- Date: Sat 14 06 2014
- Category: Las Vegas旅行記
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夢の Las Vegas 旅行記(1) 前途多難か、トラブルラスヴェガス
(この旅行記は、写真の整理を兼ねて、2011年に書いたものを加筆転載しました。)
仕事にもようやく余裕が出来きたので、いよいよラスヴェガス行きを決行することとしました。
それは13年前にさかのぼる。1998年11月に西海岸に仕事で出張した際に、1日だけ休日を兼ねてラスヴェガスに泊まりました。夕方着いて翌日午前中に出発したので正確に言えばわずか半日。
その時の驚き、感激が余りにも大きく、絶対に次は家族を連れてここに来ると誓いました。
その理由は、この旅行記を最後まで読んで頂ければ感じてもらえると思います。人生観に影響を与えた街だったと言っていいかも。
Souvenir Shop In L.A. Airport 2011.8
さて、前置きはこれ位にして、まず旅行計画。
今であれば、絶対、航空券とホテルを別々にHPで予約して行ったでしょうが、当時そこまでノウハウがなかったので、旅行代理店店頭のパンフを全部持ってきて、熟読熟読。
ラスヴェガスでの最大の楽しみにして一番頭を悩ませるのは、どのホテルに泊まるのか、その1点と言っていいでしょう。結論から言うと、最初パリスに申し込んだのだけど、ベッドの関係でモンテカルロに変更。どちらも結構評判のいいホテルでよさそうでした。
長男が仕事の関係で参加できなかったのが残念。結局3人で行くことに。
飛行機はエアバスのA340で2-4-2の320席位のもの。
午後便で楽ちん楽チンと、成田でゲートをくぐる。と、いきなり出発便がディレイとのこと。どうもダブルブッキングで全員乗れないので、誰か諦めて降りる人を探しているらしい。
あのねー、この夏の真っ盛りオンシーズンに大丈夫か‥‥結局、1時間以上遅れて搭乗。誰が降りたのだろう。こういうときは、何百ドルかのボーナスが交付されるらしい。(つまり譲り賃ですね。)
ともかくやっと搭乗。イヤホーンを出したりといつもの身の回りの準備を始め、終わる。
しかしいつまで経っても出発しない?
どうもお客さんの中で具合の悪い人が出たので、出発を延期しているとか。CAが集まって協議している。どうも10列位後ろに乗っている、中国系の子供らしい。
あのねー、300人が待っているんだよ。具合が悪いならさっさと降りるなりしてくれ~
と中国語で文句が言えるわけもなく、座って様子を伺っていると、いよいよキャプテンまで登場。
ああでもないこうでもないと小田原評定(多分)。
さすがに1時間が過ぎ、回りもざわついてきた頃にやっと方針が決まったらしく解散。
降りる人が出た気配が無いので、そのまま出発ということなのでしょう。
結局2時間遅れでやっと出発。なんだか嫌な予感がするな。幸先悪いというか。
西海岸のL.A.まで約11時間。そこでトランジットの予定。
最初に西海岸に行ったときは本当に長くて大変な思いでしたが、慣れなのか映画2本を見た後熟睡すると、すでにハワイを通過している。結局、L.A.空港に1時間40分遅れで到着。
乗り換えは大丈夫かな、まあ、お仲間も沢山いそうだから大丈夫でしょう。
Airplane Bound For L.V. 2011.8
まずは入国審査ゲートに来る。しかしなんとゲートが、アメリカ人用1、外国人用1。
成田からは大部分が日本人なので、1つのゲートの前に長蛇の列。飛行機出発時間まであと10分。
日本なら、入国審査は最低限にして、ここからこう行ってと道案内の係員が一緒に走って、飛行機出発を若干遅らしてもトランジット全員を拾って出発するでしょう。そのあたりは曲芸的プロ根性があるから。
しかしここは、USAだった‥‥
英語の達者な日本人の方が、空港職員にあと10分で飛行機が出てしまうとアピール!
しかし、そんなの知るかと歯牙にもかけない。
しかも、ゲートの審査はお世辞にもテキパキしていない。むしろゆっく~り。わざとか?
結局、出発時間を20分も過ぎたころ、ラスヴェガスに行く人はアメリカ人用ゲートに並んでもいいよとのこと。(そちらの審査が終わって空になっただけのこと。)
ようやく入国審査を抜けて、出発便の手続きのために、ゲートで言われたカウンターに並ぶと、ここじゃない!と職員が怒る。指さされたところは、またまた長蛇の列の最後尾。
しかし英語で喧嘩も出来ず、並ぶ。(泣)
トランジットのLAには、旅行代理店の人は勿論いない。沢山の日本人がスーツケースを引きずりながら右往左往。
結局、2時間遅れの次の便15:20発のチケットをやっと入手。予定ならこの時間に到着しているのに。
前の日本人客が文句を言って、6$昼食チケットをもらっていたのを後ろから盗み見。
うちらの番で、はいよ、次といなされそうなところを、我々はトランジットを逃し非常に迷惑をこうむっていると英語と日本語で大アピール、やっと6$昼食チケット×3枚を入手。
文句を言わなければ間違いなくもらえなかったでしょう。まったく油断も隙もあったものじゃない。
よく考えたら、飛行機機中泊、朝起きて、お風呂も入らず、食事もしていない。
6$チケットを活用して、遅い昼食を食べ、お土産でも見るかと思うも、精神的疲労と肉体的疲労で、席でしばし休息。今度こそ、やっとラスヴェガス行きの飛行機に乗ることが出来た。
しかしまだまだトラブルは続く‥‥
仕事にもようやく余裕が出来きたので、いよいよラスヴェガス行きを決行することとしました。
それは13年前にさかのぼる。1998年11月に西海岸に仕事で出張した際に、1日だけ休日を兼ねてラスヴェガスに泊まりました。夕方着いて翌日午前中に出発したので正確に言えばわずか半日。
その時の驚き、感激が余りにも大きく、絶対に次は家族を連れてここに来ると誓いました。
その理由は、この旅行記を最後まで読んで頂ければ感じてもらえると思います。人生観に影響を与えた街だったと言っていいかも。
Souvenir Shop In L.A. Airport 2011.8
さて、前置きはこれ位にして、まず旅行計画。
今であれば、絶対、航空券とホテルを別々にHPで予約して行ったでしょうが、当時そこまでノウハウがなかったので、旅行代理店店頭のパンフを全部持ってきて、熟読熟読。
ラスヴェガスでの最大の楽しみにして一番頭を悩ませるのは、どのホテルに泊まるのか、その1点と言っていいでしょう。結論から言うと、最初パリスに申し込んだのだけど、ベッドの関係でモンテカルロに変更。どちらも結構評判のいいホテルでよさそうでした。
長男が仕事の関係で参加できなかったのが残念。結局3人で行くことに。
飛行機はエアバスのA340で2-4-2の320席位のもの。
午後便で楽ちん楽チンと、成田でゲートをくぐる。と、いきなり出発便がディレイとのこと。どうもダブルブッキングで全員乗れないので、誰か諦めて降りる人を探しているらしい。
あのねー、この夏の真っ盛りオンシーズンに大丈夫か‥‥結局、1時間以上遅れて搭乗。誰が降りたのだろう。こういうときは、何百ドルかのボーナスが交付されるらしい。(つまり譲り賃ですね。)
ともかくやっと搭乗。イヤホーンを出したりといつもの身の回りの準備を始め、終わる。
しかしいつまで経っても出発しない?
どうもお客さんの中で具合の悪い人が出たので、出発を延期しているとか。CAが集まって協議している。どうも10列位後ろに乗っている、中国系の子供らしい。
あのねー、300人が待っているんだよ。具合が悪いならさっさと降りるなりしてくれ~
と中国語で文句が言えるわけもなく、座って様子を伺っていると、いよいよキャプテンまで登場。
ああでもないこうでもないと小田原評定(多分)。
さすがに1時間が過ぎ、回りもざわついてきた頃にやっと方針が決まったらしく解散。
降りる人が出た気配が無いので、そのまま出発ということなのでしょう。
結局2時間遅れでやっと出発。なんだか嫌な予感がするな。幸先悪いというか。
西海岸のL.A.まで約11時間。そこでトランジットの予定。
最初に西海岸に行ったときは本当に長くて大変な思いでしたが、慣れなのか映画2本を見た後熟睡すると、すでにハワイを通過している。結局、L.A.空港に1時間40分遅れで到着。
乗り換えは大丈夫かな、まあ、お仲間も沢山いそうだから大丈夫でしょう。
Airplane Bound For L.V. 2011.8
まずは入国審査ゲートに来る。しかしなんとゲートが、アメリカ人用1、外国人用1。
成田からは大部分が日本人なので、1つのゲートの前に長蛇の列。飛行機出発時間まであと10分。
日本なら、入国審査は最低限にして、ここからこう行ってと道案内の係員が一緒に走って、飛行機出発を若干遅らしてもトランジット全員を拾って出発するでしょう。そのあたりは曲芸的プロ根性があるから。
しかしここは、USAだった‥‥
英語の達者な日本人の方が、空港職員にあと10分で飛行機が出てしまうとアピール!
しかし、そんなの知るかと歯牙にもかけない。
しかも、ゲートの審査はお世辞にもテキパキしていない。むしろゆっく~り。わざとか?
結局、出発時間を20分も過ぎたころ、ラスヴェガスに行く人はアメリカ人用ゲートに並んでもいいよとのこと。(そちらの審査が終わって空になっただけのこと。)
ようやく入国審査を抜けて、出発便の手続きのために、ゲートで言われたカウンターに並ぶと、ここじゃない!と職員が怒る。指さされたところは、またまた長蛇の列の最後尾。
しかし英語で喧嘩も出来ず、並ぶ。(泣)
トランジットのLAには、旅行代理店の人は勿論いない。沢山の日本人がスーツケースを引きずりながら右往左往。
結局、2時間遅れの次の便15:20発のチケットをやっと入手。予定ならこの時間に到着しているのに。
前の日本人客が文句を言って、6$昼食チケットをもらっていたのを後ろから盗み見。
うちらの番で、はいよ、次といなされそうなところを、我々はトランジットを逃し非常に迷惑をこうむっていると英語と日本語で大アピール、やっと6$昼食チケット×3枚を入手。
文句を言わなければ間違いなくもらえなかったでしょう。まったく油断も隙もあったものじゃない。
よく考えたら、飛行機機中泊、朝起きて、お風呂も入らず、食事もしていない。
6$チケットを活用して、遅い昼食を食べ、お土産でも見るかと思うも、精神的疲労と肉体的疲労で、席でしばし休息。今度こそ、やっとラスヴェガス行きの飛行機に乗ることが出来た。
しかしまだまだトラブルは続く‥‥