中国の裏庭とも呼べるミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ヴェトナムに広がる東南アジア大陸部を舞台に中国主導で進められている高速鉄道ネットワーク「泛亜鉄路」の進捗状況に関しては、これまでも折に触れて論じてきたが、7月に入るや関係各国の間で新しい展開がみられるようになった。
これまでの経緯からして、一連の動きが順調に進むとは思えない。だが紆余曲折を経ながらも、2005年段階で中国(胡錦濤政権)が明らかにした構想に沿って泛亜鉄路が南下を続けていることは紛れもない事実である。
確かに遅々とした歩みではあるものの、泛亜鉄路をめぐる目下の国際環境から考えるなら、その“果実”が当初の狙いに近い形で中国の手に収まってしまう可能性は十二分に想定できる。そうなった場合、東南アジア大陸部からマレー半島(マレーシア、シンガポール)へと跨がる広大な地域に及ぶことになる中国の影響力を押し返すことは、外交・軍事・経済などの諸要素を統べる総合的な国力で対応しない限り、やはり容易くはないはずだ。
「グローバル・サウス」の一角として自立し始めたASEAN
7月11日、NATO(北大西洋条約機構)はワシントンで開催したサミットで、「NATOとインド太平洋諸国(公式声明は「オーストラリア、日本、韓国、ニュージーランド」の順番で表記)との間の『強力で深化した協力』」を強く打ち出している。
ズルズルと長期化しつつあるウクライナでの戦争が突きつける現実を前にして、アメリカをはじめとする西側諸国としては、中国の動きを強く牽制する布石を打たなければならない。であればこそ、今次サミットを機に中国包囲レベルの一段の引き上げを目指すのも当然だと言える。
だが、東南アジアの現在、ことに泛亜鉄路に限って2005年以来の経緯と現状に基づいて判断するなら、NATOが掲げる「強力で深化した協力」は“口先介入”に止まってしまう可能性は否定できそうにない。それというのも、この地域との関わりを俯瞰した場合、「NATOとインド太平洋諸国」のうちで中国を凌駕するほどに深くコミット――プラスとマイナスの両面を含め――している国など、とても思いつかないからである。
たとえば、①軍事大国にはならず世界の平和と繁栄に貢献する、②ASEAN(東南アジア諸国連合)と「心と心の触れあう信頼関係」を構築する、③ASEANの対等のパートナーとして、この地域の平和と繁栄に寄与する――を柱とする「福田ドクトリン」を1977年に掲げて以来、官民共々にこの地域に深い関心を払い、親密な関係の構築に積極的に取り組んできた我が国であっても、そう安閑としてはいられそうにない。それほどまでに中国の進出は急なのである。やはり、この点は素直に認めるべきだろう。
この地域を統べるASEANにしても、発足当初の反共軍事同盟の色彩が消え失せて久しいことはもちろんだが、それ以上に自立化に向け大きく歩み出した事実は否めそうにない。かつて見せていた“弱小国の寄せ集め”であるがゆえの他力本願の傾向と脆弱性は影を潜めた。ミャンマー内戦に典型的にみられるように内部的には複雑な問題を抱えてはいるが、対外的には“1つの塊”として国際社会における存在感を着実に拡大させている。
だからこそアメリカを軸とする西側の国々が「法の支配」や「民主主義」、「力による現状変更は認めず」、あるいは「自由で開かれたインド太平洋」などと“高邁な理念”を掲げて中国包囲の陣営への協調を求めたとしても、かつてのように唯々諾々と従う可能性は低い。それがまた現時点における「グローバル・サウス」が醸し出す存在感といったものではなかろうか。
年間利用者3000万人、「中老鉄路」で活性化するラオス経済
ここで泛亜鉄路構想が歩んだ経緯を、改めて概観しておきたい。
一般に我が国メディアにおいても、泛亜鉄路は中国が習近平政権発足直後の2013年に内外に向けて掲げた一帯一路構想の一部であるかのように受け取られ、報じられてきた。だが歴史的に振り返って見るなら、むしろ泛亜鉄路が一帯一路の原型、あるいは前者が後者の背中を押した、と考えられるのである。
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