2011年 06月 29日
チャイナ・リスク? |
ウォールストリートにとって、今までアジアのビジネス区分は、「Japan(日本)」と「Asia Ex-Japan(日本以外のアジア)」となっているのが通常でした。世界第二位の経済大国で、独特の文化に加えて言語の壁もある日本は、その他のアジアと区別されて当然、という雰囲気が、業界内にあったと思います。
それが最近では、特に投資リターンを追及するバイサイド(機関投資家)の側では、「China(中国)」と「Asia Ex-China(中国以外のアジア、含日本)という区分が、かなり増えて来ているように感じます。かつての日本とアジアの立場の違いを知っている日本の金融関係者にとっては、かなり衝撃的な変化ではないかと思いますが、残念ながら、そうした時代は、既に過去のものになってしまったのかもしれません。
そのトレンドを裏付けるように、かつて「アジアの中の西洋」として重宝されていた香港は、日本以外のアジアの中心という立場から、中国はもちろんのこと、アジアの一部となった日本も含めた、アジア全体の金融センターという立場を、一層強めている気がします。
それだけ欧米から投資先として注目が高まっている中国ですが、最近では、それに伴うリスクについても、大いに注目が高まっているとように感じます。今回はそんな話について、少々書いてみたいと思います。
中国市場躍進の背景
ウォールストリートが、アジアを「中国とそれ以外」に区分するようになりつつある背景には、言うまでもなく、過去10年の中国経済の大躍進と、それに伴う株式市場の急拡大があります。
それに加えて、小泉改革以降の日本の政治的混乱や、労働人口減少による内需停滞を受けて、投資先としての日本の魅力が急速に落ちていることも、また事実としてある気がします。これらは、以前のブログ「Japan as No.3」などでも書いた通りです。
もちろん、中国経済がバラ色かと言うと、同国の政府も公に認めている通り、決してそんなことはありません。中国経済の成長は、それを沿海部と内陸部、都市部と農村部というような比較で見てみたり、名目GDP成長率、企業利益成長率、家計所得成長率のように分類してみてみると、とても歪んだものであることが分かります。
また、何も無い所に色々建設していく際には、高度成長が比較的容易に達成できますが、既に同国は、一人当たりのGDPで見ても、特に沿海部や都市部については、グリーンフィールドとは言えないところまで成長しています。
そして西洋では頻繁に指摘されることですが、同国は政治システムが、欧米や日本と大きく違います。日本もかつて「見えない文化の壁」が非関税障壁のように立ちふさがっていると、アメリカから大いに批判されて来ました。しかし中国は、経済システムは1978年以降は資本主義化したものの、ガバナンスについての考え方は、古い言い方をすると、「西側諸国」のそれとは大分違うと言える気がします。
そうしたことを勘案すると、これからも中国がアジアの中心として、西洋からの投資を惹きつけ続けるかどうかについては、紆余曲折があると考えた方が無難かもしれません。そして、そんな懸念を裏付けるようなニュースが、2011年に入って、同国から立て続けに聞かれるようになっています。
経済全体の問題
最初は今までも何度か触れたことがありますが、マクロ経済の話です。より具体的に言えば、加速するインフレーションと、それをクールダウンさせるための金融引締めが景気に与え得る、ネガティブインパクトの問題です。
中国は管理通貨制であるため、経常黒字を通じて海外から人民元高の圧力を受けると、それと同じだけの人民元を印刷して、ドルを中心とした外貨に買い向かわなければなりません。その結果、国内にはお金が溢れ、不動産バブルのような資産インフレ(通貨価値の下落)を生み出して、深刻な社会問題化していると言われます。
北京の中央政府は、そうした問題に対処するために、様々な形で金融引き締めを行っていますが、今でも金利は逆ザヤ状態で、銀行預金から受け取る利息よりも物価上昇率が高いことを知っている国民は、お金を不動産などの現物資産にプールしようとし、資産インフレに歯止めをかけるのは、制度的に困難を極めているように見受けられます。
と同時に、金融引き締め政策は、確実に中小企業などの資金繰りを苦しめているようで、一部の公共事業の削減や、住宅建設の減速などとあいまって、インフレと景気減速が同時に進行するような事態が、徐々に表面化しているといわれています。過剰設備など、急ぎすぎた成長のツケも方々に見られるようになり、それがすぐに収束するとも思えない状況です。
