2階の梁は、柱幅と同じで、主体は扁平断面で、集雨溝を設けたU字型全体を梁と見なす。
 
 折しもオイルショックで工費は高騰。仕上げはかなり落とさざるを得なかった。その後の改造で、竣工当初とは大分変っている。

 体育館の屋根には、教室と同じ鋼管トラスを並べ、それを補強して、全体を立体トラス化し屋根を支えた(写真参照)。後、天井高が低いということで、集成材の山型梁に架け替えられてしまい、今はない。

 おそらく、通常の感覚では、このつくりは、壁は薄く、梁もなく・・、長手方向に壁がまったくないため、耐震補強が必要と見られるかもしれない。しかし、私の勘では不要だろう。
 ただ、実際にどんな《耐震診断》が下されているかは、寡聞にして知らない。

 今の「耐震補強の奨め」は、ことによると、かえって建物を危険にしてしまうような例が多いように思える。
 「耐震」ということについては、別の機会で書く予定。

 写真、平面図は、「建築文化」1976年6月号
 スラブ詳細は、「ディテール」105号 からの転載です。

  
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