ナカノ実験室、2006年を振り返る。(知り合いほど閲覧注意)
大晦日なので、2006年を月毎に振り返ってみます。私と私の人間関係をリアルで知る人は、アンニュイな気持ちや不快な思いをするかも知れませんが、まあ、そんなものです。悪意というよりも、反省です。
1月 修士論文を放棄したのだよな。全く見通しがつかなくて、しかも、提出直前にインフルエンザになって…。インフルエンザが発覚した時は、「救われた」って思ったのだけど、それで、それをギリギリまで親と教授に黙ってたら死ぬほど怒られたのだ。しかも、その事が、どうやら人づてに3号館の別の研究室や別の回生にも広がってたみたいだ。最悪。
親も教授も好きじゃないけど、一気に突き放された感じがして、「死のう」って思って、灯油を飲もうと思って、マグカップに灯油を注いでみたけど、結局、飲めなかったな。で、今でもドッコイ生きている。人間死ねないものだ。
2月 大学院をやめるつもりだったけど、親からは「やめてどうするんだ」と言われ、教授からは「今やめたら就職に不利だ。」とか言われて、残る事にしたんだ。今思えばやめたらよかった。
半期休学する事にする。そんで、劇団『すきっす』に参加したのだな。割と不順な動機で。
3月 劇団『すきっす』の稽古場での日記をブログに書いていたら、赤裸々すぎたらしく、共演者の劇団の劇団員から「大丈夫か?」って言われた話を聞いたりした。演劇とブログって難しい。そんなに、穏やかに稽古が行われている訳じゃないのよ。
んで、本番。パンドラの鐘。私は、野田秀樹さんが演じた「ヒイバア」という役をやったのだが、ジョジョネタを入れまくった。一部の客の劇団員に大ヒット。相方もジョジョ好きだったからえらい事になってたな。やりすぎて演出から怒られたっけ。でも、それに理不尽さを感じた俺は、猛反発したっけ。最後の方の稽古の時。稽古場に緊張が走ったな。今、思えば、半分くらいはジェラシーだ。
4月 失恋したんだな。今思えば、無茶な相手を好きになるものだ。どうしてボクは、見込みのない相手ばっかり好きになるのだろうか?
劇団ヤルキメデスXX公演の準備に取り掛かる。
研究室に行ってみれば、「休学中だから来るな」といわれる。まあ、当然といえば当然だが、教授の言い方では「休学中も進められる事は進めておけ」って感じだったが、助手と意見は違った。まあ、私が研究室を私的に使いすぎていた事が一気に噴出した感じ。その時も「突き放された」ような喪失感があったな。
5月 劇団ヤルキメデスXX公演の二本柱のうちの一人が抜ける。この時も喪失感があったな。この時点で企画を中止しても良かったけど、「どうしてもやりたい!」って気持ちが残った。それは、漫画ビラの構想がこの時点であって、それを世に出したい!って思いだった。結果、集客には結びつかなかったけど、人生で初めて、11枚+αの漫画原稿を描く事になる。
この当時は、抜けた柱と、もう一人の事がかなり、嫌いになったと言えば語弊があるけれど、「もう会うこともないのだろうな。」と思ったのだが、今では、音信が元に戻っている。そんなに簡単に人間の事を嫌いになれる訳でもないのか。
柱が抜けた事で、人集めとかに苦労したっけ。頼む人、頼む人、ほとんど断られたな。
気が付けば、また、恋をしていた。思えば、当然な流れな気もするが、つり橋効果のような気もする。好きな人が出来ていた。この事で、前の(やっかいな)恋は消えうせたけど、まあ、先の事を考えると・・・。恋なんて、思い出した頃が一番幸せなのかもしれないな。
6月 恋に関して言えば、気にしなくて良いことばかり、気にしていた気がした。「これ以上は深入りすまい!」と思う反面、どんどん深みにはまっていったな。でも、この頃は幸せだったのかも?でも、今、思えば、色々、テンパる出来事も多かった。決して、楽しくない思い出。どうして、術にかかるとバタバタするのだろうか?
