ハッカー文化が日本を救う
吉岡弘隆さんという人がいる。IT業界では「カーネル読書会」の主宰者として知らない人はいないほどの有名人だ。実は吉岡さんはDECという会社での私の大先輩だ。
私がソフトウェア本部で顧客向けのシステムの開発や販売をしていたころから社内で積極的に発言をされていたし、研究開発センターに異動した後は少しだったけれど一緒のオフィスにいさせていただいたこともある。まぁ、恐れ多い存在でほとんど口もきけなかった。
そんな吉岡さんのDEC後の活躍はブログや各種ソーシャルメディアを通じて知っていたが再会したのは数年前のデブサミ*1でのこと。その時、吉岡さんはコミュニティのライトニングトークに参加していたか何かで和服を着ていて、いつものようにニコニコとしていた。良い年齢してよくやるなぁと思っていたのは今だから話せる内緒の話。
そんな吉岡さんと一緒に活動する機会を得たのは、Hack For Japanのおかげだ。楽天も当初から活動に賛同してくれていて、吉岡さんには最初のハッカソンの企画段階からいろいろと意見をもらった。
たとえば、第1回目のハッカソンをどうするかをメーリングリスト上で議論しているとき、賛同する企業の代表としての意見を求める私に対して吉岡さんは次のように言った。
ここにいるのは、個人としてのよしおかです。
ビジネスの観点から言えば、楽天と競合する会社もありますが、それでも、ここにいるのは、個人として参加したいから参加しているわけです。
会社の中には、このような行動にたいして、理解を示さないばかりかあからさまに不快感を持つ人もいると思います。
それは楽天にもいるだろうし、Googleにもいると思います。
だけど、1000年に一度のこの未曾有の災害で何かをしたい、自分ができることを何かしたい、そのために、会社も動かす覚悟がある、まわりを巻き込む気持ちがある、ITを利用して何かをしたいという志を共有してわれわれが組織の壁を越えてコラボレーションをする。
そーゆーことだと思うのです。
まさに、「そーゆーこと」だった。もちろん、企業人として企業のサポートを得ることも必要なので、実際には2つの帽子をかぶることが必要になるのだが、元になるのは個人の思いだ。
その後も吉岡さんは常にハッカーマインドを持って、このHack For Japanというコミュニティの活動を共にリードしてくれている。
「今年の3月に起きた東日本大震災が、それまで潜んでいた日本のハッカーたちを喚起する大きなきっかけになった」(ハッカーマインドでいこう!後編--求められる企業文化の変化 - ZDNet Japan)と吉岡さんは言う。
東日本大震災直後にNTTデータの社員である三浦広志さんが合同会社Georepublic JapanのCEOの関治之さんらと立ち上げた震災情報集約サイト「sinsai.info」があります。また、Googleの及川卓也さんの呼びかけで始まった震災からの復興を支援するための復興アプリ開発支援コミュニティ「Hack For Japan」もその一つです。どちらのプロジェクトも企業を超えてIT開発者が活動に参加しています。これはまさにハッカーの世界です。
私は自分自身のことをハッカーだと思ったことは一度もない。だが、吉岡さんは私がHack For Japanの立ち上げに奔走したことやその後もさまざまな活動を通じて積極的に技術者を巻き込んでいくさまを見て、それこそがハッカーだと言ってくれる。
昨年夏にリクルート主催のJapan Innovation Leaders Summitにて、Hack For Japanにプレゼンテーションの機会を与えられたとき、吉岡さんはスタッフの座る前列に座り、私の話を見ながら、号泣していた。いやー、本当にこういうのは止めて欲しい ;-) 内容が内容だけに、こちらもいっぱいいっぱいで話をしている。その目前であたりはばかることなく、大の大人が、それこそ漫画にあるように、だーっと両目から涙を滝のように流している。こちらも泣きそうになっていた。吉岡さんは泣きながら、ツイートしていた、「ここにハッカーがいる」と。
https://twitter.com/#!/hyoshiok/status/99735824266039296
私だけでなく、その後Hack For Japanのプロジェクトを代表してくれて話してくれていたエンジニアに対しても「ここにハッカーがいる」と。
ハッカーとはなんだろうと思うことがある。今も、Hack For Japanの今後の活動を考えるときに、「ハック」や「ハッカー」という言葉の意味を考える。まだまだ否定的な意味合いで使われることも多い。日経新聞が以前、我々の活動を「善玉ハッカー」と言ってくれたのに気を良くして、今ではHack For Japanの活動を紹介するときには「善玉ハッカーです」と言うようにしている。それでも一般の人に話すと、多くの人は口をぽかーんとして聞いている。なにやら難しい技術者の話だと。自分で何を言おうと怪しい連中だろうと思わっているのかもしれない。
だが、ハックはコンピューター技術者だけに通じる精神ではない。吉岡さんが以前に私に言ってくれた言葉が一番しっくりくる。
自分はHackerじゃないんだけどという人がいるが、Hackerとは別にすごい勢いでコードを書く人じゃない。想いを実現する熱意があり、行動に移す人のことだ
Hack For Japanの軌跡 - Japan Innovation Leaders Summit 2011 - Nothing ventured, nothing gained.
吉岡さんの最近のインタビュー記事でMITの石井教授と対談しているものがある。この中にもハッカー精神を理解する多くの大事なキーワードがある。
過去の成功が大きなものであるほど、その過去と不連続な新しい未来を描くには勇気がいります。しかし、時代は常に変わっていくことを理解しなければなりません。その変化に対応するためには迅速に動かなければなりません。細かなスペックを延々会議で議論し、膨大な量の仕様書を作り、ようやくシステムができた頃にはすでに時代が変わってしまっているのではどうしようもありません。これが実際に、通信や情報や放送の世界で起きている。
「不連続への挑戦」だ。
やっぱりハッカー魂のあるエンジニアは、やんちゃだし、面白いことをやろうとしているし、元気です。その意味では、自由を尊んでほしいし、誰かの許可を得ることばかりに意識がいくことをなくしたいですね。
この「許可を得ることばかりに意識がいくことをなくしたい」というのは「許可を求めるな、謝罪せよ」(ハッカーマインドでいこう!後編--求められる企業文化の変化 - ZDNet Japan)という3Mの社是に繋がる。
米ソフトウェア業界におけるリーン開発の第一人者で、アジャイル開発分野のリーダー的存在としても知られる米3Mのメアリー・ポッペンディーク氏は、「Agile Japan 2009」の講演の中で「許可を求めるな、謝罪せよ」という3Mの社是を引用しました。
3Mの社是は、さらに続きます。
"It is easier to ask forgiveness than permission. With a sincere attitude toward one’s work, the chances of doing real damage or harm are small. Consequences from bad calls, in the long run, do not outweigh the time waiting to get everyone’s blessing."
『許可を求めることより許しを乞う(謝罪する)方が簡単である。ひたむきに仕事をすれば、深刻なダメージや危険にあう可能性は低い。間違った決定による時間が、長期的にみて、みんなの許可を得るために待つ時間を上回ることはない)』
「許可を求めるな、謝罪せよ」については吉岡さんの昨年のブログ記事に詳しい。
2011-02-05 - 未来のいつか/hyoshiokの日記
震災に限らず、想定外のことばかり起きる現代において、上司や先輩などがタイムリーに的確な判断ができるとは限らない。今回の震災においても組織の上司の許可を得ずに、そのときにベストな判断をしたことで救えたものも多かった。
冒頭で吉岡さんのことを「良い年齢してよくやるなぁ」と思ったと書いたが、吉岡さんも私も良い年齢しているのに、はっきり言って変人だ。だが、こんな良い年齢した変人が自由に行動できるような会社が増えたら、もっと日本はステキになると思う。正直、吉岡さんが仕事で何をされているのかまったくわからないが、吉岡さんに聞いても、きっと「こまけーこたーいいんだよ」と言われるが想像できるので聞かない。
組織におけるマネージメントの立場にある人*2には、元Google日本法人社長の村上憲郎さんの言う「そんなもん原則許可でしょ」を少しでも取り入れて欲しいと思う。
昨年一年間、私がやってきて、さらには、今年以降も、私が、やろうとしていることは、日本の若い人達の「そんなもん原則許可でしょ」という当然の想いに加担することです。
許可を求めず行動し、それらが原則許可される。そのような組織が増えれば、何か変わっていくだろう。
村上さんもお会いしたことがある人はご存知だと思うが、変人だ。「良い年齢してよくやるなぁ」クラスターの人だ。
変人が好き勝手発言できる社会が日本を変える。
お後がよろしいようで。