石倉町 (前橋市)
表示
石倉町 | |
---|---|
群馬県道109号石倉前橋停車場線 石倉町1丁目交差点 | |
北緯36度23分8秒 東経139度3分19秒 / 北緯36.38556度 東経139.05528度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 群馬県 |
市町村 | 前橋市 |
面積 | |
• 合計 | 0.83 km2 |
人口 | |
• 合計 | 2,174人 |
• 密度 | 2,600人/km2 |
等時帯 | UTC+9 (JST) |
郵便番号 |
371-0841[2] |
市外局番 | 027[3] |
ナンバープレート | 前橋 |
石倉町(いしくらまち)は、群馬県前橋市の地名。石倉町と石倉町一丁目から五丁目からなる。郵便番号は371-0841[2]。面積は0.83km2(2013年現在)[4]。
地理
[編集]前橋市の西部、前橋台地、利根川右岸に位置している。
隣接地区
[編集]河川
[編集]- 利根川
歴史
[編集]戦国時代頃からある地名である。江戸時代に入ると「内藤分」という地名になった。内藤分村ははじめ総社藩領、寛永10年に高崎藩領、元禄8年からは前橋藩領だった。
年表
[編集]- 1889年4月1日 町村制施行により、内藤分村が元総社村、大友村、大渡村と合併し西群馬郡元総社村が成立する。
- 1896年4月1日 郡の統合(西群馬郡と片岡郡の統合)により、元総社村が群馬郡に所属する。
- 1917年 元総社村の大字であった「内藤分」は石倉と改称される
- 1954年4月1日 周辺1町5村(上川淵村、下川淵村、芳賀村、桂萱村、群馬郡東村、総社町)とともに元総社村は前橋市へ編入する。そのため前橋市石倉町となる。
- 1958年 一部が現在の石倉町2-3丁目となる。
- 1974年 一部が現在の石倉町1丁目となる。古市町の一部を編入し、1-3丁目となる。
- 1975年 一部が大渡町1-2丁目となる。総社町総社、大友町の各一部を編入し、石倉町1-3、5丁目となる。
- 1977年 一部が大友町1-3丁目となる。
- 1978年 一部が小相木町1丁目、古市町1丁目、新前橋町、下石倉町になる。
- 1983年 総社町総社、大渡町、石倉町の各一部を編入する。
世帯数と人口
[編集]2017年(平成29年)8月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
丁目・町丁 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
石倉町 | 38世帯 | 332人 |
石倉町一丁目 | 167世帯 | 358人 |
石倉町二丁目 | 187世帯 | 368人 |
石倉町三丁目 | 181世帯 | 341人 |
石倉町四丁目 | 254世帯 | 469人 |
石倉町五丁目 | 291世帯 | 567人 |
計 | 1,118世帯 | 2,174人 |
小・中学校の学区
[編集]市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]。
丁目・町丁 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|---|
石倉町 | 全域 | 前橋市立元総社南小学校 | 前橋市立元総社中学校 |
石倉町一丁目 | 全域 | ||
石倉町二丁目 | 一部 | ||
一部 | 前橋市立元総社小学校 | ||
石倉町三丁目 | 全域 | ||
石倉町四丁目 | 全域 | ||
石倉町五丁目 | 全域 |
交通
[編集]鉄道
[編集]上越線の線路があるが、鉄道駅はない。
前橋駅の当初の所在地であり、跡地に記念碑が設置されている。
-
内藤分ステーション跡
-
前橋ステーション跡
バス
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
道路
[編集]国道は国道17号が通っている。県道は群馬県道10号前橋安中富岡線、群馬県道12号前橋高崎線、群馬県道・埼玉県道13号前橋長瀞線、群馬県道105号総社石倉線、群馬県道109号石倉前橋停車場線が通っている。
施設
[編集]出典
[編集]参考文献
[編集]- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川地名大辞典 10 群馬県』角川書店、1998年7月8日。ISBN 4-04-001100-7。