ノリで「あちゃまあ。R(リターンズ)という下鴨劇場の後輩達の公演にゲスト出演する事にする。自分の出る演目に関して、色々キャラとか台詞とか設定とかシーンとか提案したな。
7月 あちゃまあ。R(リターンズ)の本番。私はわりとうけた。年季が違うよね。後、きっかけ練習中にシーン(着替え)の関係で、1シーン追加して、その時生まれた「水不足ハンター」、「水不足ハンターハンター」、「水不足ハンターハンターハンター」のキャラクターは面白かったと思う。だがしかし、それに関して演出と不穏な空気になったっけ。今思えば、我を通すだけで、演出の他の部分での苦労の事を考えてなかったのだろうな。5歳ほど年下というのを忘れていた、というと、ちょっとアレか。
末くらいに、またも、失恋する。この後、私は失恋しながらXX公演をする事になった。しかし、私は、ほぼ自爆したみたいなモノで、相手の方がつらかったのじゃないかな。迷惑かけすぎた。当時の気持ちでなくて、今、思う事だが、「もう私自身が彼女の心の闇、負のオーラを広げる存在になってしまっている。」という事だ。もう、連絡を取ることもないが、この事が、消えうせるまで、会わない方がよいのかも知れない。
しかし、余計な事を気にしすぎて、失恋したくらいだったら、7月の頭くらいに告白した方がよかったのじゃないかと思うが、今の心境を考えたら、修士論文で追い込まれて、ノーフューチャーな事を考えたら、仮に上手くいっていたとしても、長続きはしなかっただろう。また、それ以前に、彼女は私の事を好きじゃない、だから、どうしようもなかったのだな。
8月 頭に、吉田寮の企画にのっかって、白浜に行く。自然の中に身を置くと、「生きねば」という気持ちになったし。ギターも触りだしたな。
XX公演の本番。集客は非常に少なかった。でも、人間座の管理人さんに誉められたのは、嬉しかったな。
小屋入りしてから、それ以前から、企画参加者と非常に仲が悪くなってた。いや、私が一方的に嫌いになってしまったのかな?どいつもこいつも、敵に思えた。心理的に支えて貰えないなとか、そんな事ばっかり考えていた。しかし、当時のここの人物の背景を考えたら、仕方ない事も多いから、お互い様なのだろう。だがしかし、「金全部俺が払っているのだから、もっと気持ちよくさせてくれよ!」とかは言わなかったのは、正解だったと思う。ここに書いているって事は、心中ちょっとは思ったって事。
何時だったかは忘れたけど、この辺りで思ったのは、「自分が傷つかないためには、相手を先に傷つければよいのだ。」って事をおもったのだけど、それは真理なのかな?間違っていると思うけど、そういう側面もあると思うのだ。とにかく、ホール入りしてからが、孤独だった。嫌がらせか?って思う事も多々あった。でも、私もおかしい所もあったのだろうな。
団体競技に向いていません。
9月 頭に諸事情あって、失恋した相手にもう一度あった。そしてら、翌日、後輩の一人に、「根性が腐っている」と言われた。こんな事言われたの始めただな。しかし、未練がましいといえば、それまでだけど、今、思えば最悪だ俺。
後はずっと空白。芝居は終っても、大学には戻れないから、ゴロゴロしておった。
10月 研究室に戻る。しかし、研究室に溶け込めず、「ういているな」と思いながら、研究室にいっていたのだと思う。他に覚えている事がないや。
11月 後輩たちが、誕生日会を開いてくれた。私の誕生日会は毎年11月12日。失恋した相手とその日会う事になったけど、心の距離が離れていると思っていたので、ほとんど喋らなかった。それでよいのだと思う。
騙し騙し、研究室に行っていた。
12月 頭に、下鴨劇場の忘年会があった。この開催には私も一役買っていた(というか、冗談で言っていたら実現した)のだが、今、思えば、幸せな結果をどこにも残していないような。この日、私が、想像した形での失恋をしたような気がするが、今、思えば、それも間違っている。人間関係って分らないわ。
精神的にかなりノックアウトして、自分で酔いつぶれようとする直前、後輩の女の子の一人から、「人間誰しも間違いはあります。」と言われた。潰れようとする直前、話しかけられた事は、嬉しかったのだけど、未だに分らないのは、俺は何を間違えたのだろうか?って事だ。今年の二度目の恋が間違っていたのか?上手く行かなかっただけで、間違ってはいないと思うだが…
いや、実際、思い返してみると、間違った事をした覚えはあるのだけど、当事者じゃない彼女が知っているとしたら、色んな事がかなりの筒抜けになっているな…。この疑問は解消されるのかは分らないが、下手すれば、墓まで持ち込むな。卒業する前に聞いておきたい所だ。
半ばくらいに両親の知り合いが自殺した。かなりショックだった。それから、「精神的に追い込まれた人間は、どいつもこいつも自殺するのじゃないか」という不安を感じるようになった。私は、絶対に自殺しないから、このブログを読んでいる人、私をしる人は絶対に自殺しないで下さい。全人類が、そうだけど、絶対に自殺はダメだ。良い事が一つもない。
まとめ
結局、今年二回ほど失恋して、二回目の失恋とそれまでの過程が締める所が多かったな。だから、「2006年は何の年?」と聞かれれば、「その人の年」となるのだけど、綺麗な事ばかりじゃなくて、相手に迷惑かけまくってしまった。エゴとは恐ろしい。もっと、うまく、楽しく、自分も相手も、そんな恋愛をしないとダメなのだろうな。難しいわ…。
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