そうした懸念を受けてか、香港のハンセン指数は、年初来で4%値下がりしており、これは震災の影響を被った日本のマイナス6%にも迫る数字です。(中国国内の上海市場の下落率は2%に留まっていますが、上海は昨年も13%下落しており、香港が6%程度上昇したのとは対照的です。)
株価倍率で見ても、ハンセンのP/Eは今期予想利益の12倍と、S&P 500の13倍を下回っており、それだけ投資家がリスクに敏感になっていることを表していると言えるかもしれません。
ガバナンスへの懐疑心
マクロ経済の不透明感による中国市場への関心の停滞に、更に追い討ちをかけたのは、立て続けに明らかになった、中国企業による粉飾決算疑惑の問題です。
中国では、上海市場が基本的に国内投資家のみにしか開放されていないこともあり、世界から資金調達が出来るようないわゆる優良企業は、大抵が香港の株式市場に上場するか、最近では、アメリカ・カナダなど、欧米の株式市場に株式を上場させています。
その結果、ハンセン指数の時価総額の構成要素を見ると、金融業界だけで時価総額の6割(大半が大手国営銀行や不動産会社)、さらに石油等の資源会社大手と通信会社を加えると、8割にも及ぶという、マクロ経済の影響を正面から受けやすい企業が中心の、少々歪んだ構成になっています。
また、中国の企業には、大まかに言って、SOE(State Owned Enterprises=政府系企業)と民間企業があります。
前者は日本で言うところの電電公社や郵貯銀行のような存在と言えばよいかもしれませんが、経営スタイルは保守的・官僚的であり、経営トップは政治家であると言われます。
対して後者の民間企業は、起業家精神旺盛な実業家がオーナーであることが多く、積極的な経営をすることが一般的に多いように感じます。
政治制度の違いから、一見すると、政府系企業の方にコーポレートガバナンスリスクが高いように感じるかもしれませんが(実際、通信業界などは、競合しているトップ3社で社長がローテーションしたりします)、2011年に入って、民間企業のコーポレートガバナンス問題が、大々的に注目を集める事態がいくつか発生しました。
米系ファンドも犠牲に?
まず最初は、今年の2月に発覚した、2009年上場のChina Forestry(チャイナ・フォレストリー)の粉飾決算等の疑惑です。2月9日のWSJのブログ記事にあるように、監査法人であるKPMGが2010年度の決算に疑問を呈した後、同社のCEOが株式を売却していたことが発覚し、同社の株価は2割以上急落した後、売買停止となりました。
この事件が大きな注目を集めたのは、同社が、プライベートエクイティファンド最大手の一つであるCarlyle Groupが、大株主となっていたためです。Carlyleと言えば、中国に特化した人民元建てのファンドを設立する動きを見せるなど、欧米バイアウトファンドの中でも「中国通」と言ったイメージがあったファンドです。同社の政府とのコネクションの強さも、広く知られるところかと思います。それほどの一流ファンドでも避けられなかった、コーポレートガバナンスの問題の根深さに、欧米投資家の中国株への懐疑心は、一気に高まったと言える気がします。
そしてより最近では、5月にアメリカに上場しているソフトウェア会社Longtop Financial(ロングトップ・フィナンシャル)に、粉飾決算の疑いが噴出しました。5月26日のNY Timesの記事によると、この問題は、ロングトップの監査法人を6年連続で勤めていたDeloitte Touche Tohmatsuからのレターで発覚し、1ヵ月半で株価が4割下落したところで、同社の株は売買停止になりました。
同社は、Deutsche BankとGoldman Sachsという欧米の大手投資銀行二社が2007年に上場主幹事を勤め、2009年にはDBとMorgan Stanleyが主幹事となって追加株式資本調達を行っていました。売買停止前の時価総額も$1bn(約800億円)に上り、一見普通の中堅優良企業のように見えます。大手監査法人や投資銀行と取引があり、大株主に米国の名だたる投資信託やヘッジファンドが入っていた同社の粉飾決算の問題は、大変注目を集めました。
それに追い討ちをかけるように、6月に入って、1994年設立の民間企業で、中国で林業を営むカナダ上場のSino-Forest(サイノ・フォレスト)に粉飾決算の疑いがある、との噂が広まりました。同社の大株主は、2008年のリーマン危機で大きな儲けをあげ一躍有名になった、世界最大級のヘッジファンドPaulson & Coで、そんなプロのヘッジファンドでも中国の問題は見抜けないのかと、恐怖心を一層煽る結果になったと言える気がします。
