10年後も世界で通じるために

最初、Google+で書いたのだけれども、コメントなどで参考になる話が多く聞けたので、こちらにも展開したい。

木曜日と金曜日に通称デブサミ、Developers Summit 2012に参加した。特定のベンダーや技術にとらわれることなく、広く技術から開発方法論まで話されるこのカンファレンスも今年で10周年だ。関係者の皆様、お疲れ様でした、おめでとうございます、来年からもがんばってください、応援しています。

10周年ということもあり楽しいムードが満載の中、ふと疑問を持ったので、Twitterでつぶやいてしまった。

素朴な疑問なのですが、 #devsumi の「10年後も世界で通じるエンジニアであるために」って現在すでに世界で通じるエンジニアであるという前提ですね?
https://twitter.com/#!/takoratta/status/170341136370638848

このデブサミの今年のタイトルが「10年後も世界で通じるエンジニアであるために」であり、これはこれでステキなメッセージなんだけれど、疑問に感じたのが「10年後も」っていうことは「今も」すでに世界で通じるエンジニアなんだという前提なのかと。

「日本のエンジニアなんて、ガラパゴスの動物のように、進化はしているかもしれないけど、島から出たら生存競争に生き残れないようなやつらばかりだ。なんだ、このメッセージ、きめぇ」とか思っていたわけではまったくない。純粋に、参加者は「世界」というのをどういうふうに感じているのかを知りたかったのだ。

世界で通じるエンジニアっていうのは、技術力だけでなく、(もちろん日本語以外での)コミュニケーション能力からなにから世界で通用することを期待される。スピード感も必要だし、ダイバーシティへの理解であったりも要求される。自分の考えを推し進めるにはアサーティブであったりすることも必要だ。私も含め、多くの日本人が苦手なところだろう。

外資にしか勤めていない私が感じる「世界」と参加者の多くがそうであろう日本企業に勤める人が見る「世界」というのはどう違うのかを知りたかった。

Twitterでつぶやいたところ、@keiji_ariyamaさんが素晴らしいコメントを返してくれた。

実際、世界で通用するかどうかというのは、世界と関わらないとわかんないですよね。 仕事が日本に閉じてるなら、せめてオープンソースプロジェクトにちょっとでも関わればいいのかもと思うのだけど。そう言う話は出るのかしら。
https://twitter.com/#!/keiji_ariyama/status/170350438326079489

そう。世界で通用するかどうかの実感を持つには、世界と関わらないといけない。

オープンソースに関わることとか自分の開発しているものをオープンソース化ことの意義については以前、Google API Expertの安生真さん)が教えてくれた。安生さんは、「コードが公開できるものだったら、できるだけオープンソースで公開すべきで、その際多少面倒でも、是非英語で公開すべきだ。日本語で公開した場合でもバグ報告や機能追加要求は来るけれど、英語で公開するとパッチが送られてくる」とあるときアドバイスをしてくれた。

10年後に世界で通じるためには、たとえばつまりこういうことをやっていくっていうことなんだろうと思う。

私の元のツイートは炎上を引き起こすかと思ったら、50以上のリツイートされただけで静かに終わっている。リツイートされたってことは何かを感じたんだろうけれど、是非もっと考えて世界と関わって欲しいなと思う。

以上のような投稿をGoogle+でしたところ、安生さんからは本人のエピソードが紹介された。アメリカに住んでいたころに作ったフリーソフトにまつわる話だ。

最初は、事前に作っているものを日本の友人たちに伝えいたこともあって、日本人からのレスポンスが多かったのだけど、じわじわとアメリカ人などからも反応が返ってくることも増えて、しまいにはヨーロッパやインド、アフリカの方まで。なぜだか分からないけどアフリカの(たしか南アフリカだったと思う)一部で評判になったみたいでよく使われている印象でした。

しばらくすると単純な評価だけでなくて、要望や質問が増えてくるわけですが、これがびっくりするほど、日本からは「こうして欲しい」「あーして欲しい」「こういう状況だと動かないなんとかして欲しい」というものばかりで、ただほとんどの人は何も問題がないのか、何もいわずに使ってくれているという状態。

https://plus.google.com/u/0/106159982274124243155/posts/RvtkpDsLZpo

このように日本からは利用者としてフリーソフトを使う立場からのフィードバックが多かったのが、英語圏からはまったく違ったという。

一方で、英語圏からは、まずやたら情熱的に褒めてくれて、それから「こうするともっとよくなると思うんだ!良かったら使ってくれ!」とパッチが添付されてるような事が何度か。

https://plus.google.com/u/0/106159982274124243155/posts/RvtkpDsLZpo

このようなことが起き始めて、安生さんは驚き、そしてすぐに行動する。

ボクは怒るどころか、驚きといい意味で裏切られた嬉しさでいっぱいで、むしろその直後には申し訳ないことをしたという気持ちに。それなら最初からオープンソースにしておけば良かったなあ、と。ボクは返事を書くよりも先にまずそれをパブリックなバージョン管理システムに公開して、その人たちをコミッターに加えて、それからメンバーに「ありがとう、本当に嬉しいし、パッチも素晴らしかったので、早速採用したよ。ソースもリポジトリに置いたんで、良かったら一緒にコミットしてくれないか?」と返事しまして。しばらくは(自分たちが飽きるまで)一緒に作ってました、というわけです

https://plus.google.com/u/0/106159982274124243155/posts/RvtkpDsLZpo

これが私が以前アドバイスもらったときの話だった。すごい話だと感動したが、これがオープンソースでは日々起きていることだ。

安生さんがこの話を私からのGoogle+の投稿を共有する形で紹介したところ、同じような経験をしたというのがいくつか紹介される。

太田昌文さんからはOpenSolaris for Eeeで同じ経験をしたとの話があった。

僕もOpenSolarisで世界中に認めてもらうべく、プレゼンを全て英語化するという強硬策にでました。一部コミュニティのメンバーからは大反対でした。日本に閉じているだけでなく世界に知識をシェアすることで、中国やアメリカやいろんな人からアドバイスをいただきました。また日本にあったOpenSolarisの技術もうまく見せられた気がしました。で、Core Contributorという名誉職をいただくこともできました。この時 いろんな国の人からお祝いされたのは忘れられません。

https://plus.google.com/u/0/106357774291225510689/posts

さらには長南浩さんからはOpenSolaris Live USB Creatorを開発したときの話が紹介される。

そんなにイイ出来ではなくやっつけ仕事的な hack だったのに海外方面で絶賛されてたり。みんな blog 書く時代だったので、知らない間にロシア語とかハングルで使い方解説する blog エントリ書かれたりした経験があります。

https://plus.google.com/u/0/106159982274124243155/posts/RvtkpDsLZpo

Hack For Japanで昨年から活動を一緒にさせていただくことの多い、OpenStreetMapやsinsai.infoで有名な関治之さんからも次のようなエピソードが紹介される。

仕事を辞めて海外に行ったりしなくても海外とつながれるのがオープンソースの世界のいいところですね。ここ数年FOSS4GというオープンソースGISのカンファレンスに参加していますし、昨年はOpenStreetMapのカンファレンスにも行ってきました。海外のOSSカンファレンスって本当に楽しい!

sinsai.info では Ushahidi というOSSを使っていて、日本で修正した部分はパッチを送ったりしていました。そんなこんなしているうちに、4月に開催する、 NASAAPI を使った世界的なハッカソンの日本地域のオーガナイザーをすることになりました。どんどん世界が大きく広がっていく感じです。

https://plus.google.com/u/0/106357774291225510689/posts

本当に楽しそう。確かに、関さんと話していると、私なんかとは全然スケールが違って、世界レベルで人とつながっていくのを本当に楽しんでいるのがわかる。

きっとこんなエピソードが日本にもまだまだたくさんあるのだと思う。こういうことを共有していくのが大事なのだろう。

技術者として世界で通じるとか言うと、ついつい技術力とかの話にばかりなるかもしれない。でも、そんなことの前にまずはつながってみようとということだ。

私もグローバルでのコミュニケーション能力とかの話が必要だとか言う前に、楽しいよ ということをもっと伝えていくべきだと思った。また、外資系にいるからということで世界とつながった気になっているのも良くない。実際、仕事という環境では世界中の人と一緒に仕事しないとやっていけないので、その意味では世界とつながっているのだけれども、その世界はまだ会社とかプロジェクトという限られた環境での世界だ。今回、ほかの人から意見をもらったことで、自分の世界がまだ開かれていないことを思い知った。

別にオープンソースだけでなくとも、今ではソーシャルメディアやブログなどを使って、いくらでも世界とつながれる。文章1つでも良いかもしれない。それこそ140文字のつぶやきが世界を駆け巡るかもしれない。



これはGoogle+での投稿やコメントの要約にすぎないので、是非元の投稿を読んで欲しい。
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  2. 安生さんの投稿