2008年 04月 14日
ヘッジファンドは「嘘の牙城」? |
4月9日のBloombergに、「Hedge Funds Come Unstuck on Truth-Twisting, Lies」(「ヘッジファンドはうその牙城か、運用能力の再検討を」)というコラムが載っていました。ご覧になって色々なご感想をお持ちの方も多いかと思いますが、内容はざっくりとこんな感じだったと思います。
>過去10年ちょっとの間、ヘッジファンドは多くの資金を投資家から集め、高い成長を遂げて来た。その理由は、高い成功報酬フィーに強くインセンティブ付けされた優秀な運用担当者が、上げ相場では高いリターンを上げ、下げ相場でも損失を回避する、という分かりやすい「売り文句」のおかげだった。
>しかし実態は、08年の第一四半期には多くの大手ヘッジファンドが破綻し、業界全体のリターンも過去6年で最悪となった。98年に破綻して世界を震撼させたLCTMを率いていたJohn Meriwether氏の新たなファンド、JMW Partnersも、日本国債の価格変動によって大きな損失を出した。
>ヘッジファンドのマネージャー達は、投資家に約束したリターンを出せなかった際に、虚偽の報告をすることがしばしばあるようだ。一部の大学の研究結果によると、リターンは10%程度ごまかされて報告されることもあると言う。
>ヘッジファンドは、人が考案した戦略を真似るだけの「詐欺師」にも運用出来るものであり、高い報酬をもらいながら相場の上昇を祈っているだけの人や、リスクを取れるだけ取って運良く勝ち逃げようとする人もいる。
>しかし、本当に良いマネージャーと詐欺師マネージャーを区別する仕組みを作るのは困難である。
>要するに、ヘッジファンドの基盤となっているスキルの裏付けの大部分は「偽り」であり、投資家はさっさと資金を引き上げるべきである。正しいリターンが報告されるよう規制も強化すべきだし、リターンの質もより深く分析されるべきだ。
・・・私の周りでは、著者のコラムニストがどこまでヘッジファンド業界を理解しているのか疑問との声が多かったですが、感じたところを書いてみたいと思います。
そもそもヘッジファンドとは、という話ですが、これは投資信託など市場との相対パフォーマンスを基準に運用される「伝統的」投資手法と異なり、絶対的リターンを狙う「代替的(オルタナティブ)」投資手法の代表的存在です。
投資家は、ポートフォリオのリスクを分散させるために、伝統的投資とのリターンの相関性が低いオルタナティブ投資へのアセットアロケーションを増やす傾向にあると言われており、それがヘッジファンド業界の成長につながっているのは、コラムニストが指摘している通りです。
またヘッジファンドは、その名前が示す通り、市場リスクを回避(ヘッジ)するような戦略に起源があると言われており、その意味では「市場が下がっても利益を上げるはずだろう」という批判も、当たらずとも遠からずと言えるかもしれません。
しかし今日のヘッジファンド業界には、単純に市場リスクをヘッジするだけではなく、様々なストラテジーが存在します。(過去のエントリー参照)
どのヘッジファンドも、絶対リターン(と投資家資産の保全)を目指して運用されていることは共通していると思いますが、市場リスクをいかにヘッジするかや、どの程度までのリスク(レバレッジ)を許容して投資を行うかについては、戦略や各ファンドによって大きく異なるのが普通です。
例えば記事で取り上げられていたMeriwether氏の投資戦略は、市場のボラティリティが中間値に回帰することを前提としたものだと聞きます。だとすると、ボラの高い状況が想定以上に続いた場合は苦しいかもしれませんが、伝統的債券投資のリターンとの相関が低いと思われる同氏の戦略が、ポートフォリオを分散させたい投資家から高い関心を集めたことは想像に難くありません。
要するにヘッジファンドの投資家は、各々のリスク許容量と投資目標に従って、特定の戦略へのアロケーションを決めていると考えられます。よって「業界全体のリターンが、今クオーターは何年来最悪だった云々」という議論には、投資家はあまり関心がないかもしれません。
むしろ「ヘッジファンドのリターンが伝統的投資に近い」という議論が起こった場合の方が、オルタナティブ投資としての魅力に疑問が呈されることになるため、投資家の関心を引くかもしれません。
ただ2006年末に「ヘッジファンドは高いフィーを取るくせに、リターンがS&P 500のリターンに近かった」という議論がありましたが、株式市場が好調だった1年だけのリターンと比較する意味も疑わしい上、「ヘッジされた」ポートフォリオで「無ヘッジの」市場リターンと同等の結果が上げられれば、リスクの観点から極めて魅力的と言える気がします。
次に、虚偽の報告をするマネージャーがいると言う話ですが、これが事実であったとすれば、結論部分にあったような追加の規制は、業界としても歓迎すべきところな気がします。と言うのも、世の中に簡単に儲かる仕組みなど存在するわけもなく、ほとんどのヘッジファンドは、激しい競争に晒されながら、必死に投資家資産の運用業務に当たっているからです。
こんな話は書くまでも無いかと思いますが、一部に問題あるマネージャーがいるからと言って、まるで業界全体がイカサマ師の集まりのように書くというのは、エンロンのような企業があるから上場企業の仕組みは機能しないと言うに等しい、大きな議論の飛躍な気がします。
ヘッジファンドは、プロの投資家だけが投資出来る私募ファンドであり、投資家はリスクとリターンを慎重に見極めた上で投資をしています。そのプロセスにはマネージャーの信頼度チェックも当然含まれており、これは個別株に投資する際に経営陣のクオリティを気にするのと同様です。このコラムニストの議論は、そういった投資家の能力も過小評価している気がします。
更にこのコラムでは、ヘッジファンド批判にありがちな、報酬が高過ぎるという話も絡めてイカサマファンドマネージャーの批判がしてありましたが、報酬体系も結局は「需給」で決まっており、評判の悪いファンドや戦略は徹底的に研究されて、フィーに下方プレッシャーがかかるのではと想像します。ここでも筆者は、投資家の能力を過小評価していると言えるかもしれません。
ヘッジファンドの運用技術がイカサマだと言う批判は、ある意味で投資信託への批判とも似ているかもしれません。株式運用の名著「ウォール街のランダムウォーカー」でも、アクティブ運用の投資信託が高いリターンを上げられない理由が延々と説明してあり、結論として著者は、パッシブ運用(インデックスファンド)を投資家に強く勧めています。
その議論が正しいかどうかは分かりませんが、恐らくアクティブ運用の投資信託が無くなることはなく、これは世の中には様々な運用ニーズが存在するためであると考えられます。そしてその先にあるのが、伝統的資産運用とリターンの相関性を低くする、ヘッジファンドを含むオルタナティブ投資なのではという気がします。
また資産運用業界全体のトレンドも、ヘッジファンドの成長に少なからず影響していると考えられ、先進国で急速に進む高齢化や世界で進行するコモディティブームが、先進国で長期金利を低く抑えている結果、長期資金の魅力的な運用先を必要とする資産(リクイディティ)が増えているという議論には、ある程度の真実がある気がします。
・・・と色々考えていたら、このコラムが出た翌日に、ロンドンにあるヘッジファンド業界団体のThe Alternative Investment Management Association(AIMA)から、反論のコメントが出ていました。
「ヘッジファンドは不当な批判のターゲットにされている」というこの反論の内容は以下のような感じです。
>ヘッジファンドは、ボラティリティの非常な高まりと資産価値の下落の中で、投資家に絶対リターンをもたらすという仕事を果たすべく努めている。にも関らず、最近また不当な批判の波に晒されてる。
>ヘッジファンドは、下げ相場でも資産の保全を図ることを可能とするような、様々なアセットや投資戦略を提供する投資ファンドである。ヘッジファンドが提供する、ポートフォリオの価値を保全するスキルは、独特のものである。
>ヘッジファンドが採用している投資手法は、金融業界のイノベーションの結果であって、不当に批判に晒されるべきものではない。またヘッジファンドは、市場に流動性を供給する重要な役割を果たしている。
>ヘッジファンド業界全体を一つのアセットクラスと見なして、過去12ヶ月のパフォーマンスを見ると、グローバルの株式市場が10%以上下げているのに対して、極めて有効に資産価値を保全している。
>金融業界のいかなる分野でも、無責任な行動を取る者に対して相応の規制がされることは、歓迎すべきことである。しかしヘッジファンドは、世界中のメディアから、必要以上に規制されるべき存在として批判を受けている。我々はより公正な報道姿勢を期待する。
・・・これら議論に目新しいものはありませんので、特にコメントするまでも無いかと思いますが、内容は概ね的を射ていると言える気がします。
ちなみに同団体のウェブサイトによると、ヘッジファンド全体の過去12ヶ月の運用成績は-0.5%だったそうです。業界全体のパフォーマンスにどれだけ意味があるか分かりませんが、絶対パフォーマンスに報酬がリンクしているヘッジファンドとしては、いかなる状況であれ、ネガティブパフォーマンスは反省すべきところだと思います。
しかし同時期のS&P 500が-8.4%であったことを考えると、過去の株式市場のリターンと比較しても、資産保全やリターンのボラティリティの観点から、ヘッジファンドにはやはり魅力があると言えるかもしれません。
>過去10年ちょっとの間、ヘッジファンドは多くの資金を投資家から集め、高い成長を遂げて来た。その理由は、高い成功報酬フィーに強くインセンティブ付けされた優秀な運用担当者が、上げ相場では高いリターンを上げ、下げ相場でも損失を回避する、という分かりやすい「売り文句」のおかげだった。
>しかし実態は、08年の第一四半期には多くの大手ヘッジファンドが破綻し、業界全体のリターンも過去6年で最悪となった。98年に破綻して世界を震撼させたLCTMを率いていたJohn Meriwether氏の新たなファンド、JMW Partnersも、日本国債の価格変動によって大きな損失を出した。
>ヘッジファンドのマネージャー達は、投資家に約束したリターンを出せなかった際に、虚偽の報告をすることがしばしばあるようだ。一部の大学の研究結果によると、リターンは10%程度ごまかされて報告されることもあると言う。
>ヘッジファンドは、人が考案した戦略を真似るだけの「詐欺師」にも運用出来るものであり、高い報酬をもらいながら相場の上昇を祈っているだけの人や、リスクを取れるだけ取って運良く勝ち逃げようとする人もいる。
>しかし、本当に良いマネージャーと詐欺師マネージャーを区別する仕組みを作るのは困難である。
>要するに、ヘッジファンドの基盤となっているスキルの裏付けの大部分は「偽り」であり、投資家はさっさと資金を引き上げるべきである。正しいリターンが報告されるよう規制も強化すべきだし、リターンの質もより深く分析されるべきだ。
・・・私の周りでは、著者のコラムニストがどこまでヘッジファンド業界を理解しているのか疑問との声が多かったですが、感じたところを書いてみたいと思います。
そもそもヘッジファンドとは、という話ですが、これは投資信託など市場との相対パフォーマンスを基準に運用される「伝統的」投資手法と異なり、絶対的リターンを狙う「代替的(オルタナティブ)」投資手法の代表的存在です。
投資家は、ポートフォリオのリスクを分散させるために、伝統的投資とのリターンの相関性が低いオルタナティブ投資へのアセットアロケーションを増やす傾向にあると言われており、それがヘッジファンド業界の成長につながっているのは、コラムニストが指摘している通りです。
またヘッジファンドは、その名前が示す通り、市場リスクを回避(ヘッジ)するような戦略に起源があると言われており、その意味では「市場が下がっても利益を上げるはずだろう」という批判も、当たらずとも遠からずと言えるかもしれません。
しかし今日のヘッジファンド業界には、単純に市場リスクをヘッジするだけではなく、様々なストラテジーが存在します。(過去のエントリー参照)
どのヘッジファンドも、絶対リターン(と投資家資産の保全)を目指して運用されていることは共通していると思いますが、市場リスクをいかにヘッジするかや、どの程度までのリスク(レバレッジ)を許容して投資を行うかについては、戦略や各ファンドによって大きく異なるのが普通です。
例えば記事で取り上げられていたMeriwether氏の投資戦略は、市場のボラティリティが中間値に回帰することを前提としたものだと聞きます。だとすると、ボラの高い状況が想定以上に続いた場合は苦しいかもしれませんが、伝統的債券投資のリターンとの相関が低いと思われる同氏の戦略が、ポートフォリオを分散させたい投資家から高い関心を集めたことは想像に難くありません。
要するにヘッジファンドの投資家は、各々のリスク許容量と投資目標に従って、特定の戦略へのアロケーションを決めていると考えられます。よって「業界全体のリターンが、今クオーターは何年来最悪だった云々」という議論には、投資家はあまり関心がないかもしれません。
むしろ「ヘッジファンドのリターンが伝統的投資に近い」という議論が起こった場合の方が、オルタナティブ投資としての魅力に疑問が呈されることになるため、投資家の関心を引くかもしれません。
ただ2006年末に「ヘッジファンドは高いフィーを取るくせに、リターンがS&P 500のリターンに近かった」という議論がありましたが、株式市場が好調だった1年だけのリターンと比較する意味も疑わしい上、「ヘッジされた」ポートフォリオで「無ヘッジの」市場リターンと同等の結果が上げられれば、リスクの観点から極めて魅力的と言える気がします。
次に、虚偽の報告をするマネージャーがいると言う話ですが、これが事実であったとすれば、結論部分にあったような追加の規制は、業界としても歓迎すべきところな気がします。と言うのも、世の中に簡単に儲かる仕組みなど存在するわけもなく、ほとんどのヘッジファンドは、激しい競争に晒されながら、必死に投資家資産の運用業務に当たっているからです。
こんな話は書くまでも無いかと思いますが、一部に問題あるマネージャーがいるからと言って、まるで業界全体がイカサマ師の集まりのように書くというのは、エンロンのような企業があるから上場企業の仕組みは機能しないと言うに等しい、大きな議論の飛躍な気がします。
ヘッジファンドは、プロの投資家だけが投資出来る私募ファンドであり、投資家はリスクとリターンを慎重に見極めた上で投資をしています。そのプロセスにはマネージャーの信頼度チェックも当然含まれており、これは個別株に投資する際に経営陣のクオリティを気にするのと同様です。このコラムニストの議論は、そういった投資家の能力も過小評価している気がします。
更にこのコラムでは、ヘッジファンド批判にありがちな、報酬が高過ぎるという話も絡めてイカサマファンドマネージャーの批判がしてありましたが、報酬体系も結局は「需給」で決まっており、評判の悪いファンドや戦略は徹底的に研究されて、フィーに下方プレッシャーがかかるのではと想像します。ここでも筆者は、投資家の能力を過小評価していると言えるかもしれません。
ヘッジファンドの運用技術がイカサマだと言う批判は、ある意味で投資信託への批判とも似ているかもしれません。株式運用の名著「ウォール街のランダムウォーカー」でも、アクティブ運用の投資信託が高いリターンを上げられない理由が延々と説明してあり、結論として著者は、パッシブ運用(インデックスファンド)を投資家に強く勧めています。
その議論が正しいかどうかは分かりませんが、恐らくアクティブ運用の投資信託が無くなることはなく、これは世の中には様々な運用ニーズが存在するためであると考えられます。そしてその先にあるのが、伝統的資産運用とリターンの相関性を低くする、ヘッジファンドを含むオルタナティブ投資なのではという気がします。
また資産運用業界全体のトレンドも、ヘッジファンドの成長に少なからず影響していると考えられ、先進国で急速に進む高齢化や世界で進行するコモディティブームが、先進国で長期金利を低く抑えている結果、長期資金の魅力的な運用先を必要とする資産(リクイディティ)が増えているという議論には、ある程度の真実がある気がします。
「ヘッジファンドは不当な批判のターゲットにされている」というこの反論の内容は以下のような感じです。
>ヘッジファンドは、ボラティリティの非常な高まりと資産価値の下落の中で、投資家に絶対リターンをもたらすという仕事を果たすべく努めている。にも関らず、最近また不当な批判の波に晒されてる。
>ヘッジファンドは、下げ相場でも資産の保全を図ることを可能とするような、様々なアセットや投資戦略を提供する投資ファンドである。ヘッジファンドが提供する、ポートフォリオの価値を保全するスキルは、独特のものである。
>ヘッジファンドが採用している投資手法は、金融業界のイノベーションの結果であって、不当に批判に晒されるべきものではない。またヘッジファンドは、市場に流動性を供給する重要な役割を果たしている。
>ヘッジファンド業界全体を一つのアセットクラスと見なして、過去12ヶ月のパフォーマンスを見ると、グローバルの株式市場が10%以上下げているのに対して、極めて有効に資産価値を保全している。
>金融業界のいかなる分野でも、無責任な行動を取る者に対して相応の規制がされることは、歓迎すべきことである。しかしヘッジファンドは、世界中のメディアから、必要以上に規制されるべき存在として批判を受けている。我々はより公正な報道姿勢を期待する。
・・・これら議論に目新しいものはありませんので、特にコメントするまでも無いかと思いますが、内容は概ね的を射ていると言える気がします。
ちなみに同団体のウェブサイトによると、ヘッジファンド全体の過去12ヶ月の運用成績は-0.5%だったそうです。業界全体のパフォーマンスにどれだけ意味があるか分かりませんが、絶対パフォーマンスに報酬がリンクしているヘッジファンドとしては、いかなる状況であれ、ネガティブパフォーマンスは反省すべきところだと思います。
しかし同時期のS&P 500が-8.4%であったことを考えると、過去の株式市場のリターンと比較しても、資産保全やリターンのボラティリティの観点から、ヘッジファンドにはやはり魅力があると言えるかもしれません。
by harry_g
| 2008-04-14 11:19
| ヘッジファンド・株式投資