2007年 11月 15日
純粋ヘッジファンドのIPO |
11月14日にNY Timesなどで報じられていましたが、ヘッジファンド業界の最大手の一つであるOch-Ziff Capital Management(オックジフ)が、GoldmanとLehmanを主幹事証券として、パブリックマーケットデビューを果たしたようです。
過去に「オルタナティブファンドの歴史的IPO」というエントリーで、大手投資ファンドFortressのIPOについて書いたことがありますが、同社はヘッジファンド部門の他にディストレスト投資やプライベートエクイティなど様々なファンドを有する、本格的なマルチストラテジーファンドと言えると思います。
対してOch-Ziffは、Goldmanのリスクアービトラージチーム出身の創業者が立ち上げた、「イベントドリブン」戦略のヘッジファンドが中心であり、最近はマルチストラテジーの性格を強めているようですが、FortressやBlackstoneと比べると「純粋ヘッジファンド」と呼べる気がします。
同社の投資ストラテジーについて上場ファイリングを参考にもう少し書いてみると、主要な投資戦略には以下の6つが含まれており、どのプロセスにおいてもグローバルなアプローチで、またリサーチプロセスを重視した投資を行っているそうです。
1 M&Aアービトラージ
2 CBアービトラージ
3 エクイティ・リストラクチャリング(その他イベント)
4 クレジット/ディストレスト投資
5 プライベート・エクイティ
6 不動産
このうち1や3が「イベントドリブン」と呼ばれる戦略で、ヘッジファンド業界に最も多いと言われる「株式ロングショート」とは異なり、M&Aや企業リストラ(スピンオフ)などの「イベント」を利用して、価値の鞘取りを行う戦略です。ただそのような典型的なヘッジファンドの投資戦略に加えて、ディストレスト投資、プライベートエクイティ投資、不動産投資などのオルタナティブ投資を行っているOch-Ziffも、今やマルチストラテジー投資ファンドという定義の方が正しいかもしれません。
ヘッジファンドとプライベートエクイティの垣根が低くなってきているという話は、過去に書いたことがある気がします。NY Timesの中では、「どちらも運用資産の1-2%の運用手数料と利益の20%程度の成功報酬を取るところは共通しているが、PEファンドは企業を買収して未上場化し、事業を改善させてより高値で売ろうとするのに対し、ヘッジファンドは一般的に上場株式・債券の売買を生業とする」と説明してありました。
この記事ではまた、両者の大きな違いとして、市場環境が厳しい時にも安定的にパフォーマンスを上げられるかどうかであると指摘していました。
その理由としては、PEファンドが企業買収に際して有利なデットファイナンシングを必要とするのに対し、大手銀行がサブプライム問題の処理に追われて資金調達が困難になっている点や、LBOはエグジットにもM&AやIPOといった言わば健全な株式市場を必要とするところ、これらもクレジットクランチによって大きな打撃を受けている点などを指摘していました。
実際Blackstoneの社長であるTony James氏は、短期的にはクレジットクランチと株式市場の低迷により、大きなバイアウトを行うことは困難であり、また傘下企業の売却を行うにも適切な時期とは言えないので、今は少々の「休止期間」に入っている、とコメントしたそうです。
それに対してヘッジファンドは、今や世界最大のヘッジファンド運用会社となっているGoldman SachsのCEOが「我々はモーゲージ市場についてはネットショートである(空売り額が買持ち額を上回っている)ため、最近の市場下落では利益を上げている」と宣言したように、うまくすれば下げ相場でも安定的に利益を確保することが出来ると言えると思います。
そんなこともあってか、欧州の上場ヘッジファンドとして知られるGLGは、BlackstoneやFortressよりも高いマルチプル(株価倍率)でトレードされているそうです。だからこそOch-Ziffも、市場環境が厳しい時期であるにもかかわらず、IPOに踏み切れたのかもしれません。
Och-Ziffの現在の運用資産額は$30.1bn(約3.3兆円)だそうで、運用資産が$5bnを超えたら大手、$10bnを超えるファンドは数えるほどしかないと言えるヘッジファンドの世界では、最大のファンドの一つと言える気がします。
同社はGoldman Sachs出身のDaniel Och氏が、メディア事業家としてもしられるZiffファミリーと共に1994年に設立し、2002年末時点では$5.8bn(約6,400億円)を運用していたそうです。
同氏がGoldmanで所属したチームは、現Citigroup会長でアメリカの元財務長官であるRobert Rubin氏が率いて一世を風靡したリスクアービトラージチームで、他に同チームの出身者が運用するファンドには、最近NEC Elecの案件で日本でも知られるようになったPerry Capitalなど、著名なファンドがいくつか含まれています。
NYTによると、同社の平均リターンは年平均で13.4%、3年で12.5%、5年で13.9%で、市場平均(S&P 500)の16.4%、13.1%、15.5%と比較すると、あまり優れたものではないように見えるかもしれません。しかし同社のリターンのボラティリティは、市場平均の半分から3分の1程度だそうで、市場リスクを上手にヘッジして安定的リターンを上げるオルタナティブ投資ファンドとして、機関投資家から強い需要を獲得しているようです。
去年はメディアなどで、「今年はヘッジファンドの平均リターンがS&P 500(株式市場)とほとんど同じだった。それなのに何故何倍もフィーを払わなければいけないのか」と指摘されていました。しかしヘッジファンドは、そもそも市場リターンと乖離した安定的リターンを生むことを目的として発明された投資手法であり、市場と一緒にリターンが上下するのでは、アクティブ運用の投資信託と同じになってしまう気がします。
よって年金基金や大学基金など、長期的に安定的かつ市場のボラティリティに左右されない絶対リターンを望む投資家からは、去年は80%勝ったが今年は35%負けたというファンドよりも、一見リターンは地味であっても市場のボラティリティに左右されないファンドの方が、評価が高いと言われているそうです。
(もちろんオルタナティブ投資にもハイリスク・ハイリターンを求める投資家もいるでしょうから、ヘッジファンドを悪い意味で有名にしてしまったリスクの高い投資手法も、完全になくなることは無いのかもしれません。)
IPO後にOch-Ziffが市場でどう評価されるか分かりませんが、BlackstoneがIPO前に中国政府に持分の一部を売却したように、Och-Ziffも約10%をドバイのDubai Capitalに$1.3bn(約1,500億円)で売却したそうです。またIPO時点でのマルチプル(PER、株価収益率)は、Blackstoneが30倍超であったのに対し、OZは10~12倍のマルチプルを提示しているそうです。(Blackstoneの株価はIPO後に下落し、現在のマルチプルは13倍だそうです。)
オルタナティブファンドのIPOと言えば、LBO業界の最大手の一角であり、NYでOch-Ziffと同じビルに入居しているKKRも、IPOを計画していることがファイリングなどから広く知られています。
タイミングについて同社は明らかにしていませんが、引続きファイリングの更新は行っているようで、11月13日のFTによると、来年の第一四半期辺りが濃厚のようです。同社はファイリングの「リスクファクター」の中で、デット市場が引続き弱含むと事業価値や利益が減少すると明記しているそうで、クレジット市場の沈静化と投資家懸念の払拭を待ってから上場を目指すのかもしれません。
過去に「オルタナティブファンドの歴史的IPO」というエントリーで、大手投資ファンドFortressのIPOについて書いたことがありますが、同社はヘッジファンド部門の他にディストレスト投資やプライベートエクイティなど様々なファンドを有する、本格的なマルチストラテジーファンドと言えると思います。
対してOch-Ziffは、Goldmanのリスクアービトラージチーム出身の創業者が立ち上げた、「イベントドリブン」戦略のヘッジファンドが中心であり、最近はマルチストラテジーの性格を強めているようですが、FortressやBlackstoneと比べると「純粋ヘッジファンド」と呼べる気がします。
同社の投資ストラテジーについて上場ファイリングを参考にもう少し書いてみると、主要な投資戦略には以下の6つが含まれており、どのプロセスにおいてもグローバルなアプローチで、またリサーチプロセスを重視した投資を行っているそうです。
1 M&Aアービトラージ
2 CBアービトラージ
3 エクイティ・リストラクチャリング(その他イベント)
4 クレジット/ディストレスト投資
5 プライベート・エクイティ
6 不動産
このうち1や3が「イベントドリブン」と呼ばれる戦略で、ヘッジファンド業界に最も多いと言われる「株式ロングショート」とは異なり、M&Aや企業リストラ(スピンオフ)などの「イベント」を利用して、価値の鞘取りを行う戦略です。ただそのような典型的なヘッジファンドの投資戦略に加えて、ディストレスト投資、プライベートエクイティ投資、不動産投資などのオルタナティブ投資を行っているOch-Ziffも、今やマルチストラテジー投資ファンドという定義の方が正しいかもしれません。
ヘッジファンドとプライベートエクイティの垣根が低くなってきているという話は、過去に書いたことがある気がします。NY Timesの中では、「どちらも運用資産の1-2%の運用手数料と利益の20%程度の成功報酬を取るところは共通しているが、PEファンドは企業を買収して未上場化し、事業を改善させてより高値で売ろうとするのに対し、ヘッジファンドは一般的に上場株式・債券の売買を生業とする」と説明してありました。
この記事ではまた、両者の大きな違いとして、市場環境が厳しい時にも安定的にパフォーマンスを上げられるかどうかであると指摘していました。
その理由としては、PEファンドが企業買収に際して有利なデットファイナンシングを必要とするのに対し、大手銀行がサブプライム問題の処理に追われて資金調達が困難になっている点や、LBOはエグジットにもM&AやIPOといった言わば健全な株式市場を必要とするところ、これらもクレジットクランチによって大きな打撃を受けている点などを指摘していました。
実際Blackstoneの社長であるTony James氏は、短期的にはクレジットクランチと株式市場の低迷により、大きなバイアウトを行うことは困難であり、また傘下企業の売却を行うにも適切な時期とは言えないので、今は少々の「休止期間」に入っている、とコメントしたそうです。
それに対してヘッジファンドは、今や世界最大のヘッジファンド運用会社となっているGoldman SachsのCEOが「我々はモーゲージ市場についてはネットショートである(空売り額が買持ち額を上回っている)ため、最近の市場下落では利益を上げている」と宣言したように、うまくすれば下げ相場でも安定的に利益を確保することが出来ると言えると思います。
そんなこともあってか、欧州の上場ヘッジファンドとして知られるGLGは、BlackstoneやFortressよりも高いマルチプル(株価倍率)でトレードされているそうです。だからこそOch-Ziffも、市場環境が厳しい時期であるにもかかわらず、IPOに踏み切れたのかもしれません。
Och-Ziffの現在の運用資産額は$30.1bn(約3.3兆円)だそうで、運用資産が$5bnを超えたら大手、$10bnを超えるファンドは数えるほどしかないと言えるヘッジファンドの世界では、最大のファンドの一つと言える気がします。
同社はGoldman Sachs出身のDaniel Och氏が、メディア事業家としてもしられるZiffファミリーと共に1994年に設立し、2002年末時点では$5.8bn(約6,400億円)を運用していたそうです。
同氏がGoldmanで所属したチームは、現Citigroup会長でアメリカの元財務長官であるRobert Rubin氏が率いて一世を風靡したリスクアービトラージチームで、他に同チームの出身者が運用するファンドには、最近NEC Elecの案件で日本でも知られるようになったPerry Capitalなど、著名なファンドがいくつか含まれています。
NYTによると、同社の平均リターンは年平均で13.4%、3年で12.5%、5年で13.9%で、市場平均(S&P 500)の16.4%、13.1%、15.5%と比較すると、あまり優れたものではないように見えるかもしれません。しかし同社のリターンのボラティリティは、市場平均の半分から3分の1程度だそうで、市場リスクを上手にヘッジして安定的リターンを上げるオルタナティブ投資ファンドとして、機関投資家から強い需要を獲得しているようです。
去年はメディアなどで、「今年はヘッジファンドの平均リターンがS&P 500(株式市場)とほとんど同じだった。それなのに何故何倍もフィーを払わなければいけないのか」と指摘されていました。しかしヘッジファンドは、そもそも市場リターンと乖離した安定的リターンを生むことを目的として発明された投資手法であり、市場と一緒にリターンが上下するのでは、アクティブ運用の投資信託と同じになってしまう気がします。
よって年金基金や大学基金など、長期的に安定的かつ市場のボラティリティに左右されない絶対リターンを望む投資家からは、去年は80%勝ったが今年は35%負けたというファンドよりも、一見リターンは地味であっても市場のボラティリティに左右されないファンドの方が、評価が高いと言われているそうです。
(もちろんオルタナティブ投資にもハイリスク・ハイリターンを求める投資家もいるでしょうから、ヘッジファンドを悪い意味で有名にしてしまったリスクの高い投資手法も、完全になくなることは無いのかもしれません。)
IPO後にOch-Ziffが市場でどう評価されるか分かりませんが、BlackstoneがIPO前に中国政府に持分の一部を売却したように、Och-Ziffも約10%をドバイのDubai Capitalに$1.3bn(約1,500億円)で売却したそうです。またIPO時点でのマルチプル(PER、株価収益率)は、Blackstoneが30倍超であったのに対し、OZは10~12倍のマルチプルを提示しているそうです。(Blackstoneの株価はIPO後に下落し、現在のマルチプルは13倍だそうです。)
オルタナティブファンドのIPOと言えば、LBO業界の最大手の一角であり、NYでOch-Ziffと同じビルに入居しているKKRも、IPOを計画していることがファイリングなどから広く知られています。
タイミングについて同社は明らかにしていませんが、引続きファイリングの更新は行っているようで、11月13日のFTによると、来年の第一四半期辺りが濃厚のようです。同社はファイリングの「リスクファクター」の中で、デット市場が引続き弱含むと事業価値や利益が減少すると明記しているそうで、クレジット市場の沈静化と投資家懸念の払拭を待ってから上場を目指すのかもしれません。
by harry_g
| 2007-11-15 16:08
| ヘッジファンド・株式投資