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ホンダの創業者・本田宗一郎は、自動車レースのF1を「走る実験室」と呼んだ。有人宇宙開発と同様、極限の環境で使うために磨き上げられた革新的技術は、社会に広く役立つことが珍しくない。
マクラーレンが2005年に導入した「イナーター」という装置も、その一つだ。車体の制振用に開発されたが、近年は建築物などの制振に応用が広がっている。そして、さらに「振動のエネルギーをイナーターで電力に換えよう」という研究に、筑波大の浅井健彦准教授(41)(建築構造学)らが取り組んでいる。
秘密兵器のコード名は「Jダンパー」
イナーターは、英ケンブリッジ大のマルコム・スミス教授が1997年頃に考え出し、2002年に論文を発表した。同大のウェブサイトに、その歴史が紹介されている。
それによると、マクラーレンは同大の技術移転機関「ケンブリッジ・エンタープライズ」から独占使用の権利を得て、開発を推進。05年のスペイン・グランプリで実戦投入し、勝利を挙げた。車輪と車体をつなぐサスペンションは、精密なハンドル操作には硬くした方がよく、タイヤが路面をしっかり捉えるには軟らかくした方がよいが、その二律背反をイナーターが緩和してくれる。
イナーターは「Jダンパー」というコード名で呼ばれ、秘密保持が徹底された。「Jは何の意味か?」という議論も専門家の間で盛り上がったが、ライバルの目をくらますためのおとりの文字に過ぎなかった。07年、ルノーが図面を入手したものの、何のための装置か分からなかったという「スパイ事件」が発覚。マクラーレンの独占契約は08年に終了し、米企業から他のレーシングチームなどにも広く供給されるようになったという。
ただ、国際自動車連盟が定めた昨年のF1技術規則で、イナーターは禁止された。なぜなのか気になり、国内でモータースポーツを管轄する日本自動車連盟(JAF)に尋ねてみたが、残念ながら「(禁止の)経緯や理由は分からない」という。
揺れを回転に換える「イナーター」
建物や機械の揺れを抑える「制振」には、「ダンパー」という装置が使われることが多い。揺れによってピストンが動くと、内部のオイルなどがそれを受け止め、摩擦によって動きが減衰する。つまり、揺れのエネルギーを吸収し、摩擦熱に換えて放出する。車のサスペンションの主要部品でもある。
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