月でも作れる? 省資源・温暖化抑制の「次世代コンクリート」

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編集委員 増満浩志

 コンクリートのない社会は、現代では考えられない。18~19世紀の産業革命期から発展し、文明を支えてきた基盤技術だ。しかし、コンクリートの材料となる「良質の砂」と「セメント」をめぐっては、資源不足や地球温暖化といった課題が顕在化している。

 これら二つの材料を使わないで「次世代コンクリート」を作る研究に、東京大学生産技術研究所(東京都目黒区)の酒井雄也准教授(39)(持続性建設材料工学)が取り組む。地上の課題に解決策をもたらすだけでなく、酒井さんは「月や火星の砂からも作れるはずだ」と、宇宙基地建設への活用まで見据えている。

コンクリ用の砂は世界で不足、セメント製造では大量のCO2

酒井雄也准教授(東京都目黒区の東京大学生産技術研究所で)
酒井雄也准教授(東京都目黒区の東京大学生産技術研究所で)

 コンクリートは、砂利や砂などの「骨材」とセメント、水を混ぜて作る。セメントは骨材と骨材の間を埋め、水と反応して固まる。

 「砂」自体はほぼ無尽蔵にあるものの、建設用のコンクリートに適した砂となると限られる。様々な粒径の砂が適度に混じっているのが良いとされ、酒井さんは「たとえば砂漠の砂は小さくて均一すぎるので向いていない」と説明する。砂や砂利の消費量は世界で年約500億トンと推定され、過度な採取による環境破壊が深刻化。国連環境計画(UNEP)などが「サンド・クライシス」(砂の危機)を回避するための取り組みを呼びかけている。

 一方、セメントは石灰石の粉末などを1450度の高温で焼いて製造される。その際、石灰石の主成分の炭酸カルシウムが酸化カルシウムに変わり、二酸化炭素(CO2)が発生する。世界で排出されるCO2の8%が、セメント製造によるとも推定されている。

 こうした課題への解決策として酒井さんが開発したのが、セメントを使わずに砂同士を直接くっつける新技術だ。砂にアルコールと触媒を加えて加熱するだけで、砂の表面が一度溶けてから固まり、砂同士が粒径に関係なく結びつく。原料には、二酸化ケイ素を主成分とする様々な物質が使える。 珪砂(けいしゃ) や砂漠の砂のほか、月面に積もった細かい粒子「レゴリス」を模擬した砂、ガラスビーズも試した結果、いずれも塊を作ることができた。

 セメントのような接着材料を使わないので、従来のコンクリートの定義には当てはまらない。「それで『次世代コンクリート』と呼んでいます」と、酒井さんは話す。

アルコールと触媒の力で砂同士を直接くっつける

 発端は、産業技術総合研究所(茨城県つくば市、産総研)が開発した技術だった。幅広い材料の原料となるケイ素化合物「テトラアルコキシシラン」を、砂から効率的に作り出すというものだ。酒井さんは2019年春、ある展示会でその技術を知り、「砂同士を直接結合させるのに使えるのではないか」と直感。産総研触媒化学融合研究センターの深谷 (のり)(ひさ) ・研究チーム長に問い合わせると、実験装置などについて教えてくれた。

 反応容器に砂とアルコールと触媒を入れて加熱すると、砂の主成分の二酸化ケイ素がアルコールと反応して溶け、液体のテトラアルコキシシランと水になる。ここで水を除去して化学原料にするのが、産総研の技術。酒井さんは、水を除かずに加熱を続けると、今度は反応が逆向きに進み、再び固まるのではないかと予想した。それが的中した。

 240度で加熱し続けると、溶けていた砂の成分が再び結合していき、「微斜長石」などの鉱物ができる。それが隙間を埋めて元の砂同士を結びつけ、全体が一つの塊になっていくらしい。「いわば人工の岩を作っている」と、酒井さんは表現する。

 21年に成功した当初は、従来のコンクリートに比べ10分の1ほどの強度だった。最適な条件を探りながら実験を繰り返し、今は大幅に改善。コンクリートを上回る強度も達成できた。

月面めざして改良し、新たな展開…「生コン」化の可能性も

 月面は大気がほとんどないため寒暖差が激しく、夜はマイナス170度、昼間は110度に達する場所が多い。酒井さんは「240度でなく110度で製造できれば、月面では加熱装置が不要になる」と考え、実験してみた。

 すると、110度では加熱し続けても固まりきらず、湿ったどろどろの状態(湿潤砂)になった。しかし、これを105度で加圧してから乾燥すると、やはり硬い材料になり、強度はコンクリートを超えた。酒井さんは「240度の反応容器内で固まるよりも、湿潤砂を加圧して固める方が、板状などに成形しやすいのではないか」と語る。地球上での活用にも新たな展望が開けてきた。

 コンクリートは、工場で作った完成品を建設現場へ運ぶ場合と、固まっていない「生コン」をミキサー車で運ぶなどして、現場で型枠に流し込んで使う場合がある。湿潤砂は、生コンのような使い方もできる可能性がある。

珪砂(手前左)から作った次世代コンクリート。湿潤砂を加熱・加圧後に乾燥した板状の3個(奥。各10センチ四方)は、技術の進展で左から右へと順に完成度が高まっている(東京大学生産技術研究所で)
珪砂(手前左)から作った次世代コンクリート。湿潤砂を加熱・加圧後に乾燥した板状の3個(奥。各10センチ四方)は、技術の進展で左から右へと順に完成度が高まっている(東京大学生産技術研究所で)

 他にも改良に取り組んでいることがある。一つは、砂以外の物質を回収して、何度も再利用すること。アルコールは既に9割以上回収できているが、触媒に含まれるカリウムはケイ素が再結合した鉱物の中に取り込まれてしまい、まだ回収率が悪い。

 また、固まった材料をさらに加熱し続けると、再び液体の「テトラアルコキシシランと水」に戻り、その後また固まるという反応を繰り返すので、固まったタイミングをきちんと捉えて加熱をやめる必要がある。反応容器に「のぞき窓」を設け、赤外線などで「どちらの状態か」を見極める手法の確立を目指している。

 砂によってはアルミニウムなど、ケイ素以外の成分が多く含まれており、それが強度を下げる原因になることも分かってきた。酒井さんは「複数の砂を組み合わせたり、それぞれの砂に適した薬品を加えたりすることで、十分な強度にできる」と見て、工夫を重ねている。

偶然の発見に導かれ、環境配慮型の建設材料づくりへ

 酒井さんの研究の歩みは興味深い。産総研の成果を発端とした次世代コンクリート技術をはじめ、ふとした出会いや気付きを生かすことの大切さが分かる。

 現在の研究は、環境への悪影響を抑えられる建設材料の開発が主眼だが、研究者になった当初はコンクリートの劣化や維持管理の研究に取り組んでいた。10年前、偶然の発見が転機となった。「コンクリートがどのような化学結合でできているのかは、実はまだ分かっていないことが多い。それを調べるための実験で、コンクリートを砕いた粉末に圧力を加えたら、意外に強く固まった。それで『プレスするだけでコンクリートをリサイクルできるんじゃないか』と思いついた」

 こうして、廃コンクリートのリサイクル研究に着手し、2022年に成功した。がれきを砕いて圧縮成形し、高温・高圧で蒸すことで、一般的なコンクリートを超える強度の建材ができる。これもセメントや新たな砂が不要で、廃棄物削減と地球温暖化対策、資源保護に役立つと期待される。

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