韓国で「こんな先輩がほしかった」と大反響のビジネス書『会社のためではなく、自分のために働く、ということ』(チェ・イナ著、中川里沙訳)。会社への不満を感じるがそれを変える力がないとき、私たちはどう考えればよいのか。書籍から抜粋・再構成してお届けします。

「静かな退職」は賢明な選択だろうか

 組織に属して働く人の多くが、次のような不満を吐露する。

 「うちの会社は安定しているけど、あらゆる面で遅れています。仕事のやり方や組織文化、意思決定、社内のコミュニケーションとか、とにかく全部です。でも私には会社を変える力がないのでもどかしいです。ほかの会社を調べていますが、最近は転職もラクじゃありません。給料はしっかり出るけど気持ちが乗らないから仕事もつまらないし、与えられた仕事を適当に終わらせて、さっさと家に帰ることばかり考えています。でもこうするのが自分にとってベストなのか、という悩みは常にあります」

 やっとの思いで就職して喜んだのも束の間、どうも会社の理念やシステム、組織文化が気に入らない。とはいえ、会社を辞めようにも適当な代案がない。このように心がすでに会社を離れてしまったときは、どうすればよいだろうか?

 最近、「静かな退職(quiet quitting)」が話題だ。最低限、与えられた業務だけをこなすという意味の「静かな退職」は、アメリカを中心に世界各地に広まっている。静かに退職するのではなく、退職したかのような精神的余裕をもって働こうというのである。

 この現象は、20代のアメリカ人エンジニアがSNSに動画をアップしたことがきっかけで始まった。動画のなかで彼は「仕事がすなわち人生ではない。仕事の成果であなたの価値を決めることはできない」と述べながら、「静かな退職」という表現を使った。多くの若者が彼の言葉に共感した。

 静かな退職は、新型コロナのパンデミック以降、アメリカで起きた「大退職時代(the great resignation)」とともに進行している現象だ。新型コロナによる大規模の組織改革、超過勤務、失業手当などの増加によって仕事への懐疑心が大きくなり、業務への没入度が落ちたことが原因と言われている。大退職による採用難がひどくなったことで残された社員の負担が増え、過労が積み重なった結果、静かな退職をすることになったというのだ。

――『YONHAP INFOMAX』、「静かな退職」より


 つまり、会社で不当な扱いを受けたことで「静かな退職」という手段に出たわけだ。しかし、私はこの選択が当事者にとって賢明だとは思わない。彼らのためにならないからだ。

会社への不満を感じ「静かな退職」を選択するという現象が世界的なトレンドになっているというが…(写真:maroke/stock.adobe.com)
会社への不満を感じ「静かな退職」を選択するという現象が世界的なトレンドになっているというが…(写真:maroke/stock.adobe.com)
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 英国プレミアリーグで活躍するソン・フンミン選手はトッテナムの所属だ。2022~2023シーズンにEPLトッテナムが公開した資料によると、ソン・フンミン選手は週給19万2000パウンド(約3億1000万ウォン)を受け取っている。年俸に換算すると989万ポンド(約162億ウォン)で、ハリー・ケイン選手に次いで高額だ。

 では彼がトッテナムのためにサッカーをしているかというと、そうではない。彼は自分自身のためにサッカーをしている。とはいえ、クラブチームと選手は同じ目標を追求する関係である以上、チームの勝利に貢献しなければならない。

 よく企業で働く人を構成員と表現するが、私たちは構成員である前に一個人だ。それぞれ異なる欲求や必要性を持った個人が集まり、各々の目標を追求すると同時に、同じ目的に向かって歩んでいる。だから会社で働くことは、会社の目標を追求するだけではなく、年俸以外の個人の目標、たとえば新しいことに挑戦したり、人脈を築いたりするチャンスでもある。

 さて、ここで先ほどの質問に戻ろう。いまの組織のシステムや文化、意思決定の過程が気に入らないものの、それを変える力がないとき、私たち個人はどうするのが賢明だろうか。

 組織で働くとは、組織に使われるだけではなく、同時に自分の目標を追求することだという考えに同意するなら、答えははっきりしている。「どうせすぐ辞めるんだし」とか、「気に入らないけど代案もないから適当にやろう」ではなく、自分が引き受けた仕事に食らいつき、最後までやり遂げるのだ。どこで働こうと自分のために働くのだから、たとえ組織が気に入らなくてもベストを尽くさなければならない。

韓国の大手広告代理店「第一企画」に所属していたころのチェ・イナ氏。悩みながらも自分が引き受けた仕事をまっとうしていた(写真:チェ・イナ氏提供)
韓国の大手広告代理店「第一企画」に所属していたころのチェ・イナ氏。悩みながらも自分が引き受けた仕事をまっとうしていた(写真:チェ・イナ氏提供)
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組織は気に入らないが、それを変える力がないとき

 さて、ここまで読んで気づいただろうか? 組織は気に入らないが、それを変える力がないときにどうするのかという問いは、一見すると組織と個人の関係を突き詰めているように見えるが、私の出した答えは「組織とは関係なく自分の人生に忠実であれ」だ。

 そう、自分が最善を尽くせないのは、必ずしも組織のせいではないのだ。もしソン・フンミン選手がトッテナムに不満があり(実際にそういう報道もあったが)、ほかのチームへの移籍を検討しているからといって、試合で力を抜くことはないだろう。プロ選手にとっては一試合一試合が、力を発揮し、チームに貢献する貴重な機会だから。そのため、チームへの個人的な感情にかかわらず試合のたびにベストを尽くす。

 ソン・フンミン選手が試合に出るのは彼自身のためだ。社会人も組織に関係なく、自分の評判、スキル、経験などをアップさせるために働いている。

 私たちはみな尊厳に満ちた存在で、環境を変える力はなくても、それにどう対処するかを決める自由をもっている。

 あなたはその自由をどんなふうに使うだろうか? 会社からの扱いが気に入らない、会社のやり方に納得できない……さまざまな理由で転職するにしても、会社を辞めるまではその場所でベストを尽くすのだ。会社ではない、自分のために。

韓国のチェ・イナ本屋に飾られる韓国版と日本版の『会社のためではなく、自分のために働く、ということ(原題: 내가 가진 것을 세상이 원하게 하라)』。共通している深緑色のカバーが印象的だ(写真:真田泉氏提供)
韓国のチェ・イナ本屋に飾られる韓国版と日本版の『会社のためではなく、自分のために働く、ということ(原題: 내가 가진 것을 세상이 원하게 하라)』。共通している深緑色のカバーが印象的だ(写真:真田泉氏提供)
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韓国の大手広告代理店を40代で辞め大学院で学び直した著者は、ある日もう一度働くことを通して社会に貢献すると決め、人々の悩みに寄り添った〈チェ・イナ本屋〉を始める。会社員、起業家、学生と多様なキャリアを歩む著者の言葉や選書が、仕事で悩む人々の評判を呼ぶようになる。「がんばりすぎず力を抜こう」という時代、それでも、仕事をがんばるあなたへ。なぜ、どのように働くのか。本質を問う仕事論。

チェ・イナ著、中川里沙訳、日経BP、1980円(税込み)