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専門家が読み解く、中国「改憲」の内実(高橋)

2018年03月19日

2018年3月11日、全国人民代表大会(全人代)において、中華人民共和国憲法の改正が決議されました。実に14年ぶりの改正です。その要点はどこにあるのでしょうか?

まずそもそも中国において改憲はどれほどのインパクトがあるのか、という問題を抑えておく必要があります。中国では1954年の憲法制定以後、3回の全面改定がありました。最後の全面改定は1982年ですが、それ以後も4回の小改定を行っています。直近2回の小改定は中国人民を指導する思想に「鄧小平理論」「(江沢民の)三つの代表論」を加えるものでした。つまり総書記がかわるたびに新たな思想を書き込むための改憲が行われていたわけです。胡錦濤前総書記の思想を書き込む改憲が行われなかったために14年もの間が空いてしまったとはいえ、改憲そのものは中国にとっては特に驚くべき事態ではないわけです。ただし、鄧小平にせよ、江沢民にせよ、彼らの思想が憲法に書き込まれたのは退任後。在職中にこれを成し遂げた習近平はやはり強い権力を持っているとみるべきでしょう。

さて、憲法改正案の中身ですが、日本では「国家主席の任期制限廃止」とそれによる習近平長期独裁の可能性ばかりが報じられていますが、実際の改定案はというと実に21項目もの内容が提起されています(新華社)。きわめて多岐にわたる内容ですが、重要なポイントを抜き出すと以下のようになるでしょうか。

1:中国人民が堅持しなければならない思想の中に、「科学的発展観」と「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」が盛り込まれ、「中華民族の偉大なる復興の実現」を行うことの明記。
2:第1条に「中国共産党による指導は中国の特色ある社会主義の最も本質的な特徴である」と加筆。
3:第79条第3項の「国家主席および副主席は連続して2期を超えて任職してはならない」という規定の削除。
4:監察機関や監察委員会に関する規定の新設。

筆者はこれを見て肩すかしの内容だと感じました。国家主席の任期制限撤廃はすでに予測されていた内容ですし、自らの思想を憲法に書き入れるのは在任中という点が異例とはいえ、理解できる話です(ちなみにお情けなのでしょうか、胡錦濤の思想である「科学的発展観」も書き加えられました)。

監察機関の規定についても、憲法に書き込まれたのは今回が初めてですが、習近平政権は以前から創設を公言していたためにサプライズとは言えません。

昨年の筆者の記事では改憲で盛り込まれる可能性がある条項として「私有財産の撤廃」、「人権条項の廃止」、「習近平皇帝化への布石」の3点を予測していました。実現したのは最後の「布石」のみ。近年の言論統制強化を見れば人権条項の廃止まではありうると考えていましたが……。

ただ、第1条に加筆された「中国共産党による指導は中国の特色ある社会主義の最も本質的な特徴である」との条文には注意するべきかもしれません。単に一党独裁の根拠を強化しただけではなく、中国共産党によるあらゆる政策は「中国の特色ある社会主義」なのだから容認されるという解釈が成り立ちかねません。いわば免罪符のように中国共産党のあらゆる行動を容認する根拠になる可能性もあると言えるでしょう。

さて、最後に付け加えておきたいのは改憲のタイミングです。中華人民共和国の憲法史を振り返れば、違憲状態が先行し後追いで改憲することがしばしばありました。その意味では「国家主席の任期制限」は別に今、撤廃しなくとも良かったわけです。習近平が3期目の主席となり、違憲状態になってから憲法を変えても間に合ったのです。それを用意周到にも先に改憲してきたというのは小さな驚きでした。ある意味では憲法を重んじるという姿勢が強まったと評価できるかもしれません。まあ憲法重視といっても、改憲を決議する全人代は「ゴム判」と揶揄されることもあるので、中国共産党が改憲すると決めれば、いつでも好きなように改憲できるのですが。

■執筆者プロフィール:高橋孝治(たかはし・こうじ)
日本文化大学卒業・学士(法学)。法政大学大学院修了・会計修士(MBA)。都内社労士事務所に勤務するも、中国法の魅力に取り憑かれ勤務の傍ら、放送大学大学院修了・修士(学術)研究領域:中国法。後に退職・渡中し、中国政法大学 刑事司法学院 博士課程修了・法学博士。特定社労士有資格者、行政書士有資格者、法律諮詢師(和訳は「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会、2015)。『時事速報(中華版)』に「高橋孝治の中国法教室」連載中。ブログ「中国法研究の資料室」を運営。

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