もちろん、LongtopやSino-Forestの投資家がいかに大手の投資信託やヘッジファンドであったとは言え、リサーチを行う際の情報量や、その分析に費やせる時間には、限りがあります。投資の現場では、リスクが皆無という投資先は基本的に存在しませんので、常に「リスク対リワード」を検討した、効率的判断を行うことが求められます。
よって、一部の報道で見られたように、それらのファンドの投資調査を「手抜き」と非難するのは、少々アンフェアである気がしますが、とは言え金銭的にはかなりの打撃になってしまったことは、間違いない気がします。そうなってくると、ウォールストリートにはありがちですが、「そんな良く分からない海外の市場に投資しなくても良いのではないか」という空気が蔓延してきます。先に述べたハンセン指数の低い株価倍率は、そんなことも反映しているのかもしれません。
Muddy Waters Research
上記のSino-Forestについてもう少し書くと、この話を一層ドラマチックにしているのは、粉飾決算の疑いがある企業の株式を空売りし、その後に自分達の調査結果を公表するという手法を取っている、Muddy Waters Researchという企業の存在です。
大手ヘッジファンドPaulsonに打撃を与えたSino-Forest株の下落のきっかけも、6月初頭に同社が発表したリサーチが原因であり、6月末現在でも、同社がリサーチをしている、と噂が流れるだけで、少しでもコーポレートガバナンスに疑いがもたれていた企業については、株式が大きく下落する事態に至っています。
何となく株価操作のような、危険な匂いのする話ですが、Muddy WatersのCarson Block氏は、6月7日のBloombergの記事などにおいて、同社の投資判断はインサイダー情報に基づいたものでは一切なく、また、かつてから度々批判の対象とされている、ウォールストリートの投資銀行部門と調査部門の関係のような利害相反も存在しないため、何の違法行為でもない、と強気です。
リーマン危機の前にも、同社の会計内容に公然と疑問を呈したGreenlight Capitalという有力ヘッジファンドの話を書きましたが(「Lehman対ヘッジファンド」2009年6月8日)、その再来のように感じられなくもない話であり、同社が言うように、一般情報に基づいて独自のリサーチをし、企業の不正を暴いたのであれば、むしろ賞賛されるべきかもしれません。しかし、リサーチをしているという噂だけで株価が動く事態に至っては、今後、米国や香港の金融当局が目を光らせることになるかもしれません。
Reverse Merger
実はMuddy Watersは、どこからともなく沸いて出てきたわけではありません。去年くらいから、主にアメリカにおいて、Reverse Mergerという手法を用いて「裏口上場」をした中国企業の決算内容が疑わしいという話が、ウォールストリートで囁かれるようになっており、そうした問題企業を見つけることは、密かなテーマになりつつあったように思います。
Reverse Mergerとは、上場済みの会社に未上場会社を買収させる形態をとって、適正な上場審査を受けずに上場ステータスを手に入れる手法です。それだけ市場の目が会計内容に光りにくくなりますが、中小企業がお金と手間を省いて上場する手段として、様々な批判がありつつも、アメリカでは以前から存在する手法でした。
しかし、その手法を用いて上場した中国企業には、極めて問題が多いようで、6月27日のCNBCの記事によると、2011年に入ってからだけでも20以上の中国からのReverse Merger企業が、会計事務所の変更や、会計報告の修正を行っているそうです。中には経営者による横領などが発覚した企業もあり、10以上の企業の株式が、売買停止になっているそうです。
もちろん、Reverse Mergerが全て怪しいという訳ではなく、更に言えば、中国の民間企業のガバナンスが全て悪い、というわけでも当然ありません。よって、恐怖や感情に駆られた投資家によるパニック売りの横には、それを空売りのチャンスとみる投機筋がいるのと同時に、企業のファンダメンタルズに照らして株価は大幅に割安と判断し、買い向かっている投資家もいるようです。
