傑作短編コレクションの最終巻。
3冊連続で清張の短編集を読んできたが、疲れがでたなぁ、という感じ。
当然のことながら、短編は読みやすいのだが、重層感に欠ける。物語の中に含まれる
ポイントが少ないので、飽きてくるんだよな。
読んでも、印象に残るのが少なくなってきます。
さて、下巻でおもしろかったのは「日本の黒い霧」に含まれている「帝銀事件の謎」です。
少々ながくなりますが、ぼくが中学生か高校生の頃だから昭和50年代だと思いますが、森村誠一が「悪魔の飽食」というドキュメンタリーを出しました。当時、その内容はかなりセンセーショナルに取り上げられ、ベストセラーになったことを覚えています。
知らない人のために書いておくと、「悪魔の飽食」は関東軍防疫給水部”通称731部隊"の戦時中の悪行を暴露したもの。防疫給水というのは名ばかりで細菌戦を研究・実行する秘密部隊でした。研究のため、多数の中国人やロシア人に生体実験をおこない、疫病媒介生物(カ、ノミなど)を敵地に配布し疫病をひきおこすなど、国際条約に違反した行為をしていました。さらに、戦後かれらは戦犯として処罰されませんでした。かれらの研究成果は将来の対ソ戦を検討していたGHQ(米軍)から見ると、のどから手がでるほど欲しいものだったからです。731部隊幹部のほとんどが、戦後、大手薬剤メーカー、有力大学医学部に根を張り、業界や学会に隠然とした勢力を誇っているという内容でした。
この本を読んだとき、こどもだったぼくは、人が人に対してここまで残酷になれるのか、という驚きをおぼえ、同時に昭和史を中心とした歴史への興味を喚起させられました。
帝銀事件は、閉店直後の銀行で、行員十数名を薬殺し、その騒ぎの中で現金を強奪するという戦後のドサクサを代表する凶悪事件でした。清張は独自の視点で、犯人とされた画家・平沢のアリバイ、症状から、旧軍関係者に的を絞り込み大胆な推理をはたらかせていきます。それも一般軍属ではなく、石井中将が責任者をつとめた731部隊関係者にしぼっていきます。また、警察の捜査も清張同様、秘密部隊関係者に網をかけていながら、途中で”何らかの力”がはたらき、捜査が捻じ曲がっていき、その犠牲者として平沢が挙げられたことを暴きます。
ながながと書きましたが、何が面白いのかと言うと、「悪魔の飽食」も清張の「日本の黒い霧」を題材にしたのでは、ということがわかったからです。「日本の黒い霧」が出版されたのが昭和35年ですから、「悪魔の飽食」に10年以上先んじて清張が秘密部隊の任務とGHQとのかかわりを暴いたことになります。
若い頃、印象に残った作品のルーツがここにあったんだ、という軽い喜びを感じました。