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 垂直記録は、当時東北大学の教授だった岩崎俊一氏(現・東北工業大学 理事長)による原理の提唱後、パラダイムシフトの可能性を秘めた新技術として注目を集め、多くの企業が研究開発にまい進することになった。しかし、逆風が吹き始める。米IBM社による別の技術提案が、垂直記録にとっての大きな壁として立ちはだかったのだ。そんな中、垂直記録の実用化に執念を燃やす男がいた…。

※本記事は、2006年発行の『日経エレクトロニクス』に掲載された記事を再構成・転載したものです。記事中の肩書きや情報は掲載当時のものです。

 今からさかのぼること14年余り。東芝が垂直記録方式を用いた1.8インチHDDの出荷を始める、はるか前の1992年――。数十台ものHDDの試作機が産声を上げた。東芝と同じく垂直記録方式を用いた1.8インチ型である。

 そのHDDは金属の筐体で包まれており、本を開くように筐体を開けると、特徴ある細長いアームが目に飛び込んでくる。開発者たちは「カードディスク」と呼んでいた。さぞかし華々しいお披露目の場が用意されたかと思いきや、その存在自体これまで表に出ることはなかった。

富士通が1992年に試作した、垂直記録方式を用いた1.8インチHDD。細長いアームが特徴。(写真:富士通)
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 この謎めいた試作機を作製したのは、富士通だった。垂直記録方式の実用化に秋風が吹く1989年ごろに、ベンチャー企業の米Censtor Corp.から接触記録用のヘッド技術を導入して立ち上げた「Censtorプロジェクト」の成果である。当時富士通は、垂直記録方式を用いたHDDの実用化寸前までたどり着いていた。

 Censtorプロジェクトのコア技術は、細長いアームの先に取り付けた単磁極ヘッドである。「MICROFLEXHEAD」と呼ぶCenstor社の技術に基づく。このヘッドに加えて、量産性を考慮してめっきで軟磁性層を形成した垂直記録用二層媒体、量産を見越して作った専用ICやプリント基板などを1.8インチ型の筐体に組み込んだ。ヘッドは弱い力で記録媒体に接触しており、実際にデータの書き込みや読み出しができた。当時の製品の面記録密度は200Mビット/(インチ)2前後で、これを超える密度を実現していたという注1)

軟磁性層=二層垂直記録媒体で、記録層の下に設ける軟磁性材料でできた層のこと。垂直記録方式では、磁気ヘッドと軟磁性層の間に生じる磁界で記録層にデータを記録する。記録媒体の一部である軟磁性層が、いわばヘッドの役割を担っている。

注1) 富士通は実証実験でさらに高い記録密度を得ていた。試作機に組み込んだものよりも小さなヘッドや、スパッタで作った記録媒体などを用いることで、1991年に日立製作所が長手記録方式で実証した2Gビット(インチ)2を実現した。富士通は、この成果を1992年の学会で報告している。