あまりのおもしろさに出張の往復新幹線の中で読み切ってしまいました。
清張ファンにはぜひ、ご一読を勧めます。
清張は多作でしたが、自分のことについて触れた文章は非常に少なく
ぼくの知っている限りでは「半生の記」くらいでした。
また、清張は自身の体験を推理小説やフィクションとして語ることに長けていた小説家でした。
作者は編集者として清張の女房役を長年務めており、
編集者から見た清張像を語ってくれます。
一言で言えば、清張は仕事の虫だったのですね。
さて、タイトルの「召集令状」の部分なのですが、
清張の作品の中で自身の軍歴が示唆されるような作品はこころあたりがなく、
わずかに前述の「半生の記」に朝鮮半島へ出征し、ソウルで終戦を
むかえたことが記憶に残っていただけでした。
それも満洲や南太平洋で死闘を演じていた前線部隊とは違うので、
軍隊独特の窮屈さはあるものの、
むしろラッキーな兵士のひとりだったのだと思っていました。
清張の小説中の登場人物のほとんどが、ぼくの知るかぎり印刷工、サラリーマン、新聞記者、作家、刑事など清張が実際にその職に就いたり、関わりがあった職であり、軍人がいなかったのは、可もなく不可もない軍隊生活を送ったせいだろうと考えていました。
森氏は清張担当編集者時代に、清張の「軍人生活はそれほど悪くなかった」といった発言を聞き、まさにぼくと同じように、清張は軍歴やそのメカニズムについて拘りがないという印象をもっていたようです。
ところが、森氏は清張に戦時中の役場の兵事係の告白を聞かせることにより、清張の執筆欲に
火をつけます。
こうしてできたのが名作「遠い接近」です。
清張は徴兵されたとき、なぜ一人っ子で妻子・両親を養わなければならない中年にさしかった病弱な自分に召集令状がきたのか、長年、謎に思っていたようでした。
その謎ときと軍人生活の苦しみがほとばしるように表現されたのが「遠い接近」です。
徴兵というメカニズムがどのようにおこなわれていたのかも興味深かったですが、森氏と清張のやりとりを通じて、小説ってこうやってできていくんだなぁ、とわかったところがとても面白いと感じました。