これは上場株式の投資家に限った話ではなく、6月21日のBusiness Weekの記事によると、2011年に入ってから6月までに、少なくとも6つのアメリカ上場中国企業のバイアウトが発表されており、合計投資額は$1.96bn(約1600億円)にも上るそうです。まさに「生き馬の目を抜く競争」とでも言えそうな話ですが、ファンダメンタルズとテクニカル(心理)要因が混在する金融市場の特性、と言えるかもしれません。
チャイナ・リスクと日本
上で見てきたように、中国には、かつて日本の「ケイレツ」や韓国の「チェボル(財閥)」による株式持合いが問題になったように、独特のガバナンスの問題があることは否めません。それでも今後ウォールストリートのアジア区分が、「中国」と「中国以外のアジア」と言った方向に変わっていくことは、間違いない気がします。
翻って日本を見てみると、日本企業はリーマン危機後の果敢なリストラ努力によって、円高にも関わらず、2007年のピーク時の7割近くまで、その利益率を回復させています。にも関わらず、株式市場は、相変わらずの欧米投資家からの関心の低さに加えて、国内投資家が日本株から途上国株に資金を移していることもあってか、歴史的な低価格に留まっています。
株式の取引高だけを見ると、東京は今でも香港の1.7倍ほどの規模がありますが、上海市場は、既に東京の取引高を2割ほど上回っています。今後上海が、徐々に外国人や外国企業に開放されていくことが予想されるため、日中のGDP逆転や内需成長期待の決定的違いも含めると、日本が「Japan vs. Asia Ex-Japan」という立場を取り戻すのは、もはや難しいかもしれません。
と同時に、ウォールストリートや世界の投資家からは、今後「チャイナ・リスク」についての注目が、一層高まることが予想されます。かつてはマクロ的な話や政治的な話が中心でしたが、今後はコーポレートガバナンスにも一層の圧力がかかり、グローバルスタンダードを満たせない企業には、市場から退場圧力がかかることも予想されます。これは中国の一部の経営者や株主にとっては迷惑かもしれませんが、世界にとっては望ましい変化である気がします。
最近アメリカの景気は、QE2の終了による腰折れが深刻に懸念されており、リーマン危機後に進展している家計のデレバレッジングも、バブル以前のレベルに到達するには、まだ数年を要するように見えます。欧州も、ギリシャ問題の再燃を受けて、不安定な状況が続いているようですし、日本も原発問題の長期化が、景気見通しを大きく悪化させている気がします。
そのように考えると、いかに中国にリスクがあるとは言え、潜在的な成長ポテンシャルや世界経済に与えるインパクトも大きいため、今後も同国への注目は、引続きある程度は高止まりするように思います。そんな中国と今後どう向き合って行くかは、隣国である日本は言うに及ばず、世界に投げかけられた長期的な課題と言えるかもしれません。
それが最近では、特に投資リターンを追及するバイサイド(機関投資家)の側では、「China(中国)」と「Asia Ex-China(中国以外のアジア、含日本)という区分が、かなり増えて来ているように感じます。かつての日本とアジアの立場の違いを知っている日本の金融関係者にとっては、かなり衝撃的な変化ではないかと思いますが、残念ながら、そうした時代は、既に過去のものになってしまったのかもしれません。
そのトレンドを裏付けるように、かつて「アジアの中の西洋」として重宝されていた香港は、日本以外のアジアの中心という立場から、中国はもちろんのこと、アジアの一部となった日本も含めた、アジア全体の金融センターという立場を、一層強めている気がします。
それだけ欧米から投資先として注目が高まっている中国ですが、最近では、それに伴うリスクについても、大いに注目が高まっているとように感じます。今回はそんな話について、少々書いてみたいと思います。
中国市場躍進の背景
ウォールストリートが、アジアを「中国とそれ以外」に区分するようになりつつある背景には、言うまでもなく、過去10年の中国経済の大躍進と、それに伴う株式市場の急拡大があります。
それに加えて、小泉改革以降の日本の政治的混乱や、労働人口減少による内需停滞を受けて、投資先としての日本の魅力が急速に落ちていることも、また事実としてある気がします。これらは、以前のブログ「Japan as No.3」などでも書いた通りです。
もちろん、中国経済がバラ色かと言うと、同国の政府も公に認めている通り、決してそんなことはありません。中国経済の成長は、それを沿海部と内陸部、都市部と農村部というような比較で見てみたり、名目GDP成長率、企業利益成長率、家計所得成長率のように分類してみてみると、とても歪んだものであることが分かります。
また、何も無い所に色々建設していく際には、高度成長が比較的容易に達成できますが、既に同国は、一人当たりのGDPで見ても、特に沿海部や都市部については、グリーンフィールドとは言えないところまで成長しています。
そして西洋では頻繁に指摘されることですが、同国は政治システムが、欧米や日本と大きく違います。日本もかつて「見えない文化の壁」が非関税障壁のように立ちふさがっていると、アメリカから大いに批判されて来ました。しかし中国は、経済システムは1978年以降は資本主義化したものの、ガバナンスについての考え方は、古い言い方をすると、「西側諸国」のそれとは大分違うと言える気がします。
そうしたことを勘案すると、これからも中国がアジアの中心として、西洋からの投資を惹きつけ続けるかどうかについては、紆余曲折があると考えた方が無難かもしれません。そして、そんな懸念を裏付けるようなニュースが、2011年に入って、同国から立て続けに聞かれるようになっています。
経済全体の問題
最初は今までも何度か触れたことがありますが、マクロ経済の話です。より具体的に言えば、加速するインフレーションと、それをクールダウンさせるための金融引締めが景気に与え得る、ネガティブインパクトの問題です。
中国は管理通貨制であるため、経常黒字を通じて海外から人民元高の圧力を受けると、それと同じだけの人民元を印刷して、ドルを中心とした外貨に買い向かわなければなりません。その結果、国内にはお金が溢れ、不動産バブルのような資産インフレ(通貨価値の下落)を生み出して、深刻な社会問題化していると言われます。
北京の中央政府は、そうした問題に対処するために、様々な形で金融引き締めを行っていますが、今でも金利は逆ザヤ状態で、銀行預金から受け取る利息よりも物価上昇率が高いことを知っている国民は、お金を不動産などの現物資産にプールしようとし、資産インフレに歯止めをかけるのは、制度的に困難を極めているように見受けられます。
と同時に、金融引き締め政策は、確実に中小企業などの資金繰りを苦しめているようで、一部の公共事業の削減や、住宅建設の減速などとあいまって、インフレと景気減速が同時に進行するような事態が、徐々に表面化しているといわれています。過剰設備など、急ぎすぎた成長のツケも方々に見られるようになり、それがすぐに収束するとも思えない状況です。
そうした懸念を受けてか、香港のハンセン指数は、年初来で4%値下がりしており、これは震災の影響を被った日本のマイナス6%にも迫る数字です。(中国国内の上海市場の下落率は2%に留まっていますが、上海は昨年も13%下落しており、香港が6%程度上昇したのとは対照的です。)
株価倍率で見ても、ハンセンのP/Eは今期予想利益の12倍と、S&P 500の13倍を下回っており、それだけ投資家がリスクに敏感になっていることを表していると言えるかもしれません。
ガバナンスへの懐疑心
マクロ経済の不透明感による中国市場への関心の停滞に、更に追い討ちをかけたのは、立て続けに明らかになった、中国企業による粉飾決算疑惑の問題です。
中国では、上海市場が基本的に国内投資家のみにしか開放されていないこともあり、世界から資金調達が出来るようないわゆる優良企業は、大抵が香港の株式市場に上場するか、最近では、アメリカ・カナダなど、欧米の株式市場に株式を上場させています。
その結果、ハンセン指数の時価総額の構成要素を見ると、金融業界だけで時価総額の6割(大半が大手国営銀行や不動産会社)、さらに石油等の資源会社大手と通信会社を加えると、8割にも及ぶという、マクロ経済の影響を正面から受けやすい企業が中心の、少々歪んだ構成になっています。
また、中国の企業には、大まかに言って、SOE(State Owned Enterprises=政府系企業)と民間企業があります。
前者は日本で言うところの電電公社や郵貯銀行のような存在と言えばよいかもしれませんが、経営スタイルは保守的・官僚的であり、経営トップは政治家であると言われます。
対して後者の民間企業は、起業家精神旺盛な実業家がオーナーであることが多く、積極的な経営をすることが一般的に多いように感じます。
政治制度の違いから、一見すると、政府系企業の方にコーポレートガバナンスリスクが高いように感じるかもしれませんが(実際、通信業界などは、競合しているトップ3社で社長がローテーションしたりします)、2011年に入って、民間企業のコーポレートガバナンス問題が、大々的に注目を集める事態がいくつか発生しました。
米系ファンドも犠牲に?
まず最初は、今年の2月に発覚した、2009年上場のChina Forestry(チャイナ・フォレストリー)の粉飾決算等の疑惑です。2月9日のWSJのブログ記事にあるように、監査法人であるKPMGが2010年度の決算に疑問を呈した後、同社のCEOが株式を売却していたことが発覚し、同社の株価は2割以上急落した後、売買停止となりました。
この事件が大きな注目を集めたのは、同社が、プライベートエクイティファンド最大手の一つであるCarlyle Groupが、大株主となっていたためです。Carlyleと言えば、中国に特化した人民元建てのファンドを設立する動きを見せるなど、欧米バイアウトファンドの中でも「中国通」と言ったイメージがあったファンドです。同社の政府とのコネクションの強さも、広く知られるところかと思います。それほどの一流ファンドでも避けられなかった、コーポレートガバナンスの問題の根深さに、欧米投資家の中国株への懐疑心は、一気に高まったと言える気がします。
そしてより最近では、5月にアメリカに上場しているソフトウェア会社Longtop Financial(ロングトップ・フィナンシャル)に、粉飾決算の疑いが噴出しました。5月26日のNY Timesの記事によると、この問題は、ロングトップの監査法人を6年連続で勤めていたDeloitte Touche Tohmatsuからのレターで発覚し、1ヵ月半で株価が4割下落したところで、同社の株は売買停止になりました。
同社は、Deutsche BankとGoldman Sachsという欧米の大手投資銀行二社が2007年に上場主幹事を勤め、2009年にはDBとMorgan Stanleyが主幹事となって追加株式資本調達を行っていました。売買停止前の時価総額も$1bn(約800億円)に上り、一見普通の中堅優良企業のように見えます。大手監査法人や投資銀行と取引があり、大株主に米国の名だたる投資信託やヘッジファンドが入っていた同社の粉飾決算の問題は、大変注目を集めました。
それに追い討ちをかけるように、6月に入って、1994年設立の民間企業で、中国で林業を営むカナダ上場のSino-Forest(サイノ・フォレスト)に粉飾決算の疑いがある、との噂が広まりました。同社の大株主は、2008年のリーマン危機で大きな儲けをあげ一躍有名になった、世界最大級のヘッジファンドPaulson & Coで、そんなプロのヘッジファンドでも中国の問題は見抜けないのかと、恐怖心を一層煽る結果になったと言える気がします。
もちろん、LongtopやSino-Forestの投資家がいかに大手の投資信託やヘッジファンドであったとは言え、リサーチを行う際の情報量や、その分析に費やせる時間には、限りがあります。投資の現場では、リスクが皆無という投資先は基本的に存在しませんので、常に「リスク対リワード」を検討した、効率的判断を行うことが求められます。
よって、一部の報道で見られたように、それらのファンドの投資調査を「手抜き」と非難するのは、少々アンフェアである気がしますが、とは言え金銭的にはかなりの打撃になってしまったことは、間違いない気がします。そうなってくると、ウォールストリートにはありがちですが、「そんな良く分からない海外の市場に投資しなくても良いのではないか」という空気が蔓延してきます。先に述べたハンセン指数の低い株価倍率は、そんなことも反映しているのかもしれません。
Muddy Waters Research
上記のSino-Forestについてもう少し書くと、この話を一層ドラマチックにしているのは、粉飾決算の疑いがある企業の株式を空売りし、その後に自分達の調査結果を公表するという手法を取っている、Muddy Waters Researchという企業の存在です。
大手ヘッジファンドPaulsonに打撃を与えたSino-Forest株の下落のきっかけも、6月初頭に同社が発表したリサーチが原因であり、6月末現在でも、同社がリサーチをしている、と噂が流れるだけで、少しでもコーポレートガバナンスに疑いがもたれていた企業については、株式が大きく下落する事態に至っています。
何となく株価操作のような、危険な匂いのする話ですが、Muddy WatersのCarson Block氏は、6月7日のBloombergの記事などにおいて、同社の投資判断はインサイダー情報に基づいたものでは一切なく、また、かつてから度々批判の対象とされている、ウォールストリートの投資銀行部門と調査部門の関係のような利害相反も存在しないため、何の違法行為でもない、と強気です。
リーマン危機の前にも、同社の会計内容に公然と疑問を呈したGreenlight Capitalという有力ヘッジファンドの話を書きましたが(「Lehman対ヘッジファンド」2009年6月8日)、その再来のように感じられなくもない話であり、同社が言うように、一般情報に基づいて独自のリサーチをし、企業の不正を暴いたのであれば、むしろ賞賛されるべきかもしれません。しかし、リサーチをしているという噂だけで株価が動く事態に至っては、今後、米国や香港の金融当局が目を光らせることになるかもしれません。
Reverse Merger
実はMuddy Watersは、どこからともなく沸いて出てきたわけではありません。去年くらいから、主にアメリカにおいて、Reverse Mergerという手法を用いて「裏口上場」をした中国企業の決算内容が疑わしいという話が、ウォールストリートで囁かれるようになっており、そうした問題企業を見つけることは、密かなテーマになりつつあったように思います。
Reverse Mergerとは、上場済みの会社に未上場会社を買収させる形態をとって、適正な上場審査を受けずに上場ステータスを手に入れる手法です。それだけ市場の目が会計内容に光りにくくなりますが、中小企業がお金と手間を省いて上場する手段として、様々な批判がありつつも、アメリカでは以前から存在する手法でした。
しかし、その手法を用いて上場した中国企業には、極めて問題が多いようで、6月27日のCNBCの記事によると、2011年に入ってからだけでも20以上の中国からのReverse Merger企業が、会計事務所の変更や、会計報告の修正を行っているそうです。中には経営者による横領などが発覚した企業もあり、10以上の企業の株式が、売買停止になっているそうです。
もちろん、Reverse Mergerが全て怪しいという訳ではなく、更に言えば、中国の民間企業のガバナンスが全て悪い、というわけでも当然ありません。よって、恐怖や感情に駆られた投資家によるパニック売りの横には、それを空売りのチャンスとみる投機筋がいるのと同時に、企業のファンダメンタルズに照らして株価は大幅に割安と判断し、買い向かっている投資家もいるようです。
これは上場株式の投資家に限った話ではなく、6月21日のBusiness Weekの記事によると、2011年に入ってから6月までに、少なくとも6つのアメリカ上場中国企業のバイアウトが発表されており、合計投資額は$1.96bn(約1600億円)にも上るそうです。まさに「生き馬の目を抜く競争」とでも言えそうな話ですが、ファンダメンタルズとテクニカル(心理)要因が混在する金融市場の特性、と言えるかもしれません。
チャイナ・リスクと日本
上で見てきたように、中国には、かつて日本の「ケイレツ」や韓国の「チェボル(財閥)」による株式持合いが問題になったように、独特のガバナンスの問題があることは否めません。それでも今後ウォールストリートのアジア区分が、「中国」と「中国以外のアジア」と言った方向に変わっていくことは、間違いない気がします。
翻って日本を見てみると、日本企業はリーマン危機後の果敢なリストラ努力によって、円高にも関わらず、2007年のピーク時の7割近くまで、その利益率を回復させています。にも関わらず、株式市場は、相変わらずの欧米投資家からの関心の低さに加えて、国内投資家が日本株から途上国株に資金を移していることもあってか、歴史的な低価格に留まっています。
株式の取引高だけを見ると、東京は今でも香港の1.7倍ほどの規模がありますが、上海市場は、既に東京の取引高を2割ほど上回っています。今後上海が、徐々に外国人や外国企業に開放されていくことが予想されるため、日中のGDP逆転や内需成長期待の決定的違いも含めると、日本が「Japan vs. Asia Ex-Japan」という立場を取り戻すのは、もはや難しいかもしれません。
と同時に、ウォールストリートや世界の投資家からは、今後「チャイナ・リスク」についての注目が、一層高まることが予想されます。かつてはマクロ的な話や政治的な話が中心でしたが、今後はコーポレートガバナンスにも一層の圧力がかかり、グローバルスタンダードを満たせない企業には、市場から退場圧力がかかることも予想されます。これは中国の一部の経営者や株主にとっては迷惑かもしれませんが、世界にとっては望ましい変化である気がします。
最近アメリカの景気は、QE2の終了による腰折れが深刻に懸念されており、リーマン危機後に進展している家計のデレバレッジングも、バブル以前のレベルに到達するには、まだ数年を要するように見えます。欧州も、ギリシャ問題の再燃を受けて、不安定な状況が続いているようですし、日本も原発問題の長期化が、景気見通しを大きく悪化させている気がします。
そのように考えると、いかに中国にリスクがあるとは言え、潜在的な成長ポテンシャルや世界経済に与えるインパクトも大きいため、今後も同国への注目は、引続きある程度は高止まりするように思います。そんな中国と今後どう向き合って行くかは、隣国である日本は言うに及ばず、世界に投げかけられた長期的な課題と言えるかもしれません。
by harry_g
| 2011-06-29 07:39
| 中国の経済