2025-12-24

大学生活ってどこか残酷さもあったなぁ

大学生って残酷じゃないですか。私は2022年大学卒業して今は社会人の端くれだが、大学生だった時から何となくそう思っていた。

大学生自由が故に堕落する人間堕落するし、成長する人間は成長するという文脈でもあるが、今回は少し違った視点で。

もちろん勤勉な大学生がたくさんいるというのは織り込み済みだけれども、なんとなーく世間の言う「大学生」は少しの勉強をし、それ以外は自由時間だという意味合いを持っている気がする。そしてそれは大部分で事実であるとも思う。恐らく、名も知らない大学からいわゆるMARCH早慶国立大学といった頭のいい学生全員が多くの自由時間がある。少なくとも社会人よりは時間があるだろう。

同じ高校であってももちろん、行く大学が異なるケースは大いにある。ある学生受験勉強で失敗して偏差値の低い大学へ、その学生の友人は頭のいい大学へ行くなんていうケースは珍しくないだろう。また、アルバイトが同じ、インカレサークルが同じ等で違う大学の人と交流するケースなんてものもある。そういった中でも、同世代間でシェアされるものは同質なものになるケースが多いと思う。ここ数年で言えばサウナなどであろうか。大学生と思しき数人組を風呂屋でよく見かける。

ただ、勉強ことなどはなんとなくシェアするものではないように思える。というか、我々は互いの成果や良い進捗を共有することを嫌う傾向にあると思う。うまくいっている人間必要以上に妬ましく思う性質は感じる。

テスト勉強就活にて顕著に見られた。特に就活ではお互いの状況など分からなかった記憶がある。いつの間に就活を終えている者、始動の遅かった者、全てが水面下。進捗を聞くことがどこか憚られた。

そんな感じなので、いくらでも堕落できる。堕落した先に待ち受けるのは周囲が関門をクリアしたにも関わらず、自分けが燻り続けているという生き地獄。気づいた時には周囲は皆就職先が決まっていて、自分けが将来を見通せない。簡単にこういった状況に陥り得るというのが大学生残酷なところであるよなぁとふと思い返す。

一方で自分大学生活を振り返って、何かにしっかりと打ち込めたかと言われると、なかなか難しい。

ほどほどに堕落をしながら、自由時間旅行アルバイトなどに使い、結果的には充実していたと思ってはいるが、不完全燃焼感もある(大学3,4年がコロナ禍であったことも影響している可能性があるが)。

社会人生活は幸いそれなりに充実感があるから、そう振り返ることができるだけかもしれない。

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