65歳までの再雇用義務化に関する労働経済学者の安藤至大氏のツイートに、労働政策学者の濱口桂一郎氏が「本質を取り違えた問題設定」と批判している(EU労働法政策雑記帳)。
安藤氏は労働市場の摩擦もあり、この摩擦が短期的な雇用量を左右してしまう可能性を指摘しているだけに思う。例えば、高齢者の再雇用義務化で老害が発生して労働生産性が低下するのであれば、雇用水準が逆に低下するケースも考えられる。
1. 摩擦の無い労働市場の短期的状況
労働市場の需給均衡でミクロ経済学的に摩擦の無い状態を図示してみよう。
現在は労働供給曲線がS1-S1、労働需要曲線がD1-D1、均衡がE1にあるとする。ここで65歳まで労働供給されるので労働供給曲線がS2-S2にシフトし、均衡がE2になる。長期的には賃金も回復すると思われるが*1、ここでは議論を簡略化し、短期的には賃金が下がり雇用量が増えるであろうと言う議論にする。
2. 摩擦のある労働市場の短期的状況
労働市場の摩擦を導入してみよう。定年延長ではなくて再雇用義務化で待遇は下げることが出来る事から賃金の下方硬直性では無くて、老害が発生して生産性が低下するとしよう。
生産関数f(・)の下方シフトが発生する。
労働の限界生産物f'(・)も低下するので、それと等しくなる労働需要曲線も低下する。
65歳まで労働供給されるので労働供給曲線がS2-S2にシフトしたのに、老害で労働供給曲線もD2-D2にシフトしたため、均衡がE3になってしまった。賃金が下がるだけでは無く、雇用量も減ってしまう。高齢者は解雇できないため、若者の新規雇用が減ることになる。
3. 問題は老害による労働生産性低下を防げるか
問題は労働生産性が低下しないか、つまり老害を押さえ込み、熟練労働者の技能を活かせるかと言う事だ。再雇用義務化に関する本質はここだと思われる。あとは老害に対する認識が問題になる。
濱口氏は「正当な理由があれば雇用の継続を希望する人であっても雇用を終了して構わない」と指摘しているが、老害が解雇事由に相当するのかと言うと疑わしい。例えば老害の正体が『若手が年配者に意見をしづらい雰囲気』であれば、企業側に職場環境の工夫が求められるわけだ。
社会変革は必要なので短期的なフリクションを恐れるばかりでは良くないが、短期的なフリクションを無視するのも問題な気はする。濱口氏も日本企業は年功序列のメンバーシップ型雇用だったと指摘しているわけだし、企業利潤を損なっても序列崩壊を避けようとするかも知れない*2。
4. 自発的に65歳まで雇用を行わなかった理由は何か?
実のところ65歳までの再雇用義務化に関しては、労働生産性に影響が無いなら法令が無くても65歳まで雇用されていたのでは無いかと言う疑問が残る。企業が自発的に高齢者雇用に取り組んで来なかったのには、何か理由があるはずだ。定年自体の影響もあるのだが、年齢別常用有効求人倍率を見ても高齢者は不人気だ。
加齢で労働生産性が落ちているのに年功序列で高齢者の給与水準が高くなりすぎているとか、61歳で引退するのが社会的風潮で高スキル労働者の労働意欲が低かったなどなら良いのだが、それ以外の解決不能な老害が心配されるのも不思議ではない。
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