2002年3月1日(金)読了
ドノバンと聞いてもピンとこない人の方が大半だと思う。ドノバンはCIA の前身であるOSS(戦略情報局)を第二次世界大戦前夜、米国大統領の命を受けて創設した人である。
情報機関の長で有名なのは、半世紀近くFBI を操り、大統領すら罷免することができなかったフーバーFBI 長官だろう。ドノバンは優れた資質と行動力でわずか数名のOSSを、大戦の半ばには一万人以上の情報機関に育てあげた人であるが、結局、OSS が発展的に解消された後のCIA 長官にはなれなかった。
その後のアレンCIA 長官、ケーシーCIA 長官と優秀な人間が輩出されたために、影が薄くなってしまったのだと思う。この本は、ドノバンとCIA 創世記のノンフィクション・ドキュメントである。
CIA というと冷酷非情なスパイの巣窟というイメージがあるが、創立時のメンバーは主に民間から採用されていた。これは軍に「情報こそ敵を制する」という情報戦の重要性に対する認識が欠けていたためである。
当時、米軍情報部は人材のゴミ箱の様相を呈していた。その状態に危惧を抱いたルーズベルト大統領の「民間人による情報機関を創設」という命令によりOSSが創設された。OSS は対外情報、防諜、心理作戦、対敵工作など多彩な作戦をおこなったが、そのほとんどが弁護士、大学教授、マスコミ出身者などの民間人が主体であった。小説家のサマセット・モームや映画監督のジョン・フォードなども中核メンバーとして活躍していたのは有名である。
このノンフィクションの読みどころはわずか数年でOSSが大情報機関に成長していく過程であり、特にFBI, 軍情報部との葛藤、イギリス情報部との戦いである。「出藍の誉れ」という言葉があるが、設立当初は情報戦のノウハウをイギリス情報部から得ていたが、優秀な人材、豊富な物量で、イギリス情報部を次第に圧倒し、やがては敵対関係になってしまう。
大戦の間にここまでやるかという数多くの工作をおこない、輝かしい成功を収めていたが、その裏での失敗も多い。組織が成長していく過程での「おおらかさ」というか「大雑把さ」が生き生きと書かれていて面白い。人員採用にあたってろくな調査もしないので、大戦中のイスタンブール支局が他国スパイの巣窟になってしまい、閉鎖せざるをえなかった話や、予算のドンブリ勘定の実例などは、いかにもアメリカ的である。