海水から水素製造…希少金属使わない技術を切り開く

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編集委員 増満浩志

 気候変動を食い止める切り札として、水素エネルギーへの期待が高まっている。化石燃料から作る「グレー水素」ではなく、再生可能エネルギーを活用して作る「グリーン水素」が望ましい。しかし、大きな問題がある。淡水を電気分解(電解)する現在の製法は、淡水を潤沢に得られる場所でしか使えないことだ。海水を電解する技術もあるが、高価な希少金属のイリジウムが欠かせない。

電極の性能を試験する装置について説明する伊藤准教授(奥)と大学院生の塩川史也さん(筑波大で)
電極の性能を試験する装置について説明する伊藤准教授(奥)と大学院生の塩川史也さん(筑波大で)

 筑波大学数理物質系の伊藤 (よし)(かず) 准教授(41)(電気化学)は、イリジウムなどの貴金属を使わずに海水を電解する技術の開発に挑む。成功すれば、アフリカなどの海に面した乾燥地や、日本でも増えている洋上風力発電の施設周辺などで、グリーン水素を生産しやすくなると期待される。

通常の陽極は塩素で急劣化

 「水の電気分解」といえば、中学校の理科実験でもおなじみの反応だ。水に少量の水酸化ナトリウムを加えて電気を流すと、陰極から水素、陽極から酸素が発生する。

 ところが、海水の場合は塩化物イオンが溶けているので、陽極で塩素ガスや次亜塩素酸が発生してしまう。酸素を発生する反応より、塩素を発生する反応の方が速いためだ。これによって陽極の電極は急速に劣化する。長寿命で性能の良い「DSA」(登録商標)という電極が数十年前から実用化されているが、イリジウム、白金、ルテニウムといった白金族の貴金属が酸化物として使われており、コストが高い。

 とりわけイリジウムは「生産量が限られるうえ、様々な用途に使われ、物理的に足りない」(伊藤さん)。こうした貴金属を使わずに水を電解できる陽極の開発が、世界的な課題となっている。

卑金属だけの「9元合金」で高耐久性を実現

開発した合金の試料を見せる伊藤准教授(筑波大で)
開発した合金の試料を見せる伊藤准教授(筑波大で)
9元合金(筑波大の伊藤研究室で)
9元合金(筑波大の伊藤研究室で)

 伊藤さんは4年ほど前、卑金属(貴金属でない金属)だけを組み合わせた合金で陽極の電極を作る研究に着手。名古屋大学、高知工科大学との共同研究で昨年12月、海水の電解に長期間使える高耐久性の電極を開発したと発表した。

 開発したのは、チタン、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、ジルコニウム、ニオブ、モリブデンという9種類の金属を組み合わせた「9元合金」の電極。9元素が偏らずランダムに混じっており、化学反応に対する安定性などが優れている。

 この合金で電極を作り、「海水を模擬した食塩水」と「茨城県大洗町で採取した実際の海水」の中で耐久性を調べた。電源のオン・オフに伴う劣化が最も著しいので、その6000回分に当たる負荷を与えたところ、食塩水中で97%、海水中で92%の性能が保持された。太陽光発電の利用を想定するとオンとオフは毎日1回ずつなので、6000回で約16年に相当する。また、電圧を一定にした試験では100時間以上、性能を維持できた。

 9元素の中では、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケルの5元素が酸素の発生を促進する触媒として働く。伊藤さんは「他の4元素が塩化物イオンをおびき寄せるなどして、触媒が守られているのではないか」と説明する。

 ただ、電解に高い電圧を要した。電力消費が大きくなってしまうため、実用化に向けて改善に取り組んでいる。

カーボンニュートラルへ足りない人材

 水素生産のための電解では、水素を発生させる陰極の方が世の中で目立つかもしれないが、伊藤さんは「科学的には陽極を開発する方がはるかに難しい」と語る。陽極は酸化を受ける過酷な環境にさらされるので、陰極用の材料をそのまま陽極に試すと、すぐボロボロになったりするという。「でも、絶対に必要。陰極だけでは水を電解できない」と、難題の解決に意欲を燃やす。

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