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週刊文春の桜宮高校バスケ部体罰問題に関する記事がひどすぎる

「死人に口無し」なことをいいことに言いたい放題の週刊文春

久しぶりに胸糞の悪くなるものを見た。週刊文春2月7日号の『桜宮高 生徒・保護者が初告白「バスケ部と家庭の真実」』という記事だ。この記事によると、

  • バスケ部キャプテン(A君)が自殺したのは、顧問教師(K顧問)の体罰のせいではなく、大学進学のことで悩んでいたから。
  • 大学進学のためにキャプテンを続けるよう忠告したA君の母親にも責任がある。
  • マスコミからひどい暴力教師であるかのように叩かれているK顧問は、本当は生徒想いの良い先生で、部員からも慕われていた。
  • 橋下市長は遺族の話ばかりに耳を傾けていて、バスケ部関係者の話は聞こうともしていない。

とのことらしく、まさに「死人に口無し」とはこの事だ。文春はこの記事を書くにあたって、A君と親しかったという生徒、桜宮高校関係者、バスケ部OB、バスケ部関係者、保護者などに取材をしているが、彼らの主張は概ね、A君の母親を悪者に仕立てて自殺の責任を転嫁し、K顧問は悪くないと徹底的に擁護し、ひいては、桜宮高校に介入しようとしてくる橋下市長を非難するものだった。A君の母親に関する彼らの話をまとめると、

  • A君の母親は元々バスケ経験者で、K顧問の体罰を伴う指導法を容認していた。K顧問の指導法を非難する別の保護者に対して「バスケ部に入ってきた以上、覚悟があるはずでしょう」「厳しい指導は承知で入部してきたんじゃないの」と言って反論することもあった。
  • A君の母親は、試合の様子をビデオで撮影し、試合後にA君と一緒にそれを見て反省会をしていた。A君は「ビデオを正座で見せられるのが嫌で、家に帰りたくない」とまで言っていた。
  • A君がキャプテンをやめたいと言った時、母親から「自分から立候補したのに、自分から降りると言ったら信頼をなくすよ」と言われて、結局キャプテンを続ける事になった。

とのことらしい。さらに、自殺した前日のA君とK顧問とのやり取りについて、ある保護者が次のように証言している。

「その日、A君は初めて先生に『もう無理です。キャプテンを辞めたい』という旨を伝えた。K先生はA君に『じゃあBチーム行きやで』と、這い上がって来いという親心を込めて言ったんです。でも本人はBに落ちたらいやですよね。『じゃあやっぱりキャプテン続けます』って言った。先生が『お前、どうしてそこまでキャプテンにしがみつくねん?』って聞いたら、『大学進学のためです』と漏らした。先生が『そんなこと誰に言われたんや?』って聞いたらA君は無言だったみたいなんですけど、先生が『お母さんに言われたんか?』って聞いたら『そうです』と。それで先生は『キャプテンをやったからといって、大学には行けない』という現実の話をして、A君はそれにショックを受けたようなんです。早稲田や同志社には、桜宮から指定校推薦の枠は無い。でもA君はその時まで、バスケで進学できると信じて疑っていなかった。目標があったからこそ、嫌々ながらもキャプテンを必死にやっていたのに……」

これだけを見れば、まるで母親がK顧問と一緒になってA君を追い詰め、さらに、A君が「バスケで進学できる」と勝手に勘違いしただけのように感じるが、そもそも彼らの話にどこまで信憑性があるのだろうか。バスケ部関係者からすれば、体罰を容認してきた責任を負わされることを何としても避けたいと思うだろう。バスケ部OBからすれば、恩師であるK顧問を批判することは自分のこれまでの歩みを否定することに繋がるから、何としてでもK顧問を擁護したいと思うに違いない。他の部員の保護者からしても、早くバスケを再開したいと思っている息子のために、橋下の対応は間違っていると世間に訴える必要があるだろう。第一、大学に進学したいという希望があるのなら、きついバスケ部なんかさっさと退部して勉強に専念する方が余程合理的なのに、あえてバスケ部を続けて推薦での進学を目指すというストーリー自体が、不自然極まりない。文春も橋下憎しのあまり、「A君は進学のことで思い詰めていた」「A君を自殺に追い込んだのは母親」というストーリーを捏造して、桜宮高校を守ろうとする勢力と結託し、反橋下キャンペーンに利用したのではないかと疑ってしまう。まさに「敵の敵は味方」だ。

もちろん、A君の母親に全く落度が無かったなどとは言えないだろう。自殺するほど追いつめられていたのに何故気付けなかったのか、自分もK顧問と一緒になって息子を追い詰めてしまったのではないか……。母親は一生そのことを後悔しながら生きていくことになるだろう。しかし、だからと言って「K顧問は間違っていない、悪くない」なんてことには毛頭ならない。K顧問がA君をはじめとする部員達に暴力を振るっていた事は事実だ。にも関わらず、この記事に書かれているような理屈がまかり通るなら、自殺した本人や家族にほんの少しでも落度があれば、顧問や学校関係者は一切責任を負わなくていい、ということになりかねない。これは、いじめによる自殺の問題とも共通する問題だ。体罰(いじめ)の実態についてろくに調べもせず、自殺した本人や家族の落度を重箱の隅をつつくように掘り出してきて、「体罰(いじめ)と自殺の因果関係は不明」なんて言うのは、まともな大人のすることじゃない。

はからずも見えてきたバスケ部の異常な実態

それにしても、この記事はK顧問を擁護して橋下を非難するものであるはずなのに、関係者の証言を読めば読むほど、桜宮高校バスケ部の異常な実態がますます浮き彫りになってくるというのは、ある意味すごいと思う。あるバスケ部OBは、K顧問を擁護しながらこう話した。

「ウチは公立なので、特に才能のある選手が集まるわけではないんです。それでもエリート校に本気で勝つには、細かいプレーでも全力でやるしかない。なのでちょっとサボったり、気を抜いたプレーをするとパンって飛んできますね。
でも先生が手を出すのは上級生だけ。それも理不尽に叩いたり、気分ですることは絶対にありません。叩かれるときは、自分も『うわ、バレた』って感じの時なんですよね。だから体罰とは思っていなかった」

このOBは、「理不尽で叩いたり、気分で」叩いたりしなければ、許されるとでも思っているのだろうか。「上級生だけ」ならOKと思ってるのだろうか。「『うわ、バレた』って感じの時」なら叩かれても仕方ないと思っているのだろうか。だとしたら、K顧問の厳しい指導を受けて人格が歪んでしまったのだろう。実に恐ろしい話だ。

さらに、自殺前日の練習の様子について、ある生徒はこう述べている。

「報道では三十~四十発って数字が一人歩きしていますが、その場にいた誰もが『十発くらい』と言っています。それも、痛めつけるようなビンタじゃない。A君は左の八重歯の上につけていた矯正金具で唇を少し切っただけだし、この日は他の部員も叩かれていた。みんな普段から経験してる程度のことで、あれで絶望してしまうというのは考えにくいです」

「十発くらい」叩かれるのが「みんな普段から経験してる程度のこと」というあたりに狂気を感じる。第一、K顧問は、矯正金具を口に入れた生徒を殴ったりしたらどんな事になるか、想像がつかなかったのだろうか。

極めつけが、ある保護者の次のような発言だ。

「A君が亡くなったあと、残されたバスケ部員たちは新人戦に出場したいと学校に直訴しました。随分批判されましたが、彼らにしてみれば先生に非がなかったことを証明する舞台だったんです。何よりそれはA君が望んでいたことでもある。勝ちたい、インターハイに行きたいっていうA君の志をよくわかっているのも彼ら。人が一人死んでるのにって言われますけど、あの子たちにとってみれば、だからこそ、なんです」

何故新人戦が「先生に非がなかったことを証明する舞台」になるのか意味不明だが、これではっきりしたのは、当のバスケ部員達やその保護者達が、「K顧問は悪くない、桜宮高校バスケ部の伝統は正しい、A君を弔うことよりも部活を再開する事の方が大事」と本気で考えているということだ。なんという狂った世界……

まともな読者なら、こんな記事を読んで橋下のやり方は間違っていると思い直すどころか、逆にやっぱり橋下の言ってた事は正しかったんだと思うだろう。確かに、「何の関係もない受験生にまで迷惑をかけるのは良くない」とか、「以前は体罰を容認していた橋下が手のひらを返して教育現場を批判するのは、一種の政治的パフォーマンスだ」とか、「バスケ部以外の部活まで活動停止にしたり、桜宮高校の教員を総入れ替えしたりするのは、いくらなんでもやり過ぎだ」といった批判は分からないでもない。しかし、事態は最早、「毒をもって毒を制す」という事をやらなければならないレベルにまで達している。

繰り返すが、まともな読者であれば、この文春の記事を読んで、K顧問を擁護する関係者や文春に嫌悪感を示すだろうし、ますます桜宮高校の酷い現状を何とかしなければならないと思うだろう。しかし世の中には、この記事を読んで、ああやっぱりK顧問の体罰は間違ってなかったんだ、悪いのはA君の母親や橋下なんだ、と思い込んでしまう人もいるらしい。もうすでにこの記事を読んで、橋下の対応を批判するブログ記事を書いたり、K顧問を擁護する書き込みをしている奴らが大勢いる。こういう奴らがいるから、教育現場での体罰が一向に無くならないのかもしれない。「子供の成長のために体罰は必要」と勘違いしているバカ右翼や、「やっぱり橋下の強引なやり方は間違っている」と考えている反橋下派、「強くなるために体罰は必要」と思い込んでいる体育会系のバカ達。そんな連中を勢いづかせているのが、この週刊文春の記事だ。

身を挺して「見せしめ」になることを選んだK顧問

それにしてもこのK顧問は、「叱られ役を見せしめにして部を強くする」という彼の教育方針がこの世の中で有用である事を、自らの身をもって示してくれた。事実、この問題が報道されるようになった後、

  • 桜宮高校バレー部の顧問が部員に対して100回以上もの体罰を振るっていた問題
  • 豊川工業高校陸上部の監督が複数の部員に体罰を振るっていた問題
  • 女子柔道日本代表の園田隆二監督が女子選手に体罰を振るったり暴言を吐いたりしていた問題

などが次々と明らかになり、これまで見逃されてきたスポーツ界の体罰の問題がクローズアップされている。もし、桜宮高校バスケ部の件がなかったら、これらの事件はほとんど表に出てこないか、出てきたとしても新聞の片隅に載るだけで、加害者が社会的制裁を受けることもなかっただろう。

すでに大阪県警は、K顧問の立件に向けて捜査を始めているらしいが、是非とも体罰の実態を徹底的に解明して、司法の手によってK顧問を厳罰に処してほしい。K顧問に対して見せしめ的に社会的制裁を加えることで、これまで体罰を振るってきた指導者達を思い留まらせる効果がある。記事によるとK顧問は「僕をかばわないでください。Aのお母さんを支えてあげてください」と言っているそうなので、好都合だ。K顧問を徹底的に追い詰めることで、部活動の現場から体罰を少しでも減らせるのなら、是非そうすべきだ。