超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。

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ブログを毎日書くことが生きがい。

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ブログを毎日書くことが生きがい。

今日は休みなのでだらだらとブログを書く。


本日は日曜日。完璧に休養日でございます。最近は週5日で働いているので、土曜日と日曜日で平日の疲れとストレスを取らないとならないので、ぼちぼちといろんなことをやりつつストレス解消を行ってございます。


イラストも進捗的には途中までは終わってるんだけどさ、twitterとかでは進捗を細かく報告しているけど、ブログではある程度まとまった所で報告したほうが良いのかな?と今思った。まー、僕は雑多な趣味が多すぎて、まとまりがない情報発信を行いがちではあるけども、やっぱりある程度は読まれる文章を書かないと独り言をつぶやく羽目になる。


これから先の活動方針もどうするか全くのノープランだよ。今はなんとなく惰性でイラストを描き続けているけど、興味が赴けば再び小説執筆に戻ることも考えられる。てかさ、僕は究極的には、自己表現をして自分の想像している情景を自分の納得できる形で具現化できればよいだけであって、別に媒体はイラストに限らず小説だろうが、プログラミングだろうが、ブログであろうとも構わないと思っていますがね。


ブログはまぁ、面白いよね。毎日こうやってひたすら毎日更新を続けているのは、別に見栄を張ってる訳でもないんだよね。ブログを毎日書き続けるのは苦しいけど、書き終わったあとの文章を自分で読み返すと、少しずつ自分が変わっているのがはっきりと見て取れるのが面白い。


なんかさ、僕はしつこく5年近くも毎日更新を続けてきたけど、その間にも、就職が決まったりとか、嫁さんと付き合い始めて結婚したりだとか、人生の大きなイベントが色々と書かれている。他の人のブログを読んでいて面白いと思うのもこういう点で、長い間、その人の更新を追い続けていると、ライフイベントが起きて立場や考え方が変わっていくのが見られたりする。


ブログを毎日更新を続けながら、他のいろんなブログ仲間の人たちと生活を共有していると、人間の考え方の形というのが見えてくるような気がする。世の中には素晴らしい人もいれば、情けない人もいる。それらの人達が自分の思いを屈託もなく文章に託して、ネットの海に放流していく。そうやって流れてきた文章を読みながらその人の気持とか考え方を共有していると、なんか、人間って面白!みたいな気分になってくるんだよね。


人間を観察してみて面白いなーと思うのは、他人のブログを読んでる時だけに限らず、自分のブログを読んでいるときも感じる。過去ログは大量にあるので、暇なときに自分のブログを読み返すことがよくある。そうやって自分のブログの過去ログを第三者のつもりで読みふけっていると、色々と感心することがあったり、矛盾点に気がつく。


僕が思い込んでる自己イメージとしては、そこまで情に流されず冷静沈着で、なすべきことだけを実行していくのが自分だと考えていたりもする。だけど、自分の過去ログを読み返すと、恥知らずにも拙い意見で世の中に意見しようとしていたり、炎上をヲチしてくだらん言及をしている記事もあったりして笑える。


それ以前に、このブログの2016年の毎日更新を始めた頃というのは、統合失調症の陰性症状で人間としてどうだろう思う程度まで生活レベルが落ちていた。ブログの毎日更新をしようと思い立ったのは認知機能低下のリハビリのためだったのよ。それからひたすら日々淡々とログを刻み続け、社会復帰まで至れたのは、我ながらかなり凄いことじゃないか?と思う。現状の状況を考えると、統合失調症から寛解して完璧に立ち直っていると言っても過言じゃないかもしれない。そういう闘病のログをきちんと確認していると、この人の根性はすげーなと思う。手前味噌ではあるが。


たまにこのブログは死ぬまで書き続けるとか書いてたりするけど、これは別に冗談とか比喩表現じゃなくて、まじで死ぬまで毎日更新を続けてやろうという考えの元で言ってることなんですよね。このブログは他人に読ませる以前に自分の日記帳の役割も果たしているのですけど、こうやって毎日記録を続けてきたからこそ、自分の強み弱みみたいなものが理解できた。日記を書く用途であるだけならば、ローカルのメモ帳にでも綴っておけばよかったのかもしれないけど、こうやって不特定多数の誰かが読む場所にテキストを綴り続けた結果、人に恥ずかしい所を見せるのは情けないと思って、自分をより良い方向へ高めようというモチベーションになった。


こうやって15年近くも情報発信してネット人格のようなものを育ててみると、書き綴って皆様にお届けしている文章こそが本当の自分の感じもしてくるんですよね。もちろん、自分にもリアルがあってそっちでの生活もあるんだけど、ブログの過去ログなどを読み返してみると、その時その時の本音をもろにぶち撒けている。無論、過去と今で意見の間に矛盾が生じたりもしているんだけど、その矛盾も含めたうえでこの過去ログすべてが、僕という生きたコンテンツなのだという結論に至ったのである。

まとめ


僕はネットは自分の遊び場だと思ってる。20年近く前、2chでそこらの名無しと遊んでいた頃から、ネットのカルチャーを吸収して、そのなかで呼吸をしながら生きてきた。ネットとの付き合いは死ぬまで続くだろうし、その間も世の中の流れを観測しつつ、自分という個体のままで存在し続けてやろうと思ってる。


こうやって自分の文章を積み重ねた場所というのは、それらの文化を感じ取りながらその中で思ったことを率直に書き綴ったログの集積場みたいなものだ。ここで書かれているコンテンツ群こそ、自分のアイデンティティをはっきりと表していると思う。僕はこうやって積み上げたログに自負心まで託してしまったのだね。


世間ではYoutubeが流行っているようだけど、そういう流行りのカルチャーも取り入れつつもネットを遊び場として僕は存在し続けようと思う。Youtubeでも適当になんか街歩き動画とかそんなの作りつつも、ブログは毎日更新続けたりとかさ、世の中の流れを取り入れつつも自分のカラーで情報発信し続ける。どうも自分の生きる意味ってそういうところにありそうである。

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