高齢者労働者対策の再雇用義務化が短期的に若年者雇用を下げうるかについての昨日のエントリーが、濱口氏から主旨が不明瞭と指摘されている(EU労働法政策雑記帳)。
再雇用時には雇用契約の見直しができるので、高齢者の労働生産性が低下しているとしても、賃金水準を抑えることができる。ゆえに濱口氏から『賃金が高すぎるというのではない「生産性が低下する」ような「老害」とは何なのでしょう』と言う疑問が提示されている。
組織全体の労働生産性を下げる現象として老害を考えているのだが、具体性に欠ける議論になっていたのは否めない。実のところ全国からの老害自慢を怖れて不明瞭にしていたのだが、ありうるケースを考察してみたい。
1. 新規事業への抵抗勢力としての老害
若者の邪魔をする老人がいて、老人の追加的な生産物はマイナスになるケースを考えよう。既存事業を整理し、新規事業を立ち上げるケースなどが典型的になりそうだ。典型的には老人は既存事業に適した技能を身につけているし、将来的な会社収益の維持に関心が無い。新規事業へ会社リソースを注ぐ事に有形無形の抵抗を示すことになる。
2. 既存事業の縮小は損失発生まで出来ない
経営者が生産性マイナスの老人を解雇すれば良いように思えるが、既存事業の期待利潤がマイナスで、新規事業の期待利潤がプラスだからと言う理由では整理解雇はできない。懲戒解雇や普通解雇が出来る気もするが、抵抗が提案に対しての反対・無視・非協力的態度などであれば、該当しないであろう。既存事業が実際に大きな赤字を出せば整理解雇も可能だが、未然に防げないと言う意味で損失を拡大している。
3. 年功序列型の雇用制度は老害を促進しやすい
「年功序列のメンバーシップ型雇用だったと指摘しているわけだし、企業利潤を損なっても序列崩壊を避けようとするかも知れない」と言う部分が非経済理論的に見えたようなので、補足したい。コーポレート・ガバナンスの問題から、年功序列型の雇用制度は弊害を誘発しやすい可能性がある。
仮に61歳~65歳が会社に居残るとしても、再雇用なので閑職に追いやる方法もある。しかし年功序列型に発言力が高まるとすれば、定年間近の強い発言力を持つ人々は閑職に高齢者を再雇用することを避けるかも知れない。役職者が同期に対して大きな顔をしたい為に、高齢者待遇を良くするケースなども考えられる。これらは企業利益を損なうが、個人の効用最大化になるため、経済合理性はあるわけだ。
4. 政府による再雇用の強制が正当化されるのか?
高齢者労働者対策の再雇用義務化で懸念されているのは、それが義務だと言う事だ。利潤最大化の結果、企業が高齢労働者の雇用量を増やすのであれば効率性が維持されるわけだが、政府が強制している場合はそうでは無い。
老人が有用であれば自発的に高齢者の労働力を活用して来たはずだと言う批判はありうるわけで、年齢別常用有効求人倍率を見ても高齢者は不人気ではある*1し、構造的な問題を抱えている可能性は否定できない。
また年齢で技能や体力に変化があることから、高齢者が同じ企業内で働き続ける事が合理的とは限らない*2わけで、企業が社会的に最適な人材配置を達成できるかは疑問が残る。転籍や派遣の活用を考えるにしても、全ての企業がそれが出来るわけでもない*3。
5. 変革を促すメッセージとしての再雇用義務化
ここまで風が吹けば桶屋が儲かる的に、高齢者労働者対策の再雇用義務化で老害が問題になるケースを考察してきたが、誤解されていると思うが、政策の是非を議論しているわけではない。それには長期的な視点が重要になる。
長期的にはジョブ・スロットが一定と言う事は無く、老人が若者の雇用を奪うことが無いと理解されている。高齢者が労働することで公的年金の支給開始を遅らせることができるのであれば、若者世代にとっては得になる(関連記事:高齢者雇用対策と若年失業率)。
労働市場の摩擦を解消できれば、短期的な弊害は問題なくなる。高齢者の労働供給が増加することは目に見えているので、労働需要側もそれに対応できるように変革を促すメッセージを送ることは悪いことでは無い。企業倒産を考えれば経営者が完全予見的とは言えない*4ので、啓蒙活動が否定されるわけでもないであろう。
*1定年後も公募で働き続けないといけない人材に、何らかの問題がある可能性はある。
*2特定企業に特化した技能を持つと言う意味では、合理的である可能性は高い。
*3転籍や派遣の受け入れ先が見つからないと言う理由で解雇できるわけでも無いであろうから、マッチングが上手く行かないときは企業側の負担となる。
*4摩擦が自発的に解消されて、高齢者の労働需要が自然に増えるのが理想だが、高齢者の労働供給が増えたあとに、高齢労働者を活用しようと言う取り組みが増えて混乱が発生する可能性は低くない。
貴社の経営者も若い子が大好きで、年寄りに対する注意関心は低いはずだ。某ゲーム開発会社の経営者が「社員の3分の1を20代にしたら、問題の7割は片付く」と豪語して800名以上を退社に追い込み、ゲーム開発能力を著しく落とす結果になった事例などもある(スクエニ和田「解雇したら開発が弱くなっていた」)。個別の問題であれば淘汰なり学習なりしてもらえば良いわけだが、公的年金の給付開始年齢引き上げは全国的に一律に発生する。
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