1918年生まれ。建築家。東京工業大学名誉教授、東京芸術大学名誉教授。
(最終更新:2009年3月31日)
[ゼロ年代の建築・都市 1]
...ると、さりげなく近代建築に家型を溶け込ませる清家清と、あえて家型を強調する白井晟一の試みが興... ...い。むしろ、一連の継続した現象なのである。 清家清と白井晟一 一九五〇年代は、抽象化への志向が...
『10+1』 No.48 (アルゴリズム的思考と建築) | pp.45-46
[現代住宅研究 1-1]
...の教え 戦後の小住宅として名高い《私の家》(清家清、一九 五四)[図1]は、延べ五〇平方メートル... ...ドなまでに凝縮して現われることがある。 1──清家清《私の家》 平面図、断面図 縮尺1/5002 構造体...
『10+1』 No.18 (住宅建築スタディ──住むことと建てることの現在) | pp.100-103
[CONCEPTUAL 日本建築 7]
...ということも後でわかった。そのような意味では清家清の名作・斎藤助教授の家(一九五二)と同じだ... ...、1978)4──清家清《斎藤助教授の家》平面図 引用出典=栗田勇『現代建築家全集16 清家清』(三一書...
『10+1』 No.42 (グラウンディング──地図を描く身体) | pp.186-200
[鼎談]
...──建築家が書いた本でたくさん売れたものに、清家清さんの『家相の科学』(光文社、一九六九)と... ...の小説を読むのも、谷川俊太郎の詩を読むのも、清家清の建築本を読むのも、どれも同じようなもので...
『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) | pp.54-70
[取材構成]
...数少ない環境的な試行は、吉村順三、谷口吉郎、清家清ら、戦前から活動をしている建築作家によるも... ...くる建築の面白さにも惹かれていました。 ──清家清研究室に在籍していましたが、清家先生からの影...
『10+1』 No.28 (現代住宅の条件) | pp.86-99
[現代住宅研究 9-2]
...名な建築家のマイホームは、たぶん《私の家》(清家清、一九五七)だろう。もともと五〇平方メート... ...の可能性にかかわった形跡は見られない。 1──清家清《私の家》 2階平面図 1階平面図 縮尺1/4002──...
『10+1』 No.26 (都市集住スタディ) | pp.13-17
[現代住宅研究 3-1]
...の室内においても現われた。《宮城教授の家》(清家清、一九五三)[図1]は、延一〇二平方メートル... ...、次のような困難さに答える必要がある。 1──清家清《宮城教授の家》 平面図 縮尺1/400、パース風景...
『10+1』 No.20 (言説としての日本近代建築) | pp.19-22
[インタヴュー]
...〇年代に、広瀬先生、池辺陽さん、増沢洵さん、清家清さんといった方々が、多くの実験住宅を作られ... ...などよりずっとドライだ。 今村──池辺さんや清家清さんの家をお互いに見に行かれたりされていたん...
『10+1』 No.41 (実験住宅) | pp.80-89
[1990年代以降の建築・都市 6]
九坪ハウスという現象 二〇〇二年一〇月一二日、TNプローブにおいて「九坪ハウスシンポジウム二〇〇二」が開催された。これはBoo-Hoo-Woo.comが仕掛けた...建築が本格的に動きはじめたときだった。そして清家清、池辺陽、山口文象、広瀬鎌二、篠原一男らの...
『10+1』 No.30 (都市プロジェクト・スタディ) | pp.184-193
[ゼロ年代の建築・都市 2]
篠原一男の家型 この連載は、現代の日本建築における家型の流行というべき現象を位置づけるために、モダニズム以降の歴史をたどりながら、ゼロ年代の意味を考察することが...連動する家型を確認しつつ、一九五〇年における清家清と白井晟一を分析した。いずれも近代建築のヴ...
『10+1』 No.49 (現代建築・都市問答集32) | pp.57-58
[技術と歴史 11]
省エネルギーの多様化 建築においても、「持続可能性(サステイナビリティ)」が重要な概念となってきましたが、サステイナブルという言葉の定義が必ずしも明確なわけでは...て扱われていました。大学院の学生だったとき、清家清先生の蔵書にあったこの本を読んでいたことも...
『10+1』 No.49 (現代建築・都市問答集32) | pp.180-189
[CONCEPTUAL 日本建築 6]
31 入母屋屋根 IRIMOYA (semi-gabled) ROOF 屋根型の意味作用 日本建築は屋根の建築だとしばしばいわれる。その屋根の代表は入母屋だ...た住宅、増沢洵自邸(一九五二、第四章参照)、清家清自邸(一九五四)、丹下健三自邸(一九五四)...
『10+1』 No.41 (実験住宅) | pp.188-201
[ゼロ年代の建築・都市 3]
建売住宅から学ぶこと 家型という視点から眺めていくと、一九八〇年代の建築は基本的に七〇年代の延長にあり、記号的な表現をさらに展開し、思考を深めている。 石井和紘...、還元された建築の姿。本連載でも、五〇年代の清家清、六〇年代の篠原一男、七〇年代の坂本一成に...
『10+1』 No.50 (Tokyo Metabolism 2010/50 Years After 1960) | pp.33-34
[論考]
世界軸1──一八七五年 宗教的人間にとって 空間は均質ではない。 ──M・エリア─デ★一 その日、あらかじめ屋敷は入念に掃除されていたのだが、教祖(おやさ...である。建築家では大谷幸夫、ミノルヤマサキ、清家清も新宗教に関わっているが、世界救世教の教祖...
『10+1』 No.04 (ダブルバインド・シティ──コミュニティを超えて ) | pp.90-109
[インタヴュー]
東工大清家研究室 石崎──今日はご自身の作品を語っていただくというよりは、先生が戦後、どのような時代背景のなかにおられたかということを中心にお話をうかがえればと...から話をします。一九五三年です。 その時期、清家清先生は建築の授業のほかに図学の授業も兼務して...
『10+1』 No.20 (言説としての日本近代建築) | pp.166-180
[論考]
建築は基礎(基壇)でしっかり地面にインプラントされて身動きできない存在だから、何らかの手だてで代理的イメージを制作して流通させないことには、より広い世界を獲得す...と共に、写真サイズの大型化が進行した。かつて清家清は「最終的に建築は現寸で考えないとだめだと...
『10+1』 No.23 (建築写真) | pp.105-116
[プロジェクト・スタディ]
1 道路という素材 すべての敷地は道路に接しています★一。道路はその量からして、建築にとって資源足りうるものです。原油はそのままでは燃やされるだけですが、加工さ...能となります。 2──ワンルームアパート2a──清家清《数学者の家》 図2aから図2jまですべてアイソメ...
『10+1』 No.25 (都市の境界/建築の境界) | pp.90-105
[対談]
隈——建築への関心がそれまでの内部から「お外」へと志向し始めたのは九○年代の最初の頃だったでしょうか。地面でゴロゴロする若者、いわゆる「ジベタリアン」が増えてき...として存在していたわけです。日本でもまずは、清家清、池辺陽がやっていたような小住宅が建築家の...
『10+1』 No.34 (街路) | pp.64-78
[現代住宅研究 2-1]
1 戦前と戦後 戦後の日本の住宅は、はじめ小さな建物として現われた。住宅に関して、戦前と戦後を分ける指標を実作上で探すとしたら、たぶん建物の小ささに注目すること...垂直のワンルームであることから、《私の家》(清家清、一九 五四)にはじまるワンルームの小住宅の...
『10+1』 No.19 (都市/建築クロニクル 1990-2000) | pp.12-15