第50回:歴代モデルに一気乗り! 「シビック」の歴史は日本のカーテクの歴史だった(後編)
2022.09.20 カーテク未来招来拡大 |
今年で誕生50周年を迎える「ホンダ・シビック」の歴代モデルに一挙試乗! クルマの端々に見られる、自動車技術の進化の歴史と世相の変化の“しるし”とは? 半世紀の伝統を誇る大衆車の足跡を、技術ジャーナリストが語る。
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「キープコンセプト」を侮るなかれ
(前編に戻る)
“グランドシビック”こと1987年に登場した4代目シビックは、筆者にとって思い出深い車種である。なにせ実家で所有していたことがあるからだ。正直に言って、筆者には3代目“ワンダーシビック”のインパクトがあまりにも強かったために、そのキープコンセプトモデルとして登場した4代目には、それほど強い思い入れはなかった。
ところが今回、3代目シビックの後に乗ってみて、その進化ぶりに驚いた。3代目の特徴はフロントにトーションバー式のサスペンションを採用したことにあるのだが、前回書いたように、その乗り心地はやや粗いものだった。ところが4代目では、4輪すべてに高度なダブルウイッシュボーンサスペンションを採用。粗かった乗り味は刷新され、滑らかで快適なものとなっていたのだ。内装の質感も向上し、車体サイズも拡大され、明らかにひとクラス上のクルマにステップアップしていた。
加えてメカニズム的に画期的だったのが、このモデルから初めて「VTEC(可変バルブタイミング&リフト機構)」が採用されたことだ。カムシャフトにプロフィールの異なる2種類のカムを取り付け、ロッカーアームに通したピンを油圧で動かすことで、それを切り替える。この機構は1989年9月のマイナーチェンジでシビックに導入され、自然吸気エンジンでありながらリッターあたり100PS(排気量1.6リッターで最高出力160PS)のハイパワーを達成。同時に力強い低・中速性能を両立させた。
5・6代目に感じる当時の世相と技術的背景
1991年に登場した5代目シビックは“スポーツシビック”と銘打たれ、それまでのシビックにはない躍動的なデザインが与えられた。ブラジルのサンバをイメージしたというデザインは、実用性を重視した過去のモデルとは一線を画すものだ。思えば5代目が開発されたのは、ちょうど日本でバブル景気が盛り上がった時期であり、実用一点張りではない豊かさの表現が、シビックにも求められたのだろう。
もちろん進化はデザインだけではない。4代目シビックは確かにダブルウイッシュボーンの採用で大幅に乗り心地が向上したものの、サスペンションストロークが不足しており、段差の乗り越えなどでは大きな突き上げを伝えることもあった。5代目では同じサス形式ながらストロークが伸ばされ、この弱点が解消されたのだ。内装も一段と質感が向上し、高級志向が強まったさまにも当時の世相が感じられた。
1995年に登場した6代目“ミラクルシビック”では、なんと言っても「3ステージVTEC」と、ホンダ初のCVT(無段変速機)である「ホンダマルチマチック」の採用が目玉だ。3種類のカムを切り替えて高出力と低燃費を両立する可変バルブ機構と無段変速機の組み合わせにより、従来の1.5リッターVTECエンジン+4段AT搭載車より、約23%も燃費を向上させたのだ。
当時は自動車メーカーの間でトルコンATに代わる高効率なトランスミッションが模索され、CVTが台頭しつつあったころだ。現在のCVTではトルクコンバーターを使う方式が主流だが、ホンダマルチマチックはトルコンの伝達ロスを嫌い、CVTの出力軸に油圧多板クラッチを配置したのが大きな特徴だった。試乗でも3ステージVTEC+CVTのドライブフィールを楽しみにしていたのだが、用意されたのは排ガスのクリーン化を大幅に推し進めた「LEV」(Low Emission Vehicle)仕様。残念といえば残念だが、これも環境意識が高まりつつあった、当時の世相をよく表した仕様といえるだろう。
当然のこと動力性能は印象的というほどではなかったが、インテリアの質感向上とともに、シートの座り心地がそれまでのモデルより格段に向上していたのが印象的だった。それまでのホンダのモデルでは、どうもシートの出来がいまひとつと感じられたものだが、ここで試乗した6代目シビックは「長く座り続けても疲れないだろう」と思わせるものになっていた。
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キーワードは“国際化”と“上級移行”
2000年に登場した7代目の“スマートシビック”は、ある意味シビックの原点に戻り、再び「MM思想」を重視したモデルだ。エンジンルームを短縮し、室内スペースを拡大した実用性重視のクルマである。5・6代目では用意されなかった5ドアモデルが復活したのもトピックで、センタートンネルのないフラットなフロアで、広々とした室内空間を実現していた。
技術的な観点で言えば、エンジンルームを縮小しながら衝突安全性を確保するため、高い位置にステアリングギアボックスを配置したことも特徴だ。それまでは変速機の後方に配置されていたので、衝突時に変速機が後退すると、ステアリングギアボックスと干渉していたのだ。足まわりでは、このモデルからフロントサスがシンプルなストラット式になったが、リアはダブルウイッシュボーンを踏襲。サスに前後力が加わったときにトーインになるよう、アーム配置を工夫した「リア・リアクティブリンク・ダブルウイッシュボーンサスペンション」が採用された。
この7代目シビックについては、その劇的な変化に今なお賛否両論がある。しかし実車に触れてみると、外観の印象に似合わず乗り心地は懐の深い重厚なものだった。車体剛性の高さも感じられ、クルマとしての完成度は一段とアップしていた。
次いで2005年に登場した8代目シビックは、米国市場重視の傾向が強まり、車体の大型化が進んだモデルだ。全幅は1755mmとなり、初めて5ナンバーサイズの枠を超えた。また国内では再び5ドアモデルが廃止され、4ドアセダンのみにボディータイプを集約。一方、欧州では「フィット」のプラットフォームをベースとしたセンタータンクレイアウトの5ドアモデルを発売するなど、シビックの国際化・現地化がいっそう推し進められた世代でもあった。
国内向けに話を戻すと、今までより排気量の大きな1.8リッターエンジンが採用されたほか、シビックとしては初となるハイブリッドモデルが用意されたのがトピックだ。その自動車史的背景については、いまさらここで説明する必要はないだろう(参照)。また車体の大型化に伴って室内空間も拡大され、内装の質感もいよいよ上級車に近づいた。今回試乗したのは純内燃機関の1.8リッターエンジン搭載モデルだったが、もはや「アコード」並みと感じられるほど、一気に上級移行が進んだのが感じられた。
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半世紀の歴史を誇る大衆車であればこそ
そして今回の試乗会の締めくくりとなったのが9代目シビックだ。ご存じのとおり、この世代では主要モデルは国内に導入されなかった。欧州仕様の「タイプR」だけが限定的に輸入され、今回の試乗車もそれだった。
走りだしてみると、エンジン特性は想像していたよりずっとフレキシブルで低速からトルクがある。MTではあるが、速度がいったん落ちてからの加速でも、シフトダウンせずにそのままアクセルを踏み込んでも車速が乗る。センタータンクレイアウトなのでボディー剛性にやや不安があったのだが、完全に杞憂(きゆう)だった。加えてインテリアの質感も高く、日常使いも十分可能という印象を持った。
こうして初代から9代目までのシビックを一気に試乗してみると、この50年のクルマの進歩がどれほど大きなものだったかを実感する。エンジンやトランスミッション、足まわりの高度化に、デザインやボディータイプの変容。9台のシビックには、日本における自動車技術の革新と世相の変遷が、確かに表れていた。
今日では、今まで以上に自動車を取り巻く環境は大きく変化している。現行の11代目や未来のシビックが、どのようなクルマとなっていくのか。それらのシビックに触れ、未来の人が今という時代をどのように評するのか。半世紀の歴史を誇る大衆車のこれからに、一層の興味が湧いた。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=本田技研工業/編集=堀田剛資)
鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。
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