第890回:「保険会社製ETC」「アプリ免許証」 2024年の私的カーライフ新兵器を振り返る
2024.12.19 マッキナ あらモーダ!嫌がられるプラン
もう残りわずかとなった2024年。振り返れば、イタリアはステランティスの業績不振に振り回された一年だった。本稿を書いている脇でも、インターネットのニュースでは「ミラフィオーリ工場の従業員の休業補償金を2025年8月まで延長」というヘッドラインが流れている。続いたのはくしくもマセラティの公式CMで、「今なら月660ユーロ」と、悲痛ともいえるテロップが流れる。
かといって悪いことばかりではない。イタリア自動車生活に新たなデバイスが2つももたらされた、というのが今回の話題である。
2024年7月の当連載第867回「これもイタリアあるある? “イタリア版ETC”のサービス変更に物申す」では、イタリア版ETC「テレパス」の「使った月だけプラン」終了について記した。同時に、従来テレパス社が独占していた車載機の提供事業に、他企業が参入できるようになったことも説明した。
テレパスの「使った月だけ使用料支払いプラン」を利用していた筆者がその後どうしたか? というと、車載機事業に新規参入した保険会社、ウニポールが提供する同様のプランを選ぶことにした。初回登録時に手数料5ユーロ(約800円)を要するが、使用料は使った日に50ユーロセント(約80円)が通行料金に加算されるだけ。あまり有料道路を使用しない筆者の場合、使用月ごとに2.5ユーロ(400円:2024年10月現在)も徴収されるテレパスより得だ。保険会社としては車載機を提供することで、顧客が乗るクルマのデータを収集できることから、さまざまな保険商品のセールスに活用できるというメリットがあるのだろう。
さて、このウニポールのサービスだが、保険会社のウェブサイトから申し込もうとすると、主力の月額契約ばかりが大きく表示される。使った日だけプランは目立たないように配置されていた。さらに選択しても、遷移したページではふたたび月額プランに切り替わる。業を煮やして街なかの保険代理店に赴いた。だがそこでも担当してくれたスタッフは、途中まで月額プランで手続きを進行させようとしていたので、慌てて使った日払い希望であることを告げた。この保険会社は、どうやっても月額に誘導したいようだ。
それでも、面倒な書類手続きや返却が必要な古いテレパス車載機の解約、引き取り、そして廃棄を代行してくれたのは助かった。さらに、テレパスを使用し始めたときのような、ユーザーが行う面倒なアクティベーションもないという。
保険会社で受け取った車載端末は、業務用冷凍食品のような仰々しい容器に入っていた。これは、工場から保険代理店までの輸送中に誤作動するのを防ぐためだろう。テレパスもそうだったが、こちらの端末は電池密封型でユーザーが開けられないようになっているうえ、電源スイッチがないシンプルな設計だからである。
後日、アウトストラーダを使う機会が生じたので、恐る恐る保険会社版車載機を使ってみることにした。念のため通行券の受け取りは、日本でいうところのETC専用ではなく、自動発券機併用レーンを選んだ。幸い、難なく開閉バーが開いた。もちろん出口も無事通過できた。
ところが、ノンストップ決済可能をうたう空港の駐車場に進入しようとしたところ、ゲートが開かず焦った。あとで知ったのは、現時点では従来のテレパスのみ入出庫可能ということだった。このあたりは、いかにも過渡期らしい難しさだ。
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3年休眠させていた政府系アプリに
イタリア自動車生活に関わるもうひとつの大ニュースは、2024年12月4日に舞い込んだ。「アプリケーション(アプリ)版運転免許証」である。イタリア政府の公共サービス用スマートフォン向けアプリ「App IO(アップ・イオ)」のなかに追加するかたちだ。
まずはアップ・イオについて。導入されたのは2020年春で、当時は普及促進のためにキャンペーンが行われた。アプリにクレジットカードを登録し、そのカードで最低10回、何でもいいから買い物の決済を行うと、最大150ユーロがひもづけした銀行口座に還元される、というものだった。今振り返ると、その時点でイタリア当局にカード情報や銀行口座情報を把握されたわけで、わだかまりが残る。しかし当時は、イタリア中で新型コロナウイルスによる外出制限が続いてきた期間だった。新しい事象に飢えていたことと、減少した収入を少しでも補えれば、との思いからアプリをインストールしてしまった。その後、アップ・イオは使用する機会もなく放置していたのだが、今回のアプリ免許導入を機会に、久々に開いてみることにした。
導入3日目である12月6日、アプリを開くと、まずはアップデートを促された。3年も休眠させておいたのだから仕方ない。完了してから、表示にしたがって操作を進める。新たに顔認証ができるようになっていたので、それも登録。「健康保険証もデジタル化可能」である旨が表示されたので試みると、その代わりを果たすバーコードが難なく表示された。次はいよいよ免許証である。保険証同様、即座に表示されるのかと思いきや、「陸運局があなたの申請を受け付けました」という短い文面とともに、その日は終了してしまった。
「申請が受理されました」というメッセージが届いたのは、2日後のこと。送信元は、陸運局ではなく「国家印刷および造幣局」だった。ふたたび画面表示にしたがって操作してみると、実際の免許証とほぼ同じものが表示された。ただし、写真部分は実際のカード版免許証が白黒なのに対し、カラーになっている。
横にスワイプするとカード版の裏側、すなわち運転可能な車両が示される。下にスクロールすると、ふたたび自身の証明写真が、今度は大判で表示された。陸運局のデータには、こんな精細写真まで保存されているのか。思わず「ワオ!」と、生前の志村けんのような叫び声を上げてしまった。ついでに驚いたのは、それが日曜日の夕方だったことである。どこまで自動化されているのかは不明だが、休日に行政手続きが完了するとは、イタリアも変わったものである。
このデジタル免許証、目下「イタリア国内のみ有効」という制限がある。検問の際に、スマートフォンの電源が切れていたらどうするんだ問題もある。加えていえば、インストールしてから1週間しか経過していないから、この先どのようなデメリットがあるかは未知数だ。それでも、わが家の近所でちょいとクルマを移動させるとき、スマートフォンだけ携えて運転すればよいのは至極便利であることを実感している。
最後にふたたびイタリア版ETC車載端末に話を戻そう。その“元祖”であるテレパスは2024年6月28日、使用可能期間を同年10月31日まで延長すると発表した。さらに10月25日になると、12月31日までふたたび延長した。「それなら最初から2024年12月末までとしておけばよかったのに」と思う。“閉店セール”を繰り返し延長するとは、わが細君の実家近くにある紳士服店じゃないんだからさ、と思わず笑ってしまった。さらに、気がつけば車載端末は自分で処分してよいことになり、かつ「使った月には1ユーロ」と値下げも行われていた。もはやテレパスと決別した筆者であるが、年末にどういった告知がなされるのか、今からひそかに楽しみにしている。
(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、23年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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