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自分は神や宗教が大嫌いです。そしてそもそも神なんて存在しないと思っています。 信じている宗教が違うだけで戦争や虐殺が行われ、しかもそれを「神の名のもとに行った」と言って正当化しようとするのが許せないです。もし本当に神がいるなら、戦争や虐殺を許すとは思えません。 そして、誰かが何かを成し遂げた時に「神様のおかげ」や、「神様が見ていてくれた」などと言って神に手柄を横取りさせるのも許せません。 自分と同じように、神や宗教が嫌いな方はいますか?

回答(10件)

兼業ながら神主をしています。 なので、宗教家の身分ですね。 一般に歴史の流れを見ると、そのように反吐がでるような感想を抱くのが普通です。その心持ちはとても大事だと思います。 まず、人類の発展は宗教的思考、つまり目に見えないもの、事実でないものを想像する力によるものと考えられています。これにより社会が生まれ、科学が生まれ、そして宗教が生まれました。社会的団結、組織によるマンパワーによって人類が発展しています。 その逆に、人間は生物としての排外的、警戒的な本能が備わっています。 それを人間の特殊能力である想像力を利用すると、正義を振りかざし、組織的に強大な暴力と破壊を引き起こします。 この側面です。 人間の最大の欠陥だと思います。 これは宗教に関わらず、社会主義思想、右翼思想、国家主義思想、全てに関わっています。 質問主様のご指摘は正しいですが、本質的には全ての正義の行動に関わっており、人間社会はいかにこれを制御するかが永遠の課題になります。

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日本人がいう神様は人が生み出した神様 神様の作り方と私は言いますが、その方法で様々な神様を生み出しています 元は私達と変わらない魂です、ほとんど幽霊と変わらない存在です 神様は人の事など何とも思っていないそうです、よく言われるのが「お前は歩く時、アリを踏まない様に歩いているか?アリが何を考えているか考えた事はあるか?」ぐらいなもので何とも思っていないそうです こう書くとあれなので、神様の言い分として「一人助けたら全員平等に助けなきゃいけないから助けられない」だそうです おまけに神様には縄張り意識があるそうで、複数の神様に助けを求めてもタライ回しにされて助けて貰えません 神様の作り方 御神体を用意します、何でも良いです、ぶっちゃけボールペンでも良いです 御神体にこういう名前のこういう役割を持った神様が居ると思いこみ祈りを捧げます すると御神体が魂の器となり生贄を捧げ、捧げられた魂が御神体に入り込んで神様となります けれど現代では生贄が出来ないので入り込む魂は浮遊霊、動物霊、悪鬼、魔神等です 更に祈りを捧げて、祈りが強ければ強い程、多ければ多い程、神様の力となります この方法は全ての御神体、仏像、神像、人がご利益があるようにと願われた物に適応されます 簡単な物では欧米の風習で子供に玩具を与える時に、名前と友達という役割を与えます これも同じ事になります ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 宗教とは宗祖が「これが善これが悪」と決めた判断を信じる事です なので〈宗教を信じる〉事が悪だと判断する事も宗教です あなたも宗祖です

はい、嫌いです。 両親が長年新興宗教にはまっています。 その宗教の教えを幼少期に厳しく教えられました。子供は衣食住を握られているので、反抗しようにもどうしようもありません。 神様を信じてるというよりは、自分が正しいと主張したい、それだけだと思います。 親がそんな感じなら、すごく残念で、悲しいと思いますが、距離を置くのが1番いいと思います。 その人達は変わらないので、質問者さんが幸せになるほうへ向かったほうがいいです。

大嫌いまではいきませんが、私は宗教はただの精神安定剤だと思っています。 宗教というものは、精神が不安定な人が存在しない神を信じることで精神を安定させるだけにあるものです。 だから宗教の違いで自分の信じる神をばかにされた瞬間に、抑えられた不安定な精神がまた現れて戦争や虐殺を起こすのです。 本当に宗教は世界で統一、またはなくしてほしいです。 それが人類の平和への第一歩になると思います。

答えから申し上げますと… > 自分と同じように、神や宗教が嫌いな方はいますか? 大勢います! 私は質問主さんご自身…たぶんまだ物心つく前から… そういう人たちに囲まれてお育ちになり そういう人たちから強く影響を受けたものと思います。 失礼ながら,そういう人たちから洗脳なりマインドコントロールを受けてらした兆候も見られます。 > 信じている宗教が違うだけで戦争や虐殺が行われ そんな事が本当に歴史上あったと考える歴史家はいません。 日本の公立学校や一部の私立学校,学習塾でもそのように教え 生徒たちに宗教を嫌うようマインドコントロールしているようですが 宗教の違い「だけで」戦争や紛争,民族の迫害が起きた例はほとんどありません。 ほとんどどころか一度もなかったと主張する歴史学者さえいます。 そして,アメリカの学校などでは,そう教える方が不通になっています。 なにがあったかというと,たいていの場合, 土地の奪い合い,権力の奪い合い,自然資源の奪い合いから紛争が起こり その言い訳に,為政者たちの手により宗教が利用され 火種が大火に発達する事です。 確かにそういう事なら歴史上,あまりにも多く繰り返されてきた事は否めません。 紀元前から今日まで数万回繰り返されきた中東戦争, 北アイルランド紛争,十字軍戦争,30年戦争などみなそんな例です。 逆に歴史には宗教団体が紛争を防いだり,終わらせたこともありますが, なぜか日本ではそういう例は一切学校で教えられる事はありません。 もちろん質問者さんが神を信じない事は質問者さんの自由です。 それをどうこう言う権利は誰にもありません。 (まあ,どうこう言う宗教信者がいる事は否定できませんが, それは間違っていると思います。) しかし,同様に無神論者が宗教信者を宗教を信じているだけで嫌う事も許されません。 「信教の自由」というのは,宗教を信じない自由も許される代わりに どんな宗教を信じる事も自由でなければ,真の自由とは言えません。 昔は…特に欧米では…無神論者が既成の宗教団体に所属する者たちに差別され迫害されていました。 ところが,最近の日本ではむしろ宗教を信じているというと差別され 軽い社会的迫害に遭う時代になっている気がします。 それに 一部の無神論者たちがクリスチャンや仏教徒に宗教を棄てるよう勧める態度は もはや「勧め」の粋を通り越していて 創価学会員を凌ぐしつこさになっているように感じます。

>そういう人たちに囲まれてお育ちになり そういう人たちから強く影響を受けたものと思います。 逆です。私の母は神やスピリチュアルなものが好きで、私が部活や勉強で良い結果を出すたびに、「神様のおかげだね」と毎回言ってきます。私は「頑張ったのは私なのに、どうして見たこともない神なんかに成果を横取りされなければならないのか」と思い、それを母に伝えました。すると母は、小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら「うーん、まだまだ浅いね〜。そういう考え方しかできないのはもったいないよ」と言ってきました。いくら努力して結果を出しても、全部神のおかげにされる。だから私は神が嫌いだし、居ないと思っているんです。神が本当にいたとしても、私にとって神は「人の成果を横取りする奴」でしかありません。 ただしもちろん、神や宗教を信じている人にわざわざ「神なんて居ない。私は神が嫌いだ。」などと言ったりはしません。