日本版ライドシェアが各地で導入され、改めてタクシーの「インフラ」としての機能が注目されている。しかし、衰退が進む地方のみならず、100万人を超える大都市圏であっても、タクシーの「地域格差」は広がるばかりだ。地方のタクシー事業者向けサービスに特化し、全国約500の法人と契約する注目のスタートアップ「電脳交通」の取組みを通じて、ノンフィクションライターの栗田シメイ氏がその実態と処方箋を探る。
保有タクシー1台で営業を続ける社も
タクシー業界における地域格差は地方ほど正確に把握することが困難である。地方と一言で括ってもその階層はいくつかに分かれる。例えば人口100万人を超える大都市圏でも、タクシーが激減している地域もあれば、20万人規模の都市でも駅でタクシーが捕まらない現実もある。さらに過疎地では、保有タクシー1台のみで営業を続ける社も存在する。ただし、いずれの地域でも共通しているのは、「電話での配車が年々困難になっている」という声が聞こえてくることだろうか――。
タクシー無線の普及に取り組んできた一般社団法人「全国自動車無線連合会」は、今年10月での解散を決定した。配車アプリの普及などを背景に、無線局は2003年のピーク時の約23万局から4分の1強にまで減少していた。
神戸市に本社を置く、あるタクシー会社の代表は筆者にこう打ち明けた。
「ほんの数年前まで高齢者の方に無線配車で自宅に呼ばれ、病院や買い物に行かれている間にメーターを進めっぱなしにしておくという流れは“上客コース”でした。ですが、今は需給に対して圧倒的に供給が足りていないから、タクシーアプリが鳴りっぱなしです。病院に行かれるにしても、“待ち”はお断りして、もう一度呼んで頂くことにしています。短距離移動が多い常連さんの電話は、分かっていても取れないことも多い。そうなると無線配車はコストがかかるだけで、正直経営的には必要ないわけです」
インフラの視点で見れば、他の交通の選択肢が限定されるため、都心よりも地方に向かうほどタクシーの果たすべき役割は大きくなる。人口減や経営難、ドライバー不足を背景としたバスや鉄道の縮小・撤退に加え、高齢者の免許返納も進む。特定の自治体では利用者の予約に応じて運行するデマンド交通の試みもなされているが、ドライバーがボランティア主体のため持続性には疑問が残る。地方都市が直面するこれらの課題は、おそらく今後も劇的に改善されることはないだろう。それゆえ、地場のタクシー会社ほど危機感を持っているというのが実状だ。
「福岡・熊本」と「鹿児島・宮崎」の違い
地方公共交通の維持・存続に特化し、タクシー事業者向けのサービス提供で注目される新鋭企業が「電脳交通」だ。徳島県に本社を置く同社は、全国に3カ所ある配車センターからのタクシー配車業務の代行、クラウド型の配車システム(空車の車両と顧客注文のマッチングシステム)の2つを主力製品とし、15年に開業した。全国47都道府県で、約2万台、約500の法人タクシーが同社と契約しているという。
社や地域別の特徴をヒアリングした上でサービスを提供するという性質上、業界の地域差を深く理解し、事業者からの切なる声も届いている。同社代表の近藤洋祐氏は、地方タクシーに起きている変化についてこんな見解を示す。
「タクシー会社として勝てる地方、それ以外の地方が明確化されつつあります。今、全国で9割の法人タクシーが存続の危機にあると言われています。例えば四国でも、香川、愛媛といった観光客を取り込めている地域と、徳島、高知では大きな開きが生じている。九州でも半導体バブルに湧く熊本や福岡に対して、それ以外の鹿児島や宮崎の事業者は打つ手がなく苦しんでいます。北陸新幹線が県内全線開通した恩恵を受ける石川県と、それ以外の北陸地域、中国地方全域も同様のことが言える。観光客を取り込めていない地域ほど、弊社と契約数が多いのです」
タクシー事業者にとって地元の観光資源はその売上を大きく左右する。
より特徴的なのが西日本の事業者でもある。同社の契約の半数以上が西日本エリアだという。これは電脳交通の本社が徳島に置かれていることも一因だが、より重要なのは法人タクシーの業界動向に東西差があることだ、と近藤氏が続ける。
「東京を中心とした関東の大都市圏では、保有台数の増大を目的とした大手社による中小企業の買収が加速度的に進んでいます。それも非常に安価で、中小の側ではとにかく手放したいというタクシー事業者が目立つ。これはもはや抗えない流れです。西日本では、若干その流れが緩やかでもあります。オーナー企業で先代から受け継いだり、他業種から来た若い経営者が、DX化で業務効率を改善したいという意見も少なくない。その意識差が数字に表れているとも感じます」
タクシー業界の多くを占めるのは中小・零細企業だ。22年時点で保有台数10車両までの割合が68.6%、従業員10人までが63.8%となる。(国土交通省調べ、ハイヤー・福祉事業も含む)
興味深いのは、1989年時点で5677だった法人数は、22年時点で5580社とほとんどその数を減らしていないことだろう。一方で法人車両数は、約3万台減少している。つまり、中小・零細企業の割合が減少しない中で、元々の中小業者はさらに保有台数が減っているという現実がある。同社はこの点に目をつけ、ビジネスを展開した側面もある。
「私達が注力したのは、いかにコストを圧縮できるかということでした。買収が進めば、業務の統合・効率化をシステムで求める企業が出てくる。また、車両数が減っているということは1台あたりの単価を上げるための業務フォローが求められる。オペレーターもドライバーも全員がこなすような過疎地では、無線配車フローを委託できるシステムがあれば大幅なコスト減に繋がると考えたのです。最近まで全くDX化が進まなかった業界だけに、システム導入によって配車や人員配置も効率化され、地方タクシーのコストは着実に減少してきている。それでも乗務員が集まらないため廃業、身売りする事業者が出てきてしまう、という現実があります」
「ピーク時には1時間半待ち」
近藤氏は、祖父が経営者である徳島県の「吉野川タクシー」でドライバーとして働いた過去がある。保有台数は9台と県下最小規模でもあり、それゆえに零細企タクシー会社の経営の難しさを身をもって感じてきた。例えば、徳島市のような人口約25万人の中核都市の現状についてこんなことも感じている。
「徳島市内で稼働するタクシーは200台前後。これは実は県内の登録台数の約6割程度の数字です。それが4日間で100万人強が訪れる阿波おどりのようなイベントの際だと、全く足りなくなるわけです。今年の阿波踊り期間中、ずっとタクシープールを観察していましたが、ピーク時には1時間半待ちの状態でした。徳島市ですらそんな状態で、これでは観光客の再訪にも繋がらない」
タクシーの場合、地方に行くほど配車アプリは普及しておらず、住民への浸透度も低い。まだまだ無線配車に頼らざるをえない現状がある。そして、地方の零細企業ほど電話配車での売上げが大半を占めるが、電話を受ける人員を確保できず、できたとしてもコストとして重くのしかかり、苦しい経営状況も目立つ。
実はコールセンターの委託事業はタクシー業界において目新しいものではない。様々な企業が参戦してきたが、結局採算が合わずに大半が撤退していった。電脳交通は創業時から8年間の試行錯誤の末、研修に注力し、オペレーター1人1人の作業効率を上げることでコスト維持を図り、事業継続を実現してきた。現在同社は、約100名のオペレーターで業務を回している。
「私がタクシー業界に入った15年前と比べ、地方の稼働台数、電話予約は感覚的には半分程度になってしまっています。もはや夜は全く稼働できない、という地域も出てきた。本来、人口が少なく、交通手段が限られる地方ほどお客様のリピート率が高いはずが、今の無線配車の大半は新規のお客様になっている。タクシーが呼べないから違う会社に電話して、を繰り返し、リピーターになれないんです。なぜそうなるか、というとタクシーが足りないから。これは山口や島根、徳島や高知、富山や福井、和歌山に鹿児島、宮崎のような地域で顕在化しています」
最近ではタクシーの初乗り料金の値上げが実施されている。
「全国的な乗車料金の値上げが実施されたことは地方ほど影響を受けています。都心部のように迎車や予約料金を取るとお客様が離れてしまうジレンマもある。価格に敏感な地域も多く、元々取っていなかった迎車料金を取ることのハードルも極めて高い」
神戸のタクシーは10年後になくなる
一方で、100万人都市でもタクシー業界の明暗が浮き彫りとなりつつある。例えば大阪では日本交通グループが積極的な買収を見せれば、新興企業の「newmo」も老舗タクシー会社の買収を進めている。京都では「MKグループ」、福岡では「第一交通産業グループ」、都市の規模は違うが沖縄県では「沖東交通グループ」がシェアを爆発的に伸ばしている。そして、神戸では「ロイヤルリムジングループ」が参入10年足らずでシェアナンバーワンとなった。
筆者はこれまで全国でタクシーを取材してきたが、大都市圏の変貌には注視してきた。特に神戸は都市の中でも、最も衰退が激しいエリアの1つだと感じている。コロナ禍以降で、ビジネスでの需要が急速に落ち込み、観光でも宿泊地として選ばれることが少なく、夜の利用が減少している。これらを背景に、タクシー法人の廃業や譲渡、合併が目立つ。ロイヤルリムジングループ代表の金子健作氏が、神戸市の状況をこう説明した。
「神戸市は山間部が広がり、坂道も多いため、タクシーは地域の足としての必要性が高い。しかし高齢化が進み、若年層は大阪に流れて年々人口が減っています。ビジネス客の利用も減り、客単価は1000円前後が大半。神戸では10年後にはタクシーがなくなるのでは、とすら言われています」
「それに伴い、身売りしたいというタクシー事業者も増加した。ただし、一定の需要も根強くもある。横ではなくて、縦の移動の需要、つまり坂道の高低差を抜ける短距離移動です。神戸はこの需要に対して供給がマッチしていないエリアでもあるんです」
神戸市は昨年人口150万人を切った上、京都市や大阪市など近隣都市に比べてインバウンドが低迷している。ベイエリアでは新たな水族館が開館するなど、多くの観光施設も作られているが、現状は厳しい。
また、神戸市に近い例として前出の近藤氏は新潟市を挙げた。
「人口減が止まらず、観光では近隣県に遅れをとっている。自治体の活力の低下から、人の採用に苦労しているエリアでもある。新潟のタクシー業界も強い危機感を持っていますよ」
地方の惨状を知る近藤氏が提起するのは、地域と連携した上でのDX改革、人員確保だと言う。
「私は地方ほどライドシェアが徐々に普及する必要があると感じています。徳島ではタクシーアプリはまだ広く普及していませんが、フードデリバリーサービスはある程度普及している。都心と違い、地方はフードデリバリーの配達を車で行うことが多い。そのリソースを利用し、ドライバーを確保するのも1つの案だと考えています。ほかにも例えば市と連携して一般社団法人を立ち上げ、そこで地域として公共交通の担い手を確保していく。実際に既にそういった活動も始めています。それができないと、地域の人的資源を確保できないという問題意識を強く持っています」
身売りや統廃合、コールセンターの委託、営業時間の短縮――。地方タクシーは、業界でわずか1割とも言われる生き残りの枠をかけて、その道を